シスカの誤算
『はじまりの国』ルージュの首都、カルディナルの一画、ギルド街。
ギルドのアジトがたくさん並ぶその中に、ジャックがリーダーを務める『レッドリンクス』のアジトもある。
レンガ造りの壁に、二つ並んだ大きな赤い屋根の家。
入口には山猫の絵が描かれた看板が下がっていて、庭には訓練用の剣や斧、弓矢などが散乱している。
アジトは所属する人数が多いほど大きくなり、総勢60人にもおよぶ『レッドリンクス』のアジトは、ギルド街の中でもかなりの大きさだ。
そんなアジトの中で、ソファーに腰掛けるシスカは、眉間にしわを刻んで難しい表情を浮かべていた。
彼女が見つめているのは、ギルドのメンバー表。
ギルドに所属するプレイヤーのレベル、ステータス、覚えているスキルなどが書いてある。
圧倒的に人気なのはアタッカー。物理や魔法の攻撃力を重点的に上げているメンバーが一番多い。
戦闘が苦手な人は、サポートに回ってくれている。ダンジョンまでついて来てくれる人はあまりいないけど、その中でももっとも少ないのが、タンク。高い防御力を誇る壁役だ。
(ひたすら攻撃を受ける役回りだから、ストレス溜まるもんねぇ。リアルすぎる世界だから、攻撃を受けるときの恐怖もある。壁役がいるかどうかで、パーティーの生存率はかなり変わるんだけど……)
恐怖に打ち勝ち、かつパーティーのために身を粉にして働いてくれる者。そんな人間はなかなかいない。
そう、なかなかいないのである。
「その辺のこと、ちゃんと分かっているのかな、キミたちは?」
シスカはわざとらしくため息をつきながら、目の前の男たちを見やった。
最近ギルドに入ってきた者たちで、『クエスト』のためにルージュの西にある『悪魔の口』というダンジョンに潜っていたのだが、何やら頼みがあるとやらで、こうしてシスカに直談判に来ていた。
何故シスカのもとへ来るのかといえば、リーダーのジャックが不在だからである。
そしてその『頼み』というのは、シスカが紹介した壁役の男に対しての不平不満。彼とパーティーを組むのが嫌だという話だった。
「壁役の大切さはオレらにも分かってます。でも! こいつ、マジで何もしゃべらねぇんですよ!!」
壁役として紹介した彼は、自分に与えられた役割を実直にこなすタイプの人間だ。だが、厳しい状況になっても「助けて」の一言が言えないタイプでもあった。
だからこまめに回復させてあげてほしいと事前に頼んでおいたし、回復アイテムも多めに支給してある。
「もっとちゃんとコミュニケーションが取れる奴じゃないと……連携を取ってダンジョン攻略なんて無理です!」
「…………」
扱いが面倒くさいことは分かっている。それでも、貴重な壁役を担ってくれる稀有な人材なのである。
不満げな顔をする新人たちに、シスカは疲れたように目を向けた。
「そこまで言うなら、他のメンバーを紹介するけど……彼以上の壁役は、うちにはいない。それだけは知っておいてね」
話はこれでおしまいだ。新人たちは、渋々といった様子で出ていった。
残された壁役の男はキラキラした目をシスカに向けている。感謝されているのだろうか。本当に、もう少し自己主張をしてもらいたいところである。
(……自己主張か)
シスカはふと目を細める。
シスカにはもうひとり、もっと自己主張をしてもらいたい人物がいた。
いつもひとりで部屋にこもって、何を考えているのかよく分からない女の子。
クエストにも参加しないし、ギルドのために何かをするわけでもない彼女へのヘイトは、たまる一方だ。
(ナナちゃんは、どうして『レッドリンクス』にいるんだろう? ジャックがいるから?)
それにしてはジャックのこともよく無視しているし、ダンジョンへ行くときもナナミはジャックを置いて行っている。たいていジャックが戻ってこないナナミを心配して追いかけるというパターンだ。
(お兄ちゃん大好きっ子のようでいて、そうじゃないようにも見える。……兄妹ってそんなものなのかな? よく分からないな……)
ナナミがもっと自分のことを話してくれたら、シスカにも協力できることがあるかもしれないのに。
まあ今はとにかく、『リーダーの妹』という点を加味しても一部のメンバーから噴き出している「ナナミを追放しようぜ!」という声をどうにかしなければならない。
ギルドが大きくなるにつれて、こんな問題ばっかりだ。
「シスカ」
ふいに名を呼ばれ、顔を上げる。
そこにいたのは、長らく不在だったレッドリンクスのリーダー、ジャックだった。
シスカは弾かれたように立ち上がった。
「ジャック! いつ戻ってきたの!?」
リーダーが戻ってきたとあらば、この面倒くさい相談係という名の『愚痴聞き係』とはサヨナラだ。
久しぶりにひとりのプレイヤーとして、ダンジョンに潜ることができる。
思わず笑顔で駆け寄るシスカに、しかしジャックは無表情だった。
「ナナミを追放しようとしている奴らを集めてくれ」
淡々と言われた言葉。
シスカは一瞬意味が呑み込めず、ぽかんと口を開けた。