風雲急を告げる
鳴り響くファンファーレ。横一列に並ぶ『7』の数字。
そして、目の前に浮かんでくる文字。
《【ギャンブラー】に転職できるようになりました》
次から次へ落ちてくるコインを受け止めながら、ジャックは達成感に打ち震えた。
スロットを回し続けること267回目。
ようやく念願の『ジャックポット』達成である。
感涙にむせぶジャックの隣で、なおもスロットを回し続けるナナミは、そんな兄を無視している。
「おー、やっと出たかぁ」
いつの間にかジャックの後ろにいたラルドが言った。
ラルドの横には、ノゾムとリオンの姿もある。
「おお、見ていてくれたのか」
「まあ、金が尽きて暇になったからな」
ノゾムのお金を借りてテキサスホールデムに再挑戦したラルドだったが、またもや惨敗していた。
テキサスホールデムで勝つために必要なのは、運の強さだけではない。
『役』が作れる確率を計算する数学的能力や、対戦相手の心理を読む力などもいる。
ラルドは自信がなさそうにチップを置く対戦者を見て、「これは勝てる!」と多めにベットしたそうだ。そして見事にすべてを持って行かれたらしい。
弱い手札なのに、強いのだと装って相手を勝負から降ろすことを『ブラフ』、本当は強い手札なのに、弱い手札だと装って相手に多くチップを積み上げさせることを『バリュー』という。
ついさっきルールを知ったばかりのラルドに、太刀打ちできるはずがなかった。
「ナナミは……一応、コインは増えてるみたいだけど」
ナナミの台にあるコインの量は、始めたばかりの時に比べると少しだけ増えていた。少しだけ。何時間も回していたにしては、微々たるものだ。
ラルドは眉をひそめる。
「……諦めたほうがよくねぇ?」
「まだよ。これでもたまに当たりは来るのよ。ジャックポットだって、きっとそのうち……」
「台を変えてみるとかさ」
「変えた途端に負けだしたら、どう責任取ってくれるのよ!?」
「うーん……」
たいてい外れるけど、たまに当たってコインを増やしてくれる台から、ナナミは離れ難くなっているようだ。
ジャックは大きくため息をついた。
「だから言ってるだろ。ナナミには無理だって」
「うるさい」
「だいたい、なんでそんなに稼ぎたいんだよ? そろそろ理由を聞かせろよ〜」
「絶対イヤ」
ナナミは頑固だ。ジャックは肩をすくませて、唯一事情を知っていそうなラルドに目を向ける。
ラルドは困ったように眉尻を垂らして、頭を掻いた。
「実はだなー……」
「ラルド! 言わないでって言ったでしょ!」
「でもこのままじゃ埒が明かないじゃん。こいつ一応リーダーなんだし、なんかこう、うまくまとめてくれるんじゃねぇ?」
「一応ってなんだよ。ギルドに関係することなのか?」
ギルドといえば、ジャックがリーダーを務める『レッドリンクス』だ。
ナナミもそのメンバーである。
「うん、そう。ナナミはレッドリンクスを追放されそうになってるんだよ」
「ラルド!!」
ナナミが声を荒らげる。が、ラルドの口から出た言葉は、バッチリとノゾムたちの耳に届いた。
「追放!?」
リオンが素っ頓狂な声を上げる。真っ青な顔をして震えだすが、別に追放されかかっているのは彼ではない。
ジャックは唖然とした。
「なんだそれ? 誰がそんなことを……まさかシスカか?」
「違うの! 違うのよ、ジャック!」
「んー……シスカは、むしろ追放されないように忠告してくれた感じかなぁ」
ラルドは難しい顔をしたまま、事情を説明した。
「ナナミは、ヘイトをためているみたいなんだ」
仲間と交流せずにひとりで部屋に閉じこもる。
話しかけても無視する。
ひとりで勝手にダンジョンに潜って帰ってこない。
それを心配したジャックが探しに行ってしまう。
クエストにも参加しないし、K.K.のように作ったアイテムをギルドに寄贈してくれることもない。
ギルドに所属しているくせに、ギルドに対して何一つ貢献しない。
レッドリンクスのメンバーたちにとって、ナナミは協調性がない上にリーダーの時間を一方的に奪ってしまう厄介者ということだ。
「部屋にこもったり、無視するってのは……」
「どうせまた作業に没頭してたんだろ。アイテムは『たいして仲良くもない連中にあげたくない』らしい」
「ナナミさん……」
「メンバー内でヘイトがたまりまくってて、このままじゃあ追放されそうだから、せめて何かしらのちょっとしたことでいいからギルドに『貢献』してくれって、シスカが」
「……それで、お金?」
ナナミがカジノにこだわったのは、シスカが「よっぽど運が悪くなければカジノで稼げるでしょ」と言ったからだそうだ。
ナナミはその『よっぽど運が悪い』人間なので、まったく稼げていないわけだが。
「シスカさんは、ナナミさんを心配してるのかな?」
「それもあるだろうけど、一番はチーム内のバランスを考えてるんじゃねぇかな? トラブルが起こらねぇようにさ。オレのギルドのリーダーも、シスカみたいな奴だったら良かったのに」
「ラルド、ギルドに入ってたの?」
「昔な。別のゲームでな」
めちゃくちゃ性格が悪い奴だったぜ、と遠い目をするラルド。
彼がこのゲームでギルドに入りたがらないのは、それが原因なのかもしれない。
ジャックは無表情のまま黙り込んでいる。ナナミはそんなジャックを、ハラハラした様子で見つめている。
「つ、追放……」
リオンはまだガタガタ震えている。トラウマを刺激されてしまったようだ。だから追放されかかっているのは、あなたじゃないというのに。
ジャックが顔を上げた。
「俺、ルージュに戻るわ」
「ジャック!?」
「目的は一応達成したしな。ナナミはこのままこいつらと一緒にいろよ。ギルドは居心地悪いんだろ?」
ジャックはへらりと笑う。
「お前が戻ってくるまでに、少しは風通しをよくしておくよ」
それじゃあ、と言って、ジャックはあっという間に消えてしまった。『転送陣』を使ってアジトへ戻ったのだろう。
ミニステッカーを貼らなかったということは、もうここへ戻って来る気はないということだ。
「風通しって……。ギルドのメンバーを説得してくれるのかな?」
「ほらみろ〜。一応リーダーなんだから、最初っからジャックに相談していれば――」
「私も戻る!!」
「えっ」
あんなに離れ難そうにしていたのに、即座にスロット台から立ち上がったナナミにノゾムたちは目を見開く。
ナナミは左腕のリングを弄ってさっそく転送の準備をした。
焦っているのか、やたらともたもたしている。
「それはダメ……ダメなのよ……」
「ナナミさん……?」
ナナミの姿は消えた。
残されたノゾムたちは、互いに顔を見合わせる。
「これはまさか、またしてもパーティー解散の危機……!?」
リオンがムンクの『叫び』みたいな顔をして叫ぶ。
『またしても』というのは、サスケたちとのことを指しているのだろう。
サスケたちとは、パーティーを結成して30分もせずに解散したそうだ。今度は1日である。
「お前、呪われてるんじゃねぇの?」
「いやああああああっ!!」
「冗談を言ってる場合じゃないよ!」
余計なことを言うラルドと、悲鳴を上げるリオンに、ノゾムは言った。
「ナナミさん、泣きそうな顔してたよ!?」
何が『ダメ』なのか、事情はさっぱり分からない。
だけど、放っておけない。
リオンは神妙に頷いた。
「そうだよな……追放されるのは、辛いよな……」
「リオンが言うと説得力あるな」
「ラルド!」
「わーかってるって」
ラルドは困ったように笑って、アイテムボックスから『ミニステッカー』を取り出す。
それを壁に貼って、転送陣を開いた。
「追いかけるぞ!」