砂漠のカジノⅧ
気を取り直してゲームを再開する。現在ジョーカーを持っているのは、エレンである。フレデリカはエレンの表情を注視しながら、上手くジョーカーを避けているようだ。
相変わらず手札はフレデリカが一番多いが、それでも少しずつ減っている。
(それよりマズイのは……)
リオンは自分の手札を見て内心で呻き声を出した。現在、リオンの手札は2枚。この中では一番少ない。
このままでは、リオンが一番に抜けることになってしまう。
(ラルドくんが戻るまで時間を稼ぎたいし、最悪でもノゾムくんの牢獄行きは避けたいから、オレより先にノゾムくんに上がってもらいたいし……)
どうしたらいいだろう。どうしようもない。
他のメンバーの手札を見ることも、それを勝手に動かすことも出来ないのだから、リオンに出来ることは、祈りながらカードを引くことだけだ。
再びエレンのカードをフレデリカが引く順番がやってくる。フレデリカは今までと同じようにエレンの顔を見ながらカードを引くが――そこでエレンは、ちょっとした技を使った。
「あああああっ!!? エレンあんた、なんてことしてくれてんの!?」
「へっへーん!」
フレデリカがカードを引こうとした瞬間、エレンは別のカードをフレデリカの手元へ動かしたのだ。フレデリカは手元に来たそのカードをうっかり引いてしまった。
そのカードが何かなんて、エレンの顔を見れば分かる。
エレンはフレデリカにジョーカーを押し付けた。
「ひっどーい!」
「だから嫌われるんだぞ、エレン」
リディアとリアーフがエレンを非難する。
ミエルは「あらあら」と口元を扇子で隠したまま、興奮したように言った。
「手品の『フォーシング』みたいなものね」
「ちょっと、これ反則じゃないの!?」
「ふふふ。テクニックのひとつだと、わたくしは考えますわ」
まったく問題ないと言うミエルに、フレデリカは奥歯をギリギリと噛みしめる。
なるほど、反則にはならないのか。
リオンは作戦を思いついた。
「うるせぇな。オレは勝負に手は抜かねぇ主義なんだよ」
「エレンはフレデリカが好きなのでは?」
「な、すっ、…………あーそーだよ!! だがオレは好きな女にも手は抜かねぇ!!」
それはエレンの自由だが、明らかにフレデリカのエレンに対する気持ちはマイナスに振り切っていると、エレンは自覚しているのだろうか?
ジョーカーを含んだ手札をシャッフルして、リオンのほうへと向けるフレデリカは鬼の形相だ。
女の子は笑顔のほうが絶対にいいのに……だがフレデリカのポーカーフェイスにほころびが出来ているのは、リオンには都合が良かった。
ジョーカーを引く。あとはこれを、ノゾムが上がるまで持ち続けていればいい。
(ジョーカーを取られそうになったら、さっきのエレンみたいに『フォーシング』を使えばいい。ふっふっふ、完璧な作戦だ。オレだって駿のお兄ちゃんなんだから、頭は悪くないのさ!!)
ノゾムは無事にジョーカー以外のカードを引く。数字が揃ったらしい。手札が減って、順調である。
リオンの手札は、ジョーカーとハートの5の2枚。フレデリカの手札は多いし、まさかピンポイントで5を引くことはないだろう。
そう思ったのだが。
「なん……だと……!?」
5が来た。手札が揃ってしまった。これでリオンの手札は、ジョーカーのみ。そして次は、ノゾムがリオンのカードを引く番だ。
「戻って来た……」
がっくりと肩を落として小声でつぶやくノゾム。1位抜けしたリオンは、テーブルの上に突っ伏した。
(駿……。兄ちゃんはやっぱり役立たずだったよ……)
リオンが無力感に苛まれている間にも、ゲームは続く。
「よっしゃ上がりーーーーッ!!」
リオンに続いて2番目にゲームを抜けたのはエレンだ。フレデリカが怖い顔をしてエレンを睨んでいる。ノゾムは涙目だ。
ババ抜きは、2人になると手札がどんどん減ることになる。当然だ。自分が持っているカードとペアになるカードは、相手が持っているのだ。
ジョーカーを抜かない限り、手札は減り続ける。
そしてポーカーフェイスの下手なノゾムの手元からジョーカーを避けて取ることは、フレデリカには造作もないこと。
(ああああああッ!! このままじゃ! このままじゃ!!)
フレデリカの手札は残り1枚。ノゾムはジョーカーを含む2枚。
フレデリカがそのうちの1枚を取ろうとした瞬間――……。
「リオン! 連れて来たぜ!!」
タイミングよくラルドが戻ってきた。
後ろにはスーツ姿の男が控えている。
金色の髪に金色の目。優しげな眼差しをしていて、思っていたより年若い。
20代後半か、30代前半か……まあアバターだから、実年齢は分からないけれど。
彼を視界に入れた瞬間ミエルがびくりと肩を震わせたので、これで『正解』だったのだと、リオンは察した。
「……ミエル様。これはいったい、どういうことですか?」
「い、いえ、あの、なんでもないのよ? ただちょっと、この子たちとカードゲームを……」
「負けた者を牢に入れると言っていたそうですが?」
「ま、まあ。誰がそんなことを……」
「貴女は、先程わたしが伝えたことを、何ひとつ理解していないご様子ですね」
金髪の男は淡々と言って、ミエルの腕を引っ張った。無理矢理立たされたミエルは、先程までの横暴さが嘘のように、まるで借りてきた猫のような様子で男に従っている。
男はこちらを振り向くと、生真面目な顔をして、深々と頭を下げた。
「大変ご迷惑をおかけしました、お客様。この人はこちらでシメておきますので」
「え、シメ……?」
「お詫びと言っては何ですが、こちらをどうぞ。カジノの景品のひとつです。何かのお役に立てれば良いのですが……」
そう言って男が渡してきたのは、『ラウダナム』という名のアイテムだ。これを使うと相手にかかった強化・弱体効果を消すことができる。消費アイテムである。
「あの、牢獄行きは……?」
「もちろん有り得ません。お客様たちは、何ひとつ悪いことなどしていないのですから」
ノゾムの体から力が抜ける。リオンもホッと息を吐いた。
これでもう安心だ。
金髪の男は再び頭を下げて、ミエルを連れて行ってしまった。
2人がどういう関係なのかは分からないが、ミエルのしおらしい態度と、ちらちらと男のほうへ向ける熱っぽい視線から、ミエルの気持ちに関してはなんとなく察してしまった。
もしかすると、あの女は彼に構ってもらいたいがために、こんなことをしたのかもしれない。
大変迷惑なことだが、美女だから許そうと思う。
「なんだノゾム、負けてたのかよ! ギリギリだったな」
「本当だよ! あの人は誰なの?」
「このカジノのオーナーだよ。リオンに頼まれて、探して連れて来たんだ」
「リオンさんに……?」
ノゾムは目を丸めてリオンを見る。
そう。このホールにいる誰にもミエルを止められそうにないと知って、リオンが思い出したのは、先程のエレンとミエルの会話だった。
『イカサマを咎められて、オーナーに連れて行かれたんじゃないのか?』
『彼はわたくしの知己ですの。少しばかり、お話をしただけですわ』
オーナーとやらがミエルと同等の立場に立てる人だとしたら、止められる可能性があるのはこの人じゃないか?
そう思い至ったリオンは、ラルドにオーナーを呼んで来てくれるように頼んだのだ。
「こっちはうまくいって良かったよ……」
「こっちは? リオンさん、他にも何かしてたんですか?」
「ノゾムくん。オレ、けっこう頑張ってたんだよ?」
ちょっぴり唇を尖らせながら主張すれば、ノゾムは目をぱちくりとさせた。リオンが苦悩しながらババ抜きに挑んでいたことなど、まったく気付いていなかったようだ。
リオンは「まあいいか」と思った。結局そっちは失敗したのだし、終わったあとでいちいち「こんなに頑張ったんだよ」と主張することはない。
「えっと……。よく分からないけど、リオンさん、ありがとうございました」
「いやいや。そもそもノゾムくんは巻き込まれただけだしさ」
「それはそうですけど」
ノゾムは「それでもありがとうございます」と頭を下げる。真面目だ。
駿と気が合いそうだな、とリオンは思った。
「エーレーンー……」
「ぶははははっ! フレデリカお前、めっちゃ運がなかったな!」
テーブルを挟んだ向こう側では、青筋を立てるフレデリカを見てエレンがケラケラ笑っている。
彼はひとしきり笑い終えると、頬を染めて鼻の頭を指でこすった。
「でも、お前の真剣な顔、めっちゃ可愛かったよ」
この男はアホではなかろうか。
フレデリカはキレた。
「もうあんたとはパーティーは組まない!」
「え……ええっ!?」
「リアーフ! エレンと一緒に抜けるか、エレンと別れてあたしたちと一緒に来るか、今すぐ選んで!!」
「ちょ、フレデリカ!?」
ぶち切れたフレデリカの言葉にエレンは狼狽する。リアーフはそんなエレンとフレデリカを静かに見やって、リディアの腰を引き寄せた。
「もちろんエレンと別れる。リディアと離れるなんて、耐えられない」
「リアーフ……」
「ちょおおおおおおっ!! リアーフ、てめぇ、親友を見捨てる気か!?」
「……さすがに馬鹿すぎて」
フォローしきれない、ということらしい。当然である。
フレデリカ、リアーフ、リディアはカジノを出ていった。
エレンはそのあとを追いかけていったが……今後どうなるのかは、リオンたちには分からない。
「なんだったんだろう……」
「さあな。リオン、これからはナンパする相手は選べよ」
「女の子たちに罪はないよ〜」
とはいえ、さすがにこれ以上ナンパする気にはなれない。
ナナミとジャックはいまだにスロットマシンから離れないし、リオンはしばらくこの2人と過ごそうかなと思った。