砂漠のカジノⅥ
ミエルの発言に驚愕するノゾム、エレン、そしてポニーテールの女の子――フレデリカ。
リオンはようやく震えを抑え、きょとんとした顔でミエルを見つめた。
ミエルは集まってくる視線をまるっと無視して、テーブルにつく4人にそれぞれ2枚ずつカードを配る。そして残ったカードの束は、自分のもとへ。
ノゾムは疑問符を浮かべた。
(ポーカーって、5枚で『役』を作るんじゃなかったっけ?)
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「なんで俺たちまで!?」
「そうよ! 牢に入れるなら、この馬鹿ひとりだけでいいでしょ!?」
「馬鹿ってオレのことかよ、フレデリカ!?」
「他に誰がいるのよ、馬鹿!」
「テキサスホールデムか〜」
リオンは自分に配られた2枚のカードをちらりと見て、また伏せた。いいカードだったのか、悪いカードだったのか、リオンの表情からは窺うことが出来ない。
ミエルは口論するエレンとフレデリカを、面白そうに見ている。
「彼が暴走するきっかけは貴女ではなくて? お嬢さん」
「そ、そんなの知らないわよ!」
「そこの黒髪の彼は、事情も知らず貴女に声をかけ、ただ巻き込まれただけだと思うけれど……騒ぎを起こした責任の一端は握っていると、わたくしは考えます」
騒ぎの主原因であるエレン。エレンの暴走のきっかけであるフレデリカ。そして、それを知らなかったとはいえ、フレデリカをナンパしてエレンが激高する原因をつくったリオンも、責任があるといえば、あるのかもしれない。
だが、ちょっと待て。
「俺は……?」
ノゾムは何もしていない。むしろ、騒ぎをどうにか止めようとしていた人間だ。
なぜ『負けたら牢に入れられる』罰ゲームのようなテーブルに一緒に座らされているのか、本気で理解できない。
困惑するノゾムの視線を受け、ミエルはにんまりと笑った。
「面白そうだったので」
「おいいいいいいいいっ!!?」
ノゾムは思わず叫んだ。
この人、責任がどうのともっともらしいことを言っているが、実際のところはたぶん、ただ自分が楽しみたいだけだ。
中身がノゾムの父親かどうかは分からないが、少なくとも、あの父親と同種の人間であることには違いないらしい。
ノゾムは拳を震わせた。
「殴りたい……っ!」
「あらあら。暴力はよくないですわよ」
「ていうか、そもそもテメェに何の権限があって牢に入れるとか言ってんだよ!」
やってられるかと言わんばかりに椅子から立ち上がり、テーブルを強く叩くエレン。まったくもってそのとおりである。
そんなエレンに対して、ミエルは胸を張って答えた。
「権限ならありましてよ」
どういう意味だろう。
さらに困惑するノゾムたちに、ミエルは鈴を転がしたように笑った。
「わたくし、この国の女王ですもの」
「じょ……、運営かよッ!?」
「職権乱用だわ!!」
「なんとでも言いなさいな」
楽しければそれでいいのよ、とほくそ笑むミエルからは、なるほど上に立つ者特有の傲慢さが見て取れる。
ミエルの正体にノゾムは目を丸くしたが、それと同時に納得もした。
オランジュの王はジョーヌの女王のことを『綺麗だが性格には難がある』と評していた。
ミエルはまさにその評価どおりの人物だ。
「ご、ごめん、ノゾムくん。巻き込んでしまって……」
隣に座るリオンは申し訳なさそうに謝る。うん、確かにノゾムは今、リオンを助けようとしたことを少しばかり後悔しているけど、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。
王様は理不尽だ。ルージュでもそうだったし、オランジュでもそうだった。ジョーヌでもきっとそうなのだろう。
この状況を脱するには、ミエルの言うとおりにゲームをするしかなさそうだ。
「俺、ポーカーってやったことないんですよ。5枚で『役』をつくるってことは知ってますけど……でも、配られたのは2枚ですね? ここからどうするんだろ?」
「うわあ、ノゾムくん、いきなり『9』のペアが出来てる。運がいいなぁ〜……って、見せちゃダメだよ!?」
「え?」
配られた2枚のカードを見せたら、リオンに怒られた。
「ポーカーをやったことないってことは、『テキサスホールデム』も知らない?」
「なんですか、それ?」
「ポーカーの遊び方のひとつで……えええええ、マジか〜……」
リオンは頭を抱えた。
「……恐れながら女王さま。初心者にいきなり『テキサスホールデム』はハードルが高いと思います」
「あら。でも、カジノでポーカーといえば、これではないかしら? 戦略性に富んだ人気のゲームですし」
「もうちょっと簡単なのやりましょうよ。ドローポーカーとか分かりやすいのでは!?」
リオンはポーカーに詳しいのだろうか。
それならいろいろと聞いておきたいところだが、カードを見せただけで怒られてしまったし、聞かないほうがいいんだろうか。
「ドローポーカーねぇ……。確かにやり方次第では、こちらでも心理的な駆け引きはできるけれど……」
「心理的な駆け引きが見たいなら、ババ抜きでもいいのでは?」
「それもそうね」
「難易度が一気に下がった!?」
ババ抜きなら、さすがにノゾムだって知っている。
小さな子供でも参加できるくらい簡単で、シンプルで、だけど確かに『心理的な駆け引き』を楽しむことも出来るゲームだ。
ミエルは首をかしげて逡巡する。マスクに隠れているが、眉間にしわを寄せているようだ。
ノゾム、エレン、フレデリカを順に見て、ミエルは頷いた。
「良いですわよ。充分楽しめそうですし」
――どういう意味だ。
配ったカードを一旦集めて再びシャッフルするミエルを、ノゾムは何とも言えない顔で見つめた。
リオンは「ふー」と息を吐いて、椅子の背にもたれかかる。
黒曜石のような目が、ノゾムに向いた。
「いいかい、ノゾムくん。ポーカーフェイスだよ」
「……はい」