弓使いの戦い方
「で、どう戦う?」
「……あんたねぇ、策も無いのに挑もうとしてるわけぇ?」
ナナミの胡乱な目がラルドに向く。ノゾムはウンウン頷いた。つくづくナナミとは、よく気が合う。
だけど普段のラルドを知っていれば、"尋ねる"だけでも驚きだ。それだけ今回は慎重になっているのだろう。相手が明らかに格上なのだから、それも当然かもしれない。
ナナミは口元に手を当てて「ふむ」と呟いた。
「そうね。可能性があるとしたら、ノゾムかしら」
「へ?」
唐突に出てきた自分の名前に、ノゾムは間抜けな声を出す。ラルドは目だけをナナミに向けた。ナナミは眉間にしわを刻んだまま続ける。
「『弓』は間違いなく不遇な武器よ。いくらリアルを追求しているからと言っても、もう少しバランスを考えなさいって言いたいくらいにね。だけど不遇な分、優遇されているところもあるのよ」
「遠距離攻撃が可能ってところ?」
真っ先に思いつく弓の特徴はそれだ。クルヴェットの訓練所でも言われた。
弓の最も優れたところは、他の武器にはない圧倒的な射程距離だと。
だが、それを活かせるだけの射撃能力をノゾムは持っていない。
「それもあるけど、攻撃力が単純に高いのよ」
「そういやそんなこと言ってたね」
攻撃には『斬撃』『打撃』『刺突攻撃』がある。その中でも『刺突攻撃』は攻撃範囲が狭い代わりに、与えるダメージが大きい。
当たれば大きいのだ。
当たらないけど。
それに――
「あの蜘蛛、矢なんて刺さるの?」
身体を水晶で覆った、クリスタル・タランチュラ。先ほど背中に当たった矢は、あっさりと弾かれて地面に落ちた。
あ、でも、ラルドが『ブースト』を使った一撃は脚を砕いたな。クリスタル・タランチュラの身体には、硬い箇所と脆い箇所があるのかもしれない。
「目や関節になら刺さるわよ」
「目!? 関節!?」
初心者であるノゾムに、そんな箇所をピンポイントで狙えというのか。無理があるにも程がある。
しかしナナミはあっけらかんと言った。
「至近距離なら当たるでしょ」
「えええええ!?」
「ラルド、まずは私たちでクリスタル・タランチュラを引き付けるわよ!」
ナナミはそう言って走り出す。ラルドは「おう!」と返事をして、それに続いた。「おう!」じゃねぇよと、ノゾムは全力でツッコミたかった。
「ナナミさんまで無茶苦茶だよ!!」
ノゾムは叫ぶが、二人は振り向きもしない。ナナミは常識人だと思ってたのに、なんてこった。
ノゾムは思わず頭を抱えた。
「いや〜、それほど無茶苦茶でもないと思うけどね」
ふいに横から、聞き覚えのない声が聞こえた。低い、男の人の声だ。
ノゾムは目を丸めて振り返る。いつの間にか隣に、茶髪の男が立っていた。
すっと通った鼻筋に、涼やかな切れ長の目。薄い唇に、尖った顎。長い茶髪は後ろでひとつにまとめられ、首には赤い布を巻いている。
西部劇に出てきそうな格好をしているけど、腰には長い刀。そしてイケメン。俳優か何かかな? と考えて、ノゾムはすぐに首を振る。
(いやこれアバターだし。この人の美的感覚の高さが生み出したイケメンなんだろうな。……俺ももっとカッコよく作れば良かったかなぁ……普通の顔にしちゃったからなぁ……あ、でも背は俺のほうが高)
「おーい、戻ってこーい」
思考の海にダイブして、なかなか戻ってこないノゾムにイケメンは声をかける。
ノゾムはハッとした。謎のイケメンは苦笑いを浮かべた。
「俺はジャック。あそこにいるナナミの仲間だ」
「ナナミさんの……?」
「まあ、詳しい話は後で。今はあの蜘蛛を討伐しよう」
ジャックはびっくりするほど軽い調子で言う。あの水晶蜘蛛を、まるで恐れていないようだ。
「君、名前は?」
「の、ノゾムです」
「ノゾムくん。君も弓を極めようとしているのか?」
「れ、練習中、で……」
「ふうん? ユズルが喜びそうだな」
何やら含み笑いをするジャック。ユズルって誰だろう。訝しげな顔をするノゾムから目を離して、ジャックはナナミを見た。
「おーい、ナナミー!」
呼ばれたナナミは振り返ってギョッとする。蜘蛛に向かって走っていた足が、ピタリと止まった。
「ジャック! なんでいるの!?」
二人が知り合いであるのは、確かなようだ。ジャックは両手を持ち上げて「まあまあ」と返した。
「それは後でな。そいつの足止めをしてくれるんだろう? よろしく〜」
「ジャックも戦ってよ! そしたら楽勝だし!」
どうやらジャックは、相当に強いようだ。
彼は再び「まあまあ」と返して、へらりと笑った。
「俺はサポートに回るから」
「はあああああ!!?」
「大丈夫だ、いけるいける」
適当な感じで告げるジャックに、ナナミの眉間には渓谷のようなしわが出来た。
ジャックはノゾムを振り返る。
「さあ、行くぞ」
……どこに?
***
「こいつ、急所はないのか? ここを狙えば即死するってところ」
「あるわよ。首を切り落とすの」
「首だな。……『ブースト』ォォォォ!!!」
「あ」
ガキィンと甲高い音が響く。水晶蜘蛛の首を目掛けて振り下ろされたラルドの大剣は、蜘蛛に傷ひとつ付けなかった。
ナナミは可哀想なものを見る目でラルドを見た。
「一定以上の攻撃力がないと、無理なのよ」
「ブーストかけてるのに!?」
「ブーストは攻撃力を2倍にするスキルでしょ? あんたの今のレベルだったら……せめて5倍はないと」
「マジかよ、ブースト無駄にした!」
【戦士】のファーストスキル『ブースト』。これは一時的に物理攻撃力を上昇させるスキルだ。
その上昇率は常時の2倍。一度攻撃すると元に戻る。再びスキルを使うには、2分間のクールタイムが必要だ。
「せっかく便利なスキルなんだから、もっと考えて使ったら?」
「オレはブーストが好きだ!」
「ああそう」
せっかくの忠告をラルドはあっさりと跳ね返す。勝手にしたらいいと、ナナミは早々に説得を諦めた。
「胴体や頭は硬いけど、手足は幾分か脆いわ。それから、目や関節を攻撃すれば、時間はかかるけど倒せる」
「時間はかかるのか」
「HPが多いからね。ノゾムの矢が当たれば、たぶん、そんなにはかからないと思うけど」
ナナミはちらりと背後を見る。
ジャックに連れられたノゾムが岩陰に隠れるところだった。
弓は姿を隠して射つことが大切なのだと、弓バカが切々と話しているのを聞いたことがある。ジャックはそれに従って、まずはノゾムを隠れさせようとしているのだろう。
(ジャックが首を落としてくれたら、すぐに終わるのに)
ナナミはぷっくりと頬を膨らませて、襲い来る牙をかわした。
***
「『オランジュ』って国に忍者がいるんだ。普段は隠れているんだけど、見つけ出せたら【忍者】に転職できるようになる。覚えるスキルに『隠密』ってのがあってさ、それを使うと姿を消すことができるんだよ。弓と相性がいいから、オススメだ」
「はぁ……」
「正面からだとまず避けられるからな。弓は隠れて射つ、これ大事」
「へぇ……」
たしかに、扉の陰に隠れて放った矢は水晶蜘蛛の背中に当たった。見られながら放った矢は、たいていが避けられた。走りながら射った矢はあさっての方角に飛んでいったが、それは別として。
「隠れるところがなかったら、仲間に注意を引いてもらうのも手だな。あとはジャンプしている途中とか、『避けられないタイミング』を狙うのも有りだ」
「なるほど……」
「ま、弓バカの受け売りだけどな」
また『弓バカ』だ。
誰なんだろう、それ。
「ほら、弓を構えて。すぐには射つなよ。蜘蛛の動きと、仲間たちの動きを観察するんだ」
言われるままに弓を構える。ぐぐっと引いて、そのまま待機。狙いは水晶蜘蛛の目。
「もうちょい上……右……うん、その辺かな? フォロースルーはしっかりな」
ナナミの短剣が関節を裂き、蜘蛛が悲鳴を上げる。ラルドの『ブースト』で底上げされた大剣が、蜘蛛の脚を砕く。
「よし……放て」
ジャックの静かな合図と共に、ノゾムは矢を引き絞る手を離した。