砂漠のカジノⅢ
「おおお! 姉ちゃん、チャレンジャーだな!」
「おい、ルーレットで面白いことをやっている奴がいるぞ!」
ミエルの奇行をノゾムは正気とは思えなかったのだが、意外にも周りの客にはウケたようだ。まあ、当然か。この女がこれで一山当てようが大損しようが、見ているだけの人たちには、何の関係もない。
ミエルの賭け方は、さっきまでのナナミと同じ。だが、ちまちまと1枚ずつチップを賭けていたナナミと違って、ミエルは10枚以上積んでいる。
自分よりもヤバいことをやりだした人間がいることに気付いたナナミは、ようやく顔を上げて、ミエルの姿を視認した。
そして息を呑む。
「な、なんてこと……」
ナナミはその大きなエメラルドのような目をさらに大きく見開いて、小刻みに震えた。
ミエルはそんなナナミを見て、扇子の向こうで笑みを深める。
ますます父親の笑い方に似ている。ノゾムは警戒心をいっそう深めた。
「おい、ナナミ? ナナミ……お前、まさか」
ジャックが何かに気付いたように目を丸めた。ナナミはふらりと立ち上がり、おぼつかない足取りでミエルに近付く。
何をする気だろう? ノゾムを含む誰もがナナミの行動を不思議に思いながら、見守った。
ミエルの前で立ち止まったナナミは、その仮面で半分隠れた顔を、しげしげと見つめた。
かと思えば、ちょっと距離を取って、斜め下から見上げたり、背後へ回ってカメラマンが構図を探すときのように、両手の人差し指と親指で作ったフレームに、ミエルを閉じ込めたりした。
……本当に、何をしているんだろう?
「輝く金の髪に、白く滑らかな肌……顔が半分見えないのは残念だけれど、マスクに拵えられた意匠も素敵……。プロポーションも、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでる……」
「ナナミ、言い方」
「端的に言って……とっても綺麗! ジャック、スケッチブック持ってない!?」
「持ってるわけないだろ。ていうか失礼だから、ジロジロと観察するのは止めなさい」
ジャックが子供を叱る母親みたいな口調をしてナナミを元の席へ引き戻す。腕を引かれるナナミは、それでもなお、キラキラとした目でミエルを見ていた。
ああいうナナミには、見覚えがある。
「ヒョウを追いかけて崖から転落したときも、あんな顔をしてたね」
「ナナミは綺麗なものが好きなんだなぁ。やっぱり女の子だからかなぁ」
のほほんと告げるラルドにノゾムは首をひねった。
確かに女の子はキラキラした宝石やアクセサリーが好きだと言うけど、ナナミのアレは、ちょっと次元が違うような気がした。
ナナミの行動をぽかんと見ていたミエルは、やがてクスクスと笑い出す。
ナナミはそんなミエルを見て頬を染め、ミエルが積み上げたチップの山を見て、すでに置いていた自分のチップの上に、さらにチップを重ねた。
「ナナミ!?」
「ちまちま稼ぐのって、面倒なのよね〜」
「まだ1コインも稼げてないけど!?」
ミエルに対して対抗心でも湧いたのか。それともミエルの賭け方を見て、「1枚ずつじゃなくてもいいのか」と気付いたのか。何はともあれ、あの賭け方は素人目にも分かるくらい無謀だ。
無責任に騒ぐ周囲の客たちに、ノゾムは眉をひそめた。
ディーラー(ゲームの進行役)が、締め切りを宣言する。これでもうチップを移動することはできない。
ルーレットが回り出し、そこへ小さなボールが投入される。
その結果は――……。
***
ノゾムの放った矢が刺さって、大ネズミは青白い光と化して消えた。消えた後に残るのは宝箱。箱の中には、大ネズミの毛皮とか、爪とか、石の斧なんかが入っている。
宝箱の底には金貨が敷き詰められていて、これが今回の目的のブツだ。――つまり、カジノで遊ぶための軍資金が底をついてしまったので、ノゾムたちはお金稼ぎのために、一旦ジャスマンの外に出てきた。
ナナミの無謀な挑戦は、やっぱり無謀な挑戦のまま終わったのである。
「今度はちゃんと堅実にやれよ」
じとりと妹を睨みつけながらジャックはそう言った。ナナミはそんなジャックを無視して、金貨を左腕のリングに吸収している。
アイテムボックスになったり、財布になったり、通信が出来たり、ステータスが見られたり……改めて思うと、なかなか便利なリングである。
「もうちょっと稼いでおきたいわね」
「つーかもう、その金を渡せばよくない?」
「それじゃあ私の運が悪いって認めることになるでしょ!」
呆れたように口を挟んだラルドに、ナナミは声を荒らげる。
ナナミはカジノで稼いだお金を誰かに渡すつもりなのだろうか。
ノゾムはいまいち事情が分からないままなので、首をかしげるほかない。
「認めるも何も、お前は運が悪いんだって」
「そんなことないわよ!」
ナナミは小さな子供のように頬をふくらませる。「そんなことあるだろ」と返すラルドには、ノゾムもジャックも頷いた。
モンスターが片付いたことを確認して、逃げ回っていたリオンが戻ってくる。相変わらず『踊り』も『しらべる』も使わないリオンだったが、ノゾムは「それでもいいか」と思い始めていた。
逃げるリオンと追うモンスターを見ていて気付いたのだが、どうやらモンスターには、逃げる者を追いかける習慣があるらしい。
つまりリオンが逃げれば逃げるほど、ノゾムたちは楽にモンスターと戦えるのである。
「ううぅ……また役に立てなかった……」
「そんなことないですよ。(囮役になってくれて)ありがとうございました」
「???」
にっこり笑って礼を言うノゾムに、リオンはしばらく首をかしげたが、ややあってハッと何かに気付いたような顔をすると、目をウルウルと潤ませてノゾムを見た。
感激しているようである。
何か勘違いしてしまったらしい。
『こんなオレを気遣ってくれるなんて、なんていい奴なんだ』……と、いったところだろうか?
「こんな役立たずなオレを気遣ってくれるなんて、君はなんていい奴なんだ……ッ!!」
頭の中で考えていたこととほぼ同じセリフを出してきたリオンに、ノゾムは口元を引きつらせた。
「そ、そんな目で見ないでください……。ごめんなさい、すみませんでした」
「どうして謝るんだ? あ、もしかして、何か勘違いさせてしまった……?」
「勘違いしているのはあなたですよ!!」
罪悪感が無数の針になってノゾムの胸をグサグサと突き刺してくる。
リオンを囮にしたこと、それで『楽になった』と思ってしまった自分を、今はぶん殴ってやりたい。
リオンはなおも首をかしげている。彼の言動にはツッコミどころがたくさんだけど、やはり根は悪い人ではないのだろう。
(なのに、なんでこの人を見ていると、意地悪なことを言いたくなっちゃうのかな……)
「それにしても、さっきのミエルってやつ、すごかったな!」
自己嫌悪に陥るノゾムのことになど気付くこともなく、ふいにラルドが話題を変えてきた。
ミエル……。ナナミと同じように無謀な賭け方をして、『無謀』のままでは終わらなかった彼女のことだ。
「いや、あれはどう考えてもイカサマだろ」
ジャックが眉をひそめて言う。
確かに、あれはイカサマだと言われても仕方がない。
ミエルはあのゲームで見事に勝った。そしてその後のルーレットも全て、百発百中で的中させた。
2連続で的中させた時は偶然か、3連続では類まれなる強運の持ち主なのかと思ったものだが、さすがに5回、6回、と続けばそれはもう偶然ではなく必然だ。
10回連続で的中させた時には、さすがに周囲の無責任な客たちの顔色も変わった。
誰もが彼女の不正を疑った。
「でも証拠は出なかったわ」
「それはそうだけど……ナナミは悔しくないのか?」
「あのマスクの下を見ることが出来なかったのは残念だわ」
「そういうことじゃなくてなぁ……」
ナナミはうっとりと頬を染めている。その顔を見て、ノゾムは思わず顔を赤くした。
改めて思うけど、ナナミのアバターは可愛い。
「確かに美しい人だったなぁ。女神のツーショットを見ることが出来て、眼福なひと時だった」
ナナミと同じようにうっとりとした顔をしながら、リオンが呟く。
ナナミはそんなリオンを振り返って「よく分かってるじゃない」と微笑んだ。
「あなた、センスあるわよ」
「はっ、お褒めいただき恐悦至極にございます」
「でもあなた、近付いてはこなかったわね? 私には接近禁止令を出したけど、あの人にも……」
「中身が男だったら嫌なので!」
「…………」
キッパリと言い切ったリオンにナナミは閉口した。確かリオンは、前にもナナミに対して同じことを言っていた気がする。
女の子は好きだしナンパもするが、相手があまりにも美少女(もしくは美女)だった場合、中の人が男性プレイヤーだったときのショックが大きすぎるので、遠くから見守るだけにしているらしい。
ミエルの中身が男、か……。もしかすると、本当にノゾムの父親かもしれない。
ナナミはしばらく沈黙したあと、真顔で叫んだ。
「たとえ男だとしても、綺麗なんだから問題ないわよ!」
「そうか?」
ジャックは訝しげに首をひねる。ノゾムはジャックに同意した。
中身がただの男の人であれば問題はないかもしれないけど、ノゾムの父親だったとしたら、問題しかないと思う。