砂漠のカジノⅡ
カジノというものは、だいたい2つの種類に分けられると思う。
ひとつは、いわゆる『セレブ』と呼ばれる人たちが嗜みのひとつとして訪れる、高級感のあふれるカジノ。
そしてもうひとつが、庶民が集まってお酒でも飲みながら賭け事を楽しむ、市民のためのカジノ。
雄叫びを上げている人がいたり、泣き叫ぶ人がいたり、酔いつぶれている人がいたりする時点で察せられるが、ノゾムたちが訪れたカジノは明らかに後者の『庶民が楽しむカジノ』である。
この街、ジャスマンには大小さまざまなカジノがあり、中には高級なカジノもあるそうだが……ノゾムたちは街に入ってすぐのところにあった、この店を選んだ。たくさんの電飾によって建物全体がキラキラと輝いていて、一番目立つ店だったからだ。
突然現れた金髪のきらびやかな女性は、場違い感がすさまじい。
シンプルながらも高そうなドレスといい、ふさふさの羽根のついた扇子といい、上品な物腰といい。どう見ても彼女が行くべきカジノは、高級カジノのほうだろうと思う。
ホールにいる誰もが彼女に注目し、「あれは誰だ」とささやき合っている。
女性の登場に気付いていないのは、くるくる回るルーレットに夢中になっているナナミくらいのものだ。
ルーレットの上を回る小さなボールは、ルーレットが止まると勢いよく盤上を回転し、何度か跳ねて、それから動きを止めた。
ボールが入ったのは、ナナミが選んだ数字とは別の数字。ナナミは膝から崩れ落ちた。
「また外れた……ッ!!」
「だから言っただろうが! ひとつの数字だけに賭けるなって! 確かにそのほうが当たった時の倍率は高いけど、その分当たる確率は低いんだって!」
「だからこそ当たった時の快感がたまらないんじゃない」
「うん、そうだな。普通に賭けを楽しみたいんならそれでもいいんだけどな。お前は金が稼ぎたいんじゃなかったのか?」
「そもそもカジノは金稼ぎには向いてないんだよ!!」と叫ぶジャックを、ナナミはさらりと無視する。なおもひとつの数字にチップを置くナナミは、まったく懲りた様子がない。
ジャックの言い分のほうがとても理解できるし、ナナミが何をしたいのか、ノゾムにはちょっと分からない。あの調子じゃあ、あっという間に資金が底を尽きるだろう。
しかしナナミの言動は、あのきらびやかな女性の興味を引いたらしい。
「ミエル様」と呼ばれていた女性はマスクに隠れていない口元を綻ばせると、ゆったりとした歩調でナナミのもとへと向かった。
「え、ちょ……っ」
ノゾムは慌てて、スロットを放り出してルーレット台へ向かう。
ミエルという女性がまだ何かをしたわけではないが、とにかく嫌な予感がした。
あの笑い方のせいだ。あの、愉快そうな笑みは、どこかノゾムの父親を彷彿とさせる。
そう、新しいゲームを勧めてくる時の父親と、そっくりだった。
「あなた、大胆な賭け方をなさるのね」
ミエルがナナミに声をかけた。ノゾムは焦ったが、ナナミはガン無視だ。いや、あれはルーレットの上を転がるボールに夢中になりすぎて、聞こえていないだけか。
無視したナナミの頭にジャックはチョップを落とす。ナナミはギロリとジャックを睨んで、だけどすぐに視線をルーレットに戻した。
ミエルは黄金の瞳をぱちくりさせている。
「すみません、コイツ、失礼な奴で……」
「あらあら。人見知りなのかしら?」
「いや……まあ、そうですね」
ジャックは曖昧に返す。ミエルは扇子を広げて口元を隠した。
ノゾムは少し離れたところから様子を見守る。ラルドもやって来た。ラルドもゲームを切り上げてきたらしい。
「キレイな人だな〜」
ノゾムとは違う意味で、ミエルに興味を引かれたみたいだけど。
ノゾムはずっこけそうになりながら、ラルドに小声で話しかけた。
「本気で言ってる? なんか怪しいな〜とか、思わないの?」
「え? いやまったく。なんで?」
「あの人の笑い方、親父に似てる気がする……」
「マジで? じゃあノゾムの親父なんじゃね?」
「えええええええええ」
さらりと言うラルドに驚いて、ノゾムは再びミエルを見る。ミエルはどう見ても女だ。だが……ここはゲームの中なので、アバターと現実のプレイヤーの性別が必ず一致するとは限らない。
あの人が父親である可能性は、確かにある。
「どうしよう……。アバターだとしても、女の人は殴れない……」
「そこはちゃんと確認してからにしような?」
そういえば、ノゾムは結局オランジュの王フォイーユモルトにも確認を取らずに来てしまった。
誰が父親なのか、見つけたらぶん殴ってやりたい、という気持ちはあるものの、それ以上に『自分から探してやるものか』という変に凝り固まった意地がある。
――俺と一緒に遊びたいなら、親父が俺を探せばいい。
我ながら拗らせているなとは思うけど、拗らせた原因は絶対に父親にあるとノゾムは思っている。
ナナミはまたしても予想を外した。がっくりと項垂れるナナミを見て、ミエルは笑みを深くする。
「それではわたくしも、お嬢さんのやり方に倣おうかしら」
ミエルは扇子で口元を隠しながらそう呟くと、テーブルの上にチップを積んだ。
ひとつの数字の上に、堆く。
ルーレットの賭け方には、いくつか種類がある。
数字を彩る赤か黒かのカラーや、偶数か奇数かといった『グループ』で賭けたり、いくつかの数字に散らして賭けたり。
たったひとつの数字に賭けた場合、当選した時の倍率は36倍。赤か黒かで賭けた場合は当たってもチップは2倍にしかならないので、確かに“当たれば大きい”と言える。
だが、そもそも“当たる確率が低い”からこそ、その倍率なわけで……だからジャックは、ナナミを口うるさく止めようとしていたわけで。
(本気か、この人……?)
どうしてミエルがわざわざナナミと同じ賭け方をするのか、ノゾムにはさっぱり理解できなかった。
ルーレットのルールに関しては、一般的なものを参考にしています。
なんかいろんなタイプがあるみたいだけど、調べてもよう分からんかった(´・ω・`)
赤と黒、偶数か奇数、1〜12、13〜24、25〜36など『数字のグループに賭ける』ものを“アウトサイドベット”、『数字そのものに賭ける』ことを“インサイドベット”というそうです。へぇ。