兄弟チェンジ
ぺらりとページを捲る。すでに物語は終盤、救い出した名付け親との別れのシーンである。
ノゾムはハリポタの中で、このシーンが一番好きだ。この名付け親は、たくさん大変な思いをしてきた人だから、これから絶対に幸せになってほしいと、そう思っていた。
(思ってたのに……なぁ)
ノゾムは活字を追うのをやめて、しょんぼりと肩を落とす。
名付け親のこれからの運命を思うと、涙せずにはいられない。
最終巻で明らかになった弟のことも、彼には知ってもらいたかった。
ふいに、視界の端に光の塊が現れる。
光から出てきたのは、先刻別れたばかりのオスカーだ。
オスカーは情けなく眉尻を垂らして、オロオロと挙動不審な動きをしながら、周囲を見回している。
中身が別人になっていることは、ひと目で分かった。
ノゾムは目尻に溜まった涙を拭い、オスカーのもとへ駆け寄る。
「オスカーさん」
「!!」
声をかけると、オスカーは大げさに肩を跳ねさせた。
振り向いたオスカーは、黒曜石の瞳にノゾムを映して、目を丸くさせる。
「き、君は……」
「俺はノゾムっていいます。オスカーさん……のお兄さん、ですよね?」
そういえば、この人のことは何て呼べばいいのだろうか。
プレイヤー名は『オスカー』だけど、それだと弟との区別がつかない。
「う、うん。オレはお兄ちゃんだ。えっと、弟がお世話になっています?」
「お世話になっているのは俺たちのほうですよ。オスカーさんがいなかったら、俺たち、ここまで来れていないので」
「そ、そうなのか」
オスカーの挙動不審はなくならない。
視線を右往左往させながら、ノゾムの周辺を探っている。
「えっと、君は、その、狼のモンスターを連れていた……」
「ロウのことですか? ここにいますよ」
「アン!」
「うおわあああああ!!?」
ノゾムの後ろからピョンと飛び出してきたロウを見て、オスカーは悲鳴を上げながらひっくり返った。
派手に尻もちをつく姿は、弟のほうは見せない姿だろう。
オスカーは両腕で顔を覆い隠し、隙間から恐る恐ると、ロウを見る。
「あ……あれ? なんか、小さくなっている……ような?」
「まあ、いろいろありまして」
「それでも怖いぃぃぃぃ!!」
オスカーはガクガクブルブルと震え出す。失礼な人だ。こんなに可愛い生き物を前にして、「怖い」はないだろうに。
「『モンスターだ』っていう先入観があるから怖いんですよ。ほらよく見てください。可愛いでしょ? もふもふでしょ?」
「わわわわ分かったから近付けないでお願い何でもするから!」
ロウを抱っこして近付けると、オスカーの震えはさらに激しいものに変わった。解せぬ。ノゾムはムスッと顔をしかめて、ロウを引き離した。
オスカーはホッと息を吐いて、涙目でつぶやく。
「オレは、弟に騙されたのかな?」
「そんなことはないと思いますけど」
弟のほうのオスカーが、お兄さんにどういう話をしたのかは分からない。
けれどあの人の性格からいって、無意味に嘘をついたとも考えにくい。
「それじゃあ、君たちは本当に、オレを仲間にしてくれるのか?」
「ナナミさんが許したら、ですけどね。まだ話していないんですよ。ナナミさん、弓矢作りに没頭していて、話しかけても気付いてくれなくて」
「へぇ〜、女神の作った弓矢か〜。それはさぞかし神々しい光をまとっているんだろうなぁ〜」
「燃える矢ですよ」
「聖なる炎の矢か〜」
恍惚とした表情を浮かべるオスカー。
これは何を言っても無駄かもしれないと、ノゾムは思った。
「えっと、仲間は他に2人いるんですけど、2人とも今、2階で漫画を読んでいるんです」
「へ〜、漫画があるんだ〜。ていうか、ここはどこ?」
「ジョーヌっていう国にある、迷宮図書館ですよ」
「あ〜、だから本ばっかりあるんだ〜」
「なるほどね〜」と、オスカーは頷く。
「それから、もうひとつ」
「うん、なんだね?」
「俺たちのプレイ時間は、もうすぐ終わります」
「えっ」
「このあと最低1時間。夜ご飯の時間になるし、今日の分の宿題もしなきゃいけないから、長くて2〜3時間はここに戻ってこないと思います」
「えっ!? それじゃあその間、オレは何をしていたらいいの!?」
「本を読んで暇を潰すなり、一旦ログアウトするなり、好きにしてください。……あ、そうだ。漫画コーナーにはサスケさんもいますよ」
「漫画コーナーに行ってくる!!」
オスカーはくるりと身をひるがえして駆けていった。
サスケとの別れの際にはずいぶん揉めたと聞いたが、オスカーは全くと言っていいほど、引きずってはいないようだ。
ノゾムはオスカーの背中を見送って、再び椅子に腰掛ける。
プレイ時間が終わるまでに、この本を読み終えたい。
***
「サスケぇぇぇええええ!!」
「オスカーぁぁぁあああああ!!」
互いの名前を叫びながら、がっしりと抱き合う忍者少年とオスカー。
なんだなんだ、と集まってくる視線に気付きもせずに、2人とも滂沱の涙を流している。
「ぐすっ、ごめんな、オスカー! オレの力が及ばないばかりに!」
「ふぐぐ……何を言うんだサスケ! 君が最善を尽くそうとしていたことは分かっている!」
「オスカー!」
「サスケ!」
そんな2人の様子を、ジャックとラルドは離れたところから見ていた。
「あれがオスカーの兄ちゃんか……。性格は全然違うみたいだな」
「こっちのオスカーもなかなか愉快な奴だから、オレは好きだぜ。ナナミは嫌がるだろうけど」
「説得できるかな〜」
ジャックは眉間にしわを刻んで「うーん」と悩む。
それは難しいだろうな、とラルドは思った。
ナナミがオスカーの兄を受け入れる可能性は、限りなくゼロに近い。
「でも、オスカーのためだ。頑張ろうぜ」
ラルドとしては、オスカーとこのままサヨナラするのは嫌だった。何しろ、奴は面白い。オスカーの兄を受け入れたら、また弟のほうとも一緒に冒険することができるだろう。
「そうだな」
ジャックは頷き、肯定する。
「この国を冒険する上で、オスカーの謎解きの知識は今後も必要になるだろうし」
「…………」
「あ、もちろん、オスカーに対しての恩返しも兼ねてるぜ? 彼のおかげで【学者】になれたしな! ただ、一石二鳥っていうかさ……」
「…………」
「そんな目で見るなよ!」
ジト目を向けてくるラルドに、ジャックはたまらず叫ぶ。
ラルドはフッと笑みを浮かべ、生ぬるい目をジャックに向けた。
「お前、本当にセコいよな」
「しみじみ言うな!」