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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第3章 黄金の国ジョーヌ
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兄弟チェンジ

 ぺらりとページを捲る。すでに物語は終盤、救い出した名付け親との別れのシーンである。

 ノゾムはハリポタの中で、このシーンが一番好きだ。この名付け親は、たくさん大変な思いをしてきた人だから、これから絶対に幸せになってほしいと、そう思っていた。


(思ってたのに……なぁ)


 ノゾムは活字を追うのをやめて、しょんぼりと肩を落とす。

 名付け親のこれからの運命を思うと、涙せずにはいられない。

 最終巻で明らかになった弟のことも、彼には知ってもらいたかった。


 ふいに、視界の端に光の塊が現れる。

 光から出てきたのは、先刻別れたばかりのオスカーだ。

 オスカーは情けなく眉尻を垂らして、オロオロと挙動不審な動きをしながら、周囲を見回している。

 中身が別人になっていることは、ひと目で分かった。


 ノゾムは目尻に溜まった涙を拭い、オスカーのもとへ駆け寄る。


「オスカーさん」

「!!」


 声をかけると、オスカーは大げさに肩を跳ねさせた。

 振り向いたオスカーは、黒曜石の瞳にノゾムを映して、目を丸くさせる。


「き、君は……」

「俺はノゾムっていいます。オスカーさん……のお兄さん、ですよね?」


 そういえば、この人のことは何て呼べばいいのだろうか。

 プレイヤー名は『オスカー』だけど、それだと弟との区別がつかない。


「う、うん。オレはお兄ちゃんだ。えっと、弟がお世話になっています?」

「お世話になっているのは俺たちのほうですよ。オスカーさんがいなかったら、俺たち、ここまで来れていないので」

「そ、そうなのか」


 オスカーの挙動不審はなくならない。

 視線を右往左往させながら、ノゾムの周辺を探っている。


「えっと、君は、その、狼のモンスターを連れていた……」

「ロウのことですか? ここにいますよ」

「アン!」

「うおわあああああ!!?」


 ノゾムの後ろからピョンと飛び出してきたロウを見て、オスカーは悲鳴を上げながらひっくり返った。

 派手に尻もちをつく姿は、弟のほうは見せない姿だろう。

 オスカーは両腕で顔を覆い隠し、隙間から恐る恐ると、ロウを見る。


「あ……あれ? なんか、小さくなっている……ような?」

「まあ、いろいろありまして」

「それでも怖いぃぃぃぃ!!」


 オスカーはガクガクブルブルと震え出す。失礼な人だ。こんなに可愛い生き物を前にして、「怖い」はないだろうに。


「『モンスターだ』っていう先入観があるから怖いんですよ。ほらよく見てください。可愛いでしょ? もふもふでしょ?」

「わわわわ分かったから近付けないでお願い何でもするから!」


 ロウを抱っこして近付けると、オスカーの震えはさらに激しいものに変わった。解せぬ。ノゾムはムスッと顔をしかめて、ロウを引き離した。

 オスカーはホッと息を吐いて、涙目でつぶやく。


「オレは、弟に騙されたのかな?」

「そんなことはないと思いますけど」


 弟のほうのオスカーが、お兄さんにどういう話をしたのかは分からない。

 けれどあの人の性格からいって、無意味に嘘をついたとも考えにくい。


「それじゃあ、君たちは本当に、オレを仲間にしてくれるのか?」

「ナナミさんが許したら、ですけどね。まだ話していないんですよ。ナナミさん、弓矢作りに没頭していて、話しかけても気付いてくれなくて」

「へぇ〜、女神の作った弓矢か〜。それはさぞかし神々しい光をまとっているんだろうなぁ〜」

「燃える矢ですよ」

「聖なる炎の矢か〜」


 恍惚とした表情を浮かべるオスカー。

 これは何を言っても無駄かもしれないと、ノゾムは思った。


「えっと、仲間は他に2人いるんですけど、2人とも今、2階で漫画を読んでいるんです」

「へ〜、漫画があるんだ〜。ていうか、ここはどこ?」

「ジョーヌっていう国にある、迷宮図書館ですよ」

「あ〜、だから本ばっかりあるんだ〜」


「なるほどね〜」と、オスカーは頷く。


「それから、もうひとつ」

「うん、なんだね?」

「俺たちのプレイ時間は、もうすぐ終わります」

「えっ」

「このあと最低1時間。夜ご飯の時間になるし、今日の分の宿題もしなきゃいけないから、長くて2〜3時間はここに戻ってこないと思います」

「えっ!? それじゃあその間、オレは何をしていたらいいの!?」

「本を読んで暇を潰すなり、一旦ログアウトするなり、好きにしてください。……あ、そうだ。漫画コーナーにはサスケさんもいますよ」

「漫画コーナーに行ってくる!!」


 オスカーはくるりと身をひるがえして駆けていった。

 サスケとの別れの際にはずいぶん揉めたと聞いたが、オスカーは全くと言っていいほど、引きずってはいないようだ。


 ノゾムはオスカーの背中を見送って、再び椅子に腰掛ける。

 プレイ時間が終わるまでに、この本を読み終えたい。




 ***




「サスケぇぇぇええええ!!」

「オスカーぁぁぁあああああ!!」


 互いの名前を叫びながら、がっしりと抱き合う忍者少年とオスカー。

 なんだなんだ、と集まってくる視線に気付きもせずに、2人とも滂沱の涙を流している。


「ぐすっ、ごめんな、オスカー! オレの力が及ばないばかりに!」

「ふぐぐ……何を言うんだサスケ! 君が最善を尽くそうとしていたことは分かっている!」

「オスカー!」

「サスケ!」


 そんな2人の様子を、ジャックとラルドは離れたところから見ていた。


「あれがオスカーの兄ちゃんか……。性格は全然違うみたいだな」

「こっちのオスカーもなかなか愉快な奴だから、オレは好きだぜ。ナナミは嫌がるだろうけど」

「説得できるかな〜」


 ジャックは眉間にしわを刻んで「うーん」と悩む。

 それは難しいだろうな、とラルドは思った。

 ナナミがオスカーの兄を受け入れる可能性は、限りなくゼロに近い。


「でも、オスカーのためだ。頑張ろうぜ」


 ラルドとしては、オスカーとこのままサヨナラするのは嫌だった。何しろ、奴は面白い。オスカーの兄を受け入れたら、また弟のほうとも一緒に冒険することができるだろう。


「そうだな」


 ジャックは頷き、肯定する。


「この国を冒険する上で、オスカーの謎解きの知識は今後も必要になるだろうし」

「…………」

「あ、もちろん、オスカーに対しての恩返しも兼ねてるぜ? 彼のおかげで【学者】になれたしな! ただ、一石二鳥っていうかさ……」

「…………」

「そんな目で見るなよ!」


 ジト目を向けてくるラルドに、ジャックはたまらず叫ぶ。

 ラルドはフッと笑みを浮かべ、生ぬるい目をジャックに向けた。


「お前、本当にセコいよな」

「しみじみ言うな!」

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