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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第3章 黄金の国ジョーヌ
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弟に恵まれているようです

 夢から覚めるように、意識が浮上する。

 ゆっくりとまぶたを持ち上げてみれば、見慣れた天井が視界いっぱいに入ってきた。


 頭のヘルメットを外して、上体を起こし、強張った体を入念に伸ばす。

 毎度毎度、本当に夢でも見ていたかのようだ。夢にしてはあまりにリアルすぎる世界だけど、どこか現実感がないような、不思議な気分になる。


(いったいどういう仕組みなんだろうな、このヘルメット)


 実は本当に夢だったのではないだろうか。

 あの世界で出会った人たちは自分の夢が生み出した存在で、現実には存在しないのではないか。

 藤堂(とうどう)駿(しゅん)はそんなことを考えて、思わず苦笑した。


(夢だとしたら、都合が良すぎる)


 ――あの兄の、面倒を見てくれるなんて。


(彼らの申し出は有り難いが、やはり押しつけることは出来ないな。まあ兄貴はすぐに落ち込むけど、復活するのも早い。どうせ今ごろは、平然とした顔で女の子と連絡を取っているに決まっている)


 何ならこのクソ暑い中、ナンパに出掛けているかもしれない。

 兄なら有り得る。


 心配することなんて何もないと、心の中で呟いて、駿は自室を後にした。





「……って、まだ挟まってるうううううううううううっ!!?」





 リビングへ入った駿は思わず叫んだ。

 兄は、未だにソファーとソファーの間に埋まっていた。


「ああ……駿か……。ゲームをしていたんじゃなかったのか……?」

「プレイ時間が終わったんだよ! ていうか、ずっと挟まっていたのか? もしかして、抜け出せなくなっているのか!?」

「バカ言え、自分から入ったのに、そんなことがあるわけ……」


 兄は「ふんぬ! ふん!」と声を上げながら、ソファーから抜け出そうとする。

 が、しばらく待っても、まったく抜け出せる様子はない。


 兄はちょっとだけ沈黙して、泣きそうな目で駿を見上げた。


「たすけて……」

「本当にアホだなお前!!」


 駿は悪態をつきつつ、兄がソファーから出るのを手伝った。

「体中が痛いよぉ」と兄は泣き言を漏らすが、長時間あんな格好でいれば、そりゃあ痛くもなるだろう。

 兄のあまりのアホさ加減に、駿は頭が痛くなった。


 兄はソファーに身を投げ出して、大きなため息を吐く。

 落ち込みは継続中のようだ。マジか。いい加減、立ち直ってもよくないか?

 駿は眉間にしわを寄せた。


「兄貴……。事情は兄貴の仲間だった人に聞いたよ。でもさ、仲間と別れるなんていつものことじゃないか。いつまでも落ち込んでるなよ」


 “オスカー”はソロプレイヤーだが、いつもソロだったわけじゃない。チームを組んでいたことも何度かある。

 この兄が、ソロプレイ(ひとりぼっち)を嫌がったからだ。


 しかしせっかくチームを組んでも、オスカーはことごとくそのチームを追放されている。

 その原因も兄だ。まったく、毎回尻拭いをする弟の身にもなってほしい。


「……今回は、いつもと違うもん」


 兄はソファーに顔をうずめながら、子供のような口調で反論した。


「今までは、モンスターから逃げたりしたら、みんな怒ったけど。サスケたちは、笑って許してくれたもん」

「あの少年、サスケっていうのか……」


 ナルトじゃないのか、と駿は少年の青い瞳を思い出しながらどうでもいいことを思う。

 兄の行動を笑って許してくれるなんて、なんと懐の深い少年だろう。


「なのに……たった30分しか、行動を共に出来なかったんだぞ! こっちはまだ朝だっていうのに、向こうは深夜なんだって! 眠いんだって!」

「…………」


 スペインと日本の時差は、確か7時間だったっけ。東京が午前7時のときに、バルセロナでは日付が変わる。


「こっちが夕方なら遊べるんじゃないか?」


 サスケくんは今夏休み中だと言っていた。兄も同様だ。

 1日中ずっと遊ぶのは難しいかもしれないが、夕方から夜までの間なら、普通に遊べるのではなかろうか。

 日本時間が午後5時のとき、バルセロナでは午前10時だ。


「その頃には、他のメンバーが深夜を迎えている……」

「……本当にバラバラの国の人間がチームを組んでいたんだな」


 まさに多国籍チーム。

 いろいろな国からログインできるゲームだけど、そういうチームが出来ることもあるのか。

 時差を考慮すれば、確かに一緒に遊ぶ時間は限られる。


「あんな気の良い連中とは、きっともう二度と会えない……ぐすっ……」

「そんなことないだろ。探せばきっと……兄貴のアホな行動を笑って許してくれる人がいるさ」

「気休めはよしてくれ!」


 わんわん泣きじゃくる兄。本当に大学生か?

 駿は心底から面倒に思った。


(兄貴のアホな行動……ジャックやラルドなら笑って許してくれそうだが……。でもだからって、コレを押しつけるのは……)


 駿の中では、兄はすでに『コレ』扱いになっている。


(だが放置しておくと何をしでかすか分からないし……。彼らには悪いが、手綱を握っていてもらうと、助かるのも事実)


 駿の中では、兄は獣扱いである。


(覚悟を決めるしか……ないか)


 駿はキュッと表情を引き締めた。


「兄貴。兄貴を仲間にしてもいいと言っている奴らがいるんだ」

「へっ?」

「兄貴がストーカーをしていた女の子を覚えているか? 黄色の髪の、綺麗な顔をした……」

「女神!! え、まさか、女神がオレを!? そんな奇跡が!?」

「早とちりするな。それから『女神』はやめろ。恥ずかしい。仲間にしてもいいと言っているのは、彼女の仲間たちだ。まだ彼女に許可は取っていない」


 ナナミが許可をしてくれるとは限らない。というか、ほぼ確実に、彼女は拒絶するだろう。

 それでも、万が一ということもある。


「彼女が嫌がったら、潔く諦めること。それさえ守るなら、俺は兄貴を応援するよ」

「駿……!! お前はなんていい弟なんだ!」


 すっかり感動した様子で、弟の手をがっしりと握る兄。

 喜ぶのはまだ早いだろ……と、駿は乾いた笑い声を上げた。


(すまない、ナナミ。コイツが鬱陶しかったら、グラシオをけしかけて構わないから)


 駿は心の中で土下座する。彼は結局、この兄を放っておくことなど出来ないのだった。

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