表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
13/291

今の自分に出来ること

 このゲームの戦闘は、リアルだ。


 血が出なかったり、切断面が黒くなっていたり、倒されたモンスターが青白い光になって消えたり、現実ではありえないこともたくさんある。

 だけど攻撃が当たった箇所によって与えられるダメージが変わったり、急所を突くことで即死させることができたり。リアルな戦闘システムになっている。


 胸を貫かれたラルドはピクリとも動かない。急所を突かれて即死するのは、モンスターだけではないらしい。


 巨大な水晶蜘蛛は8つの目でノゾムを見下ろした。ガラスのような目に、茫然としたノゾムの顔が映る。ラルドを一撃で殺した脚が、ゆっくりと持ち上げられた。ノゾムはそれを、ただ見ていることしかできなかった。


「ああ、もう!」


 ナナミがノゾムの腕を引く。水晶蜘蛛の脚は、ノゾムの頭があった場所を通過した。地面にグサリと刺さるその脚を見て、ノゾムは全身の血が引いていくのを感じた。


「『エスケープ』!」


 ナナミが叫んだ瞬間、目の前から水晶蜘蛛の姿が消えた。背景も一変する。ノゾムたちがいたのは階段のそばだったはずなのに、なぜか今目の前にあるのは、巨大な扉だ。


「え? え?」


 混乱するノゾムの腕を掴んだまま、ナナミはその扉をくぐり抜けた。扉の向こう側では、獲物を見失った水晶蜘蛛がキョロキョロと周囲を見回している。


 ナナミは扉の陰に身を隠した。ノゾムも混乱しつつも、それに倣う。


「え? 今のは?」

「【盗賊】のセカンドスキル『エスケープ』よ」

「セカンドスキル」


 各職業は、熟練度を上げることで新しいスキルを覚える。


 そういえばさっきも言っていた。【狩人】のセカンドスキル『罠作成』を覚えれば、やれることはもっと増えると。


 【盗賊】のセカンドスキル『エスケープ』は戦闘を離脱するスキルらしい。


「敵の背後に一瞬で移動できるの。敵はこちらの姿を見失ってくれる。でも、触れた相手しか連れて行けないのよ。ラルドを置いてきちゃった……」

「ラルドはこれから、どうなるの?」

「蘇生薬をかければ復活できるわ。でも、戦闘不能になってから時間が経つと、『死に戻り』してしまう」


 『死に戻る』場所は、最後に訪れた町や村の教会だ。ラルドの場合、クルヴェットの教会に飛んでいくだろう。


 ノゾムは蘇生薬を持っていないが、ナナミが持っている。


「だけど……」


 ナナミは難しそうな顔して、扉の向こうを見た。ノゾムもそちらを見る。ラルドのそばには、あの水晶蜘蛛がいた。


 あいつをどうにかしなければ、ラルドに蘇生薬はかけられない。


 ノゾムは水晶蜘蛛の鋭い脚を思い出して震えた。


「あいつは、何?」

「……フロアボスの、クリスタル・タランチュラよ。このダンジョンには10階ごとにボスがいるの」


 さっきまでノゾムたちは地下5階にいたはずだ。あの落とし穴でショートカットしてきたのだろう。全然嬉しくないけど。


「ナナミさん、倒せる?」

「前に来たときは、仲間と協力して倒したわ」


 つまり、1人では無理だと。


「ラルドが死に戻りするのは諦めるしかなさそうね」

「そんな……」

「私たち2人じゃどうしようもないわよ。ラルドが死に戻ったら、『アリアドネの糸』で脱出しましょう」

「『アリアドネの糸』はラルドが持ってるけど」

「…………」


 ナナミは盛大に顔を引き攣らせた。


「……それじゃあ、自力で戻らないといけないじゃない」

「そうなるね」


 そしてラルドがいないので、2人そろって死に戻りする可能性が高い。


 ナナミは頭を抱えた。「結局死に戻りするのね……」と呟いている。ノゾムは眉尻を下げて、扉の向こうを覗いた。

 ラルドは相変わらず、ぴくりともしない。


 分かってる。あれは本当に死んだわけじゃない。というかゲームの中なのだから、本当に死ぬわけがない。


 だけど――


「……あのさ、ナナミさん」


 あのまま見捨てるのは違う。

 それだけは、ノゾムは確かに思った。




 ***




 静かに息を吐く。隣ではナナミが、いつでも走り出せるよう準備をしている。


 作戦はシンプルだ。遠距離攻撃ができるノゾムが、離れたところから水晶蜘蛛を攻撃して、その注意を引く。その間にナナミがラルドのもとへ駆け寄り、蘇生薬をかける。


 ……大丈夫。出来る。

 倒すことが目的ではないのだから。


 わずかに開いた扉の隙間から矢を向ける。しっかりと引いて、放つ。矢は水晶蜘蛛の背に向かってまっすぐに飛んだ。


 背中の水晶に当たった矢は、あっけなく弾かれて地面に落ちる。ダメージはないようだ。しかし、水晶蜘蛛はこちらを向いた。


「ナナミさん、頼んだ!」


 ノゾムは扉を開けて走り出す。走りながら、矢を放った。変なところに飛んでいった。走りながら射つのは無理があった。


 ナナミもまた扉をくぐる。ノゾムとは逆方向へ走り出した。【盗賊】を最初に選んだだけあって、とても速い。まっすぐにラルドのもとへ向かう。


 水晶蜘蛛はナナミにもすぐに気付いたが、ノゾムを狙うことにしたらしい。当たらずともヘロヘロの矢を次々に放ってくるノゾムが、鬱陶しかったのだろう。


 迫ってくる水晶蜘蛛の姿に、足が震える。


(……こわい)


 正直に言うと、めちゃくちゃ怖い。今すぐにでも回れ右をして逃げたい気分だ。


 ゲームの中とはいえ、水晶蜘蛛はとんでもなく大きくて、脚は鋭いし、口から見える牙も凶悪だ。作り物であると理解できても、その見た目は十分に恐怖を与える。


(でも、ラルドにはたくさん助けてもらった)


 借りは返す。当たり前のことだ。

 ノゾムは恐怖に負けそうな心を叱咤し、背中の矢筒に手を伸ばした。


 その手は空を掴む。


「んんん??」


 ――このゲームにおいて、最も不遇な武器といえば間違いなく弓だろう。


 練習しなければまっすぐに飛ばない。狙い通りに飛んだとしても、動くモンスターにはなかなか当たらない。


 そして何より――『矢』が消耗品だ。



「嘘だろ!?」



 ここへ来て、まさかの矢が尽きた。辺りを見渡せば、先程まで射っていた矢が地面に転がっている。折れて使い物にならなくなったものもあるが、使えそうなものもある。


 早く回収しなくちゃ――いや、その前に蜘蛛から逃げないと――慌てるノゾムは足をもつらせて、転けた。


「ノゾム!!」


 ナナミの声が聞こえる。水晶蜘蛛が鋭い脚を持ち上げた。頭を貫かれる――と思った、その時だった。



「『ブースト』ォォォォ!!!」



 聞き覚えのある声が響く。次いで聞こえたのは、水晶が砕ける音。異形の者の呻く声。


 ノゾムは目を見開いた。ナナミも口を開けて固まっている。その手には、まだ使われていない蘇生薬。ナナミはまだそれをかけていなかった。なのに、巨大な剣で水晶蜘蛛の脚を砕いたのは間違いなく。


「ら、ラルド……?」


 戦闘不能になっていたはずの、ラルドだった。


「大丈夫かノゾム!?」

「え、いや、……は?」


 ノゾムの頭の中は疑問符で埋め尽くされた。


「ラルド……なんで生きて……あれ……?」

「フッ。オレは不死身の男、ラルド・ネイ・ヴォルクテット」

「真面目に答えようか?」


 無意味に片手で目を覆いカッコつけるラルドに、ノゾムは真顔で言う。


 ノゾムと同じようにポカンとラルドを見ていたナナミは、ややあって呆れた顔をした。


「あんた……『身代わり人形』を持っていたのね」


 ノゾムはハッとした。そうだ。たしかにラルドはそれを手に入れていた。『アリアドネの糸』と共に、入っていた。


 持ち主の戦闘不能を肩代わりしてくれる、木製の人形だ。


 思い出したノゾムは思わずラルドに詰め寄る。


「なんですぐに起きてこなかったんだよ!?」

「いやー、この蜘蛛がすぐそばにいたからさー。起きるに起きられなかったっていうか……」

「めちゃくちゃ心配したんだぞ!?」

「おうよ。ありがとな」


 ノゾムが注意を引いてくれて助かったぜ、とラルドはニカッと笑った。ノゾムは何も言えずに、ただ口を開閉させるしかなかった。


 脚を1本失った水晶蜘蛛は、8つの目でラルドを睨む。ラルドは笑みを崩さない。大剣を構えて、やる気まんまんといったところだ。


 ノゾムは急いで地面に落ちた矢を回収した。折れた矢もあって、3本しか拾えなかった。


「ちょっとあんた! 復活したんなら『アリアドネの糸』で脱出しましょうよ!」

「いやいやいや。こんな明らかな強敵、挑まないわけにはいかないだろ」

「無理よ! 回復役も盾役もいないのに!」


 なんとか説得しようと試みるナナミだが、ラルドは言うことを聞かない。


 ノゾムとしてはナナミに大賛成だが、モンスターの群れに嬉々として飛び込んでいくラルドを知っているので、止めても無駄だろうなと思った。


「ノゾム、援護は任せたぜ!」

「……矢が3本しかないんだけど」

「じゃあ3本で片付けよう!」

「ムチャクチャだぁ……」

「……ああもう!」


 ナナミは前髪をクシャリと掻き上げて、短剣を構えた。


「おっ、手を貸してくれるのか?」

「『アリアドネの糸』を持ってるのはあんただけなんだから、仕方ないでしょ!?」


 本当だよ。


 プンスカと頬を膨らませるナナミを見て、ノゾムは深く頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ