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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第3章 黄金の国ジョーヌ
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迷宮図書館Ⅸ

「え、もう見つけちゃったんですか?」


 戻ってきたオスカーたちを見て、ノゾムは目を丸くする。その手には分厚い本があった。

 『ハリーポッターとアズカバンの囚人』……イギリスの有名な児童書シリーズの、3冊目である。


「ああ。石とカーテンも戻してきたから、いつでも出発できるぞ」

「ええ〜……俺、これ読み始めたばかりなんですよね。もう少し待ってくれませんか?」

「もちろん。ノゾムくんの読書の時間を削ってしまったのは、俺たちだからな。読み終わるまで適当に暇を潰しているさ」

「オレ、漫画読みたい!」


 ハイハイと手を上げるラルドに、ジャックは頷く。

 漫画なら、暇を潰すのにうってつけだろう。


 オスカーは左腕のリングを見る。

 残された時間は、5分もない。


「俺はここでお別れになりそうだ」

「え?」

「明日も塾だし、勉強しなきゃだし。今日はもうログインできないと思う」

「大変だなぁ、受験生」


 しみじみと言うジャックに、オスカーは苦笑を返す。


 大変なのは今だけだ。受験さえ終われば、オスカーも来年の今ごろは夏休みを満喫しているはずだ。


「いつもはソロプレイだから、お前たちと一緒に遊べて楽しかったよ」

「オスカーさん……」

「また一緒に遊ぼうな、オリバー!」

「そう言ってくれるのはありがたいが……お前はいい加減、わざと名前を間違えるのをやめろ」

「オリバーじゃなかったっけ?」

「オスカーだ!」


 そんないつものやり取りをして、ラルドとオスカーは、やがてどちらともなく笑い出す。

 なんだかんだ、仲良くなってるんだなぁと、ノゾムはそんな2人を見て思った。




「……あれ!? オスカーじゃないか!?」




 そんなとき、ふいに、どこかで聞いたことがあるような気がしないでもないような、少年の声が響いた。


 名を呼ばれたオスカーは振り向き、訝しげに眉を寄せる。


 そこにいたのは単行本(それも全部、忍者漫画だ)を山ほど抱えた、やはりどこかで見た気がしないでもないような青い目をした少年だった。

 少年は驚愕に目を丸め、やがて喜色いっぱいの顔をし、オスカーのもとへ駆け寄る。


 オスカーの眉間のしわは取れない。


「やっぱりオスカーだ! 良かったぁ、あのままゲームを辞めちゃったんじゃないかって……。仲間も出来たんだな! ぼっちは嫌だって言ってたのに、結局ひとりぼっちにしちゃって、……本当にごめんな!」


 がばりと頭を下げる少年。その話の内容を、ノゾムはちっとも理解できない。

 ちらりとオスカーを見るが、オスカーもまた怪訝な顔をしたまま、少年を見ている。


「お前、誰だ?」

「えっ!!」


 オスカーの問いかけに少年は目をまん丸にした。オスカーの顔をしげしげと見て、くしゃりと顔を歪ませる。


「そ、うだよな……オレなんかもう、知ったこっちゃないよな……」

「いや、だから」

「でも仕方ないじゃないか。オレたちの間には、乗り越えられない壁があったんだから……っ!」


 乗り越えられない壁って何だろう。


 なんだか、いちいち大仰なことを言う少年だ。にしてもやっぱり見覚えがあるような気がするのだが、果たしてどこで見たんだったか……。

 首をひねるノゾムの隣で、オスカーは「もしかして」と呟いた。


「でもオレだって今はぼっちなんだよ! 寂しいんだよ! その寂しさを『NARUTO』で紛らわそうとしているんだよ! 他人のふりしなくたって……ぐすっ……いいじゃないか……!!」

「待て待て待て、ちょっと落ち着け」


 最後のほうには泣き出してしまった少年を、オスカーは慌てて宥める。

 涙で濡れる青い目を正面から見据えて、オスカーは口を開いた。


「おそらく、お前の知り合いなのは、俺の兄だ」

「ぐすっ……兄……?」

「俺たちは兄弟でひとつのアバターを共有しているんだ。俺は弟のほうだ。お前とは初対面だ」

「……そういえば……そんなことを、言っていたような……? じゃあ兄ちゃんは?」

「ソファーに挟まって沈んでいた」


 淡々と答えたオスカーに、少年は再びガーンとショックを受けた。

 ソファーにって……いったいどういう状況なのだろう。


「お、オレのせいで……!?」

「……てっきりいつものように自業自得で問題が起きて、落ち込んでいるものだと思っていたが……お前はいったい、兄貴に何をしたんだ? 壁って何だ?」


 眉間にしわを刻んで尋ねるオスカーに、少年は震えながら涙を拭って、答えた。

 乗り越えられない壁とは、


「“時差”だよ」






 少年とオスカー兄は、ペーシュで出会ったという。


 天井から生えた下半身をその場にいた者たちと協力して引っこ抜き、念願の『忍者』に転職できて、なおかつ仲間ができたことでウハウハの状態でペーシュを出ようとした少年は、村の入口で泣いているオスカーの兄に出会ったそうだ。


 オスカーは首をかしげた。


「……さっそく話の腰を折って悪いが、天井から下半身って何だ?」

「天井裏に入ろうとして、入口につっかえてしまった人がいたんだよ」

(バジルさんだ……!)


 ノゾムは、どこでこの少年を見たのか思い出した。ペーシュである。からくり屋敷でバジルを引っこ抜くのを手伝ってくれた少年だ。バジルを引き抜いたあとには、忍者の捜索も手伝ってくれた。


 オスカーの兄は、何が理由かは分からないが、ひどく落ち込んでいたらしい。

 やたらと自分を卑下し、「ぼっちになって寂しい」と零すオスカーの兄を見て、少年は他人事とは思えなかった。

 何故なら少年も、つい先刻まで孤独を味わっていたからだ。


 だからこそ、「じゃあ一緒に来るか?」と声をかけることは、自然なことだった。


「けれどオレたちの間には、容易には越えられない壁があった……」

「それが“時差”か?」

「そう。オレはスペインからログインしている。オスカーは日本から……日本人と知り合いになれるなんて思いもしなかったから、そうと分かった時にはマジで興奮したんだが」

「日本人なのは半分だけで、見た目は全然日本人じゃないんだけどな」

「そうなのか?」


 目をしばたく少年に、オスカーは何とも言い難い顔をして頷いた。


 オスカーのアバターは黒髪黒目という、いかにも日本人といった風貌だけれど、リアルの見た目はまったく違うらしい。


「スペインと日本じゃあ……そりゃあ、かなりの時差があるな」

「そうなんだよ。今はオレも夏休み中だから日本人とプレイ時間が重なることもあるけど、本当にちょっとの時間だけなんだよ。オレさっき起きてきたばっかりなんだよ!」


 ペーシュで仲間になった他の2人も住んでいる国が遠く離れていて、結局「このメンバーでマルチプレイを続けるのは難しいよね」という結論に至ったのだそうだ。


 時差。それはまさに、容易には越えられない壁だ。


 以前バジルたちと行動を共にしていたときも、実はバジルたちが徹夜でプレイしていたと知って、ノゾムは驚いたものだった。


「すごくショックだったけど、仕方なくチームを解散することにしてさ。オスカーは最後まで嫌がってたんだけど……そうか……ソファーに挟まるくらい、落ち込んでいるのか……」

「…………」


 沈んだ声を出す少年に、オスカーは難しそうな顔をして黙り込む。


 ノゾムはやっぱり『ソファーに挟まる』という部分が気になった。

 オスカーの家のソファーは、人が挟まれるくらいに大きいのだろうか。


「ふうん? オスカーの兄貴は、ぼっちがそんなに嫌なのか。それじゃあ俺たちと一緒に来たらいいんじゃないか?」

「え?」


 あっけらかんと提案するジャックにオスカーは目を見開いた。

 ノゾムとラルドも、驚いたようにジャックを見る。


「俺たちも日本人プレイヤーだし、時差の問題はないだろ? ノゾムくんとラルドもナナミも夏休み中で、俺もまあ……時間的な制約はないしさ。なあ?」

「いや、『なあ?』って言われても……。いいのかよ? コイツの兄ちゃん、ナナミのストーカーをしてたんだぞ」

「マジで?」


 目を丸めて聞き返してくるジャックに、ノゾムたちは頷く。

 オスカーの兄が、ナナミに付きまとっていたのは事実だ。


「モンスターが苦手らしくて、近付いては来なかったんですけどね」

「ああ。お前らにはテイムモンスターがいるもんな」


 あの時いたのはロウだけで、ロウをただの犬だと勘違いしてちょっとだけ近寄ってきたことはあったけど。ロウがモンスターだと分かってからは、付かず離れずの距離を保ってついて来るだけだった。


 オスカー兄を撒くことが出来たのも確かペーシュで、あのときは確か、弟のほうのオスカーが協力してくれたという話だったような……。


「ストーカー行為については、釘を刺しておいたから、もうしないと思う。アイツはストーカーをしていた自覚がなかったんだ。犯罪だと分かっていて続けるほど、馬鹿じゃない……はずだ」

「はずか〜」

「ストーカー云々は置いておいても、アイツを連れていくのはお勧めしない。嫌なことからはすぐに逃げるし、バトルにも参加しないし。それに何より、天性のトラブルメーカーだ。絶対に問題を起こすぞ」

「うーん……」


 弟にここまで言われるなんて、オスカー兄は、今まで何をしでかしてきたのだろう。


 そんなこんなで話していたら、ピピピッ、ピピピッとアラーム音が鳴った。オスカーの左腕のリングからだ。

 オスカーのプレイ時間が、終わりを迎えたことを教えてくれている。


「でもさ、お前は、兄貴のことが心配なんだろ?」

「!」

「お前が謎解きしてくれなかったら、俺たちは『グリモワール』を見つけ出すどころか、ここに辿り着けてすらいなかったんだぜ」


 ジャックの言葉に、ノゾムとラルドは顔を見合わせ、「確かに」と頷いた。

 ノゾムたちがここまで辿り着いたのは、オスカーの働きが大きい。

 ノゾムは眉間にしわを寄せ、「うーん」と唸った。


「ナナミさんが本気で嫌がったら、俺は反対しますけどね……」

「オリバーには世話になったからな。説得は任せろ!」


 ラルドはグッと親指を立てる。

 アラームが鳴り響く中、オスカーはあんぐりと口を開けて、呟いた。


「お前たちは、お人好しか」


 その言葉を最後に、オスカーの姿は消えた。

 オートセーブが終わって、リアルの世界へ戻ったのだ。


 オスカーがどうするのかは分からないけれど、しばらく待ってみようと思う。


 ノゾムはとりあえず本が読みたい。

 明日も更新します。



『ハリーポッターシリーズ』

 J・K・ローリング著

 1990年代のイギリスを舞台に、魔法使いの少年が活躍する児童書シリーズ。全7巻。映画化もされている。

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