迷宮図書館Ⅵ
「嫌がる婦女子にしつこく絡むなど、言語道断! オレが成敗してくれる! ニンニン!」
「違うって! 誤解だって! 嫌がるも何も、この子はガン無視だし! 気付いてもいなさそうだし!」
(……なに、この状況……)
オスカーたちが塔を降り始めている頃、ノゾムが三つ子たちに案内されている時、中庭でひとり弓矢作りをしていたナナミもまた、何やら珍妙なことに遭遇していた。
いい感じに矢尻が完成して、ひと息入れた瞬間。視界に映ったのは、手裏剣を構えて威嚇する少年と、少年に対して涙目で弁解している男。
なにこれ修羅場?
どうでもいいけれど、他の場所でやってくれないかな、とナナミは心底から辟易した。
(関係ない人間を巻き込まないでよね……)
「確かにナンパしようとして近付いたのは事実だけどさあ! マジで何の反応もないんだって! ずっとDIYに夢中になってるんだって! あまりに反応がないから、俺も心が折れかけてるんだって!!」
(関係めっちゃあったわ)
男の主張から察するに、ナナミはまた作業に没頭しすぎて周囲をシャットアウトしていたらしい。本当に悪い癖だ。
「言い訳するな! ニンニン!」
「くそっ、付き合ってられるか!!」
「あ……」
ナンパ男は涙目のまま逃げていった。残った少年はふんふんと鼻を鳴らし、手裏剣を懐におさめて、くるりとナナミを振り返る。
「大丈夫かい? ニンニン」
「ええ、まあ……その語尾は何?」
「ニンジャは『ニンニン』と言うものだ」
「言わないと思うけど」
「言うの! 本物のニンジャがそう言ってたの!」
本物の忍者が、果たしてどこにいたというのだろう。
ペーシュのからくり屋敷にいたという話だが、ゲームの中の忍者を『本物』と言っていいのか、疑問である。
「それじゃあオレはこれで! 『NARUTO』がオレを待っているからな! ニンニン!」
「あ……」
謎の忍者少年は颯爽と去っていった。途中で『隠密』を使ったのか、パッと姿が消える。スキルの無駄遣いだ。
あの少年はいったい何なのか、さっきのナンパ男には謝っておいたほうがいいのか、このアバターの見た目だけに寄ってきた人だろうから放置していいのか……。
ナナミはもんもんと考え、やがて考えることが面倒くさくなり、再び弓矢作りに没頭し始めた。
「あ、ナナミさん」
それからしばらく経って、赤い羽根を取り付ける作業を終えて再度ひと息入れた頃、ふいに聞き慣れた声が聞こえてきた。
ノゾムだ。隣にはロウの姿もある。
ロウはナナミの足元に散らばる木くずを見つけると、尻尾を振りながら駆け寄ってきた。興味津々に木くずに鼻を突っ込む姿は、とても可愛らしい。
クールなグラシオは、こういう姿を見せてはくれない。そういうところも気に入ってはいるのが、たまにはじゃれついてきてもいいんだよ、とナナミは思ってしまう。
「ノゾム、中で本を読んでいたんじゃないの?」
気分転換に外へ出てきたのだろうか。
首をかしげるナナミに、ノゾムは「え、いや……」と歯切れが悪く、目を泳がせた。
「道に迷って……この子たちに案内してもらってたんだ」
「この子たち?」
「そう、この三つ子たち……あれ?」
ノゾムは周囲を見回して、目を丸めた。そりゃそうだろう。ノゾムのそばには、ロウしかいないのだから。
「さっきまでいたのに」
「もしかして、幽霊だったりして」
「そ、そ、そんなまさか!」
「冗談よ」
青ざめるノゾムを見てナナミは肩をすくめる。たとえ本当に幽霊だとしても、あくまで“ゲームの中の”幽霊だ。
血みどろのグロテスクなやつが背後から現れたりしたら、もちろんナナミだって怖い。だがノゾムが普通に接していたのなら、そうではないのだろう。
「弓矢、とりあえず1本作り終えたから渡しておくわね」
「え、もう? ナナミさん、作るの早くなったね」
「慣れてきたからね。まだジャックたちも戻ってないし、ノゾムは本を読んでるんでしょ?」
「うん。俺、まだ全然読めてないんだよ。オリジナルの本ならちょっと読んだけど」
「オリジナルの本?」
「作中作ってやつ」
ああ、とナナミは頷く。RPGなどで本棚を調べると、たまに出てくるアレだ。
たいていは「ここにある本は今は関係なさそうだ」などという言葉が出てくるだけだけど、ときおり冒険の役に立つことが書いてあったり、ちょっとしたショートストーリーを楽しむことが出来る。
「この世界の創世記とか、モンスターの生息域だとか……本当は限られた人しか読んじゃいけないみたいなんだけど」
「ふーん?」
よく分からないが、ナナミは特に読みたいとは思わないので、どうでも良かった。
城の中へ戻っていくノゾムとロウを見送って、ナナミは再び木の枝を削る。
その頃には、忍者少年のこともナンパ男のことも、すでに記憶の片隅にも残っていなかった。
***
城内にある部屋は、どの部屋も明るい。
光源となっているのは、壁や天井に埋め込まれた大きな『光る石』だ。
『光る石』はしっかりと埋まっていて、簡単には取り出せなくなっている。これを持って歩き回ることは出来ないだろう。
「この石の前に、本を1冊ずつ持ってくるか?」
「ええー? めんどくせぇよ、それ。それじゃあ最初にやってた方法と一緒じゃん」
「一緒じゃないぞ。もっと手間がかかってる」
本棚に詰まった本を1冊ずつ確認するほうが、まだ手間が少ない。オスカーの見立てでは、もっと簡単に探す方法があるはずなのだが。
「光に当てりゃいいんだろ? カイザーに発光してもらおうぜ」
ラルドの相棒、カイザー・フェニッチャモスケはアイテムボックスの中だ。
吊り橋での一件で、ボックスの中は思っていたよりひどい場所ではないと分かったので、ラルドも収納することにしたのだ。
ピィピィと叫ぶフェニッチャモスケの姿はラルドの目には可愛く映るのだが、図書館という場所柄、周りから睨まれるのは嫌だなぁと思ったのだ。
だが他に『グリモワール』を探す方法がないというのなら、多少睨まれても、我慢しようと思う。
「いや、フェニッチャモスケの発光だと火花が飛ぶだろ。それにまだ『光に当てる』が正解だと決まったわけでもない」
「俺は『星を探す』が正解な気がする。2番目の子がいつも本当のことを言っているような気がするし」
「うーん?」
ラルドは首をかしげて、三つ子たちの会話を思い出した。
彼らがどういう順番でどういうことを言っていたのか、ラルドはよく覚えていないけど、だいたいいつも最後の奴がとんでもない嘘を言っていた気がする。
「けど、一番意味が分からないのも『星を探す』なんだよな。星って何だよ?」
「何ってそりゃ、夜空に浮いてる星だろ?」
「夜になるまで待てってか」
「うーん……」
「星……星……」
オスカーは口元に手を当ててブツブツ言っている。ジャックも難しそうな顔だ。
ラルドは考えることさえやめている。もうお手上げだ。だって意味が分からないんだもん。
城の2階にたくさんある客室には、漫画があるらしい。「ワンピースが」「ヒロアカが」と言いながら階段を駆け上がっていく少年たちを、ラルドは羨ましそうに見た。
『グリモワール』は諦めて、ラルドもあっちに行きたい。
「あ、ノゾムだ」
なんとなく周囲を見渡していると、ちょうど中庭から入ってきたノゾムの姿を発見した。
中庭で読書をしていたのかな、と思ったが、ノゾムの手元に本はない。
不思議に思って見ていると、目が合った。こっちにやって来る。
「何やってるの?」
「この石、外せないかなって」
「石?」
ノゾムは壁に埋め込まれた光る石に目を向ける。海色の瞳がきょとんと丸くなった。
「この石、ここにもあったんだ」
「グリモワールを見つける方法が、『光を当てる』か『星を探す』か『火にくべる』なんだよ。どれか1つが本当で、2つは嘘。で、とりあえず試してみよーってことで、光を探してて……」
「火はダメだよ」
「それは分かってる」
さすがにラルドだって、『火にくべる』がとんでもない嘘であることには気付いている。だって火にくべたら、本は燃えちゃうじゃないか。
ノゾムは「ふうん」と言って、首をかしげた。何やら考え込むように、目を細める。
「あの石は固定されてなかったな……」
「え?」
「でも、『自らの意思で探求する者』しか入っちゃダメだって、言われたしな……」
ノゾムが何を言っているのか、ラルドにはさっぱりだ。
だが、これだけは言える。
「ノゾム、オレたちは『探求する者』だぞ」
現に今も、探している最中だ。
そう告げると、ノゾムはぱちくりとまばたきをして、「そっか」と返した。
『NARUTO』
岸本斉史 作
週刊少年ジャンプにて、1999年43号から2014年50号まで連載された忍者漫画。全700話。単行本は全72巻刊行。
続編となる『BORUTO』がアニメ放送されている。
『ONE PIECE』
尾田栄一郎 作
週刊少年ジャンプにて、1997年34号より連載中の海賊漫画。
現在、99巻まで刊行。もうすぐ100巻!
週刊少年ジャンプの中では、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(1976〜2016)に次ぐ長期連載となっている。
2015年6月15日には「最も多く発行された単一作家によるコミックシリーズ」としてギネス世界記録に認定されている。
『僕のヒーローアカデミア』
堀越耕平 作
週刊少年ジャンプにて2014年32号より連載中のヒーロー漫画。
既刊30巻(2021年7月現在)。
アニメ第5期放送中!!