表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第3章 黄金の国ジョーヌ
125/291

迷宮図書館Ⅴ

 世界は白いキャンバスだった。


 海もなく、大地もなく、太陽もなく。

 彩るものが何もない、キャンバスだった。


 幼い神様は、その味気ないキャンバスに色を付けることにした。


 情熱の(ルージュ)

 まばゆい(ジョーヌ)

 静かな(ブルー)


 色が生まれた世界(キャンバス)は、とてもにぎやかになった。


 楽しくなった幼い神様は、さらにその原初の3色を混ぜてみることにした。


 赤と黄からは陽気な(オランジュ)が生まれ、

 黄と青からは癒やしの(ヴェール)が生まれ、

 青と赤からは神秘の(ヴィオレ)が生まれた。


 世界は鮮やかで素晴らしいものになった。


 幼い神様は、さらに思いついた。


「そうだ、すべての色を混ぜてみよう。きっとどの色よりも美しく、素晴らしい色ができるはずだ」


 そうして生まれたのが、黒。

 何物にも染まらぬ、黒。


 赤も橙も、黄も緑も、青も紫も、すべてが黒に塗りつぶされた。


 悲しくなった神様は、真っ黒なキャンバスを捨てて、新しいキャンバスを用意した。


 そして――……




 ***




 ノゾムはそっと本を閉じた。眉間にはしわが寄り、苦いものを口にしたような顔をしている。


 その手には、1冊の古ぼけた本。表紙には『アルカンシエルの成り立ち』というタイトルが書かれてある。


 このゲームのオリジナルの神話――いわゆる創世記だ。


「俺、ゲームの神話って本当に苦手なんだよね。ワケが分からなくてさ」

「クゥン?」


 ロウはノゾムを見上げ、小首をかしげた。ノゾムはそんなロウの顔を優しく撫でた。


 ワケが分からない、というなら、現実世界の神話も似たようなものである。どれもこれも、ツッコミどころが満載だ。


 ただそれでも、ノゾムはゲームのオリジナルの神話というものが、それ以上に理解できなかった。ゲーム嫌いなノゾムの脳が、理解を拒んでいるのかもしれない。


 世界がキャンバスって、何だよ。


「ここにあるのは全部、オリジナルの本みたいだね」


 創世記を棚に戻して、ノゾムは改めて本棚に並ぶタイトルを眺める。


 モンスターの生息地、各地で採れる薬草や毒草の見分け方、簡単な武器や道具の作り方など、ゲームを遊ぶ上で役立ちそうなものがとても多い。


 こんな隠し部屋みたいなところじゃなくて、もっと人目に付きそうなところに置いておけばいいのに。そうすれば、きっとたくさんの人の役に立つだろう。


「魔法に関する本もあるけど……『グリモワール』じゃなさそうだ」


 これがグリモワールなら、見つけた時点で《【学者】に転職できるようになりました》というテロップが出てくるはず。出てこないということは、この魔法の本は、ただの本ということになる。


 ぱらりとめくってみると、どうやら魔法を系統別にまとめたもののようだ。


 【魔道士】が扱う魔法以外にも、【僧侶】が使う『神聖魔法』や『特殊神聖魔法』、精霊と契約を結ぶことで使える『精霊術』、死霊を召喚し思いのままに操る『死霊術』など、その種類はさまざまだ。


「魔法がかかったものを見分ける方法……。魔法にかかったものは、淡い光を放っている。光の中では、光を見ることは出来ない。ゆえに魔法がかかっているかを判別するためには……」


 何の役に立つのか分からない知識を吸収しては、本を閉じて、別の本を開く。


 片っ端から開いては閉じを繰り返し、すべての本をざっくりと流し読みして、やがてノゾムは「さて」と、ようやく現実を見ることにした。


「出口を探さないとね」

「アン!」


 ノゾムは迷子の真っ只中なのだ。たとえ本を読んで現実逃避をしてみたところで、その事実が消えるわけではなかった。


 そんなことはもちろん最初から分かっていたけれど、ちょっとだけ現実から目を背けたかったのである。


 ノゾムは重たい腰を上げて、読み散らかした本を元に戻して、部屋に唯一ある扉に手をかけた。……その時だった。



「「「キャハハハハハハハッ!!」」」



 どこからともなく子供、それも複数人の声が聞こえてきたかと思ったら、通気口から勢いよく3つの黄色い頭が飛び込んできた。


 同じ色の髪、目の形。同じ顔立ちに、同じ服装の3人は、一目で三つ子だと分かる風貌をしている。


 華麗に床に着地した3人は、ワクワクした様子で自分たちが出てきた通気口を見上げ――長い長い沈黙ののちに、不満そうに唇を尖らせる。


「もう追いかけてこないのかなー?」

「「ねー」」

「つまんないねー」

「「ねー」」


 ここにもヒントがあるのにねーと、ぶつくさ言う三つ子たち。


 ノゾムはまばたきを繰り返しながら、顔を突き合わせる三つ子たちを眺めた。


 そのうちのひとりと目が合う。トパーズのような色の瞳が、ノゾムを映すとキラキラと輝いた。


「お兄さんも探してるの?!」

「……何を?」

「グリモワール!!」


 ノゾムは再び、ぱちくりと目をしばたかせる。


 ノゾムを見つめる三つ子たちの目は、好奇心と――何故か悪戯心に満ちているようだった。


 ノゾムは困ったように眉尻を下げて、かぶりを振った。


「俺は探してないよ」

「えええー? それじゃあ、なんでここにいるの?」

「なんでって、そりゃあ……ちょっと迷っちゃって」

「“ちょっと迷っちゃって”?」


 三つ子たちは顔を見合わせた。


「こんなとこ、ふつう、迷って来るかな?」

「入口はぜんぶ、隠されてるのに」

「簡単には見つからないはずなのに」


 この地下通路への入口は、塔の最上階に飾られた絵画の後ろ、大広間の左側の前から3番目の像の下、(うまや)のエサ箱の下など、人が偶然迷って入ってしまわないような場所にある。


 大広間の像なんて、体当たり(・・・・)でもしなければ絶対に動かないようになっているのに。


「えっと、その、本に夢中になっていたら、像にぶつかっちゃってね……穴に落ちて……」

「「「…………」」」


 三つ子は「なんてこった」と思った。

 偶然入れないはずの場所に、偶然入ってしまう人がいるなんて。


 これは早急に対応が必要だ。

 とりあえずは、像の下の通路を塞いでしまおうか。


「運がいいんだか、悪いんだか……。あのねお兄さん、ここにあるのは『ヒント』なんだよ」

「ヒント?」

「“自らの意思で探求する者のみが見ることのできるヒント”」


 うっかり見たらダメなんだよ、と三つ子は困った顔をして告げる。


 うっかり全部の本を見てしまったノゾムは、申し訳なく思った。


「とりあえず、ボクたちが出口まで案内してあげる」

「え、いいの?」

「うん。迷子を案内するのも、ボクたちの役目だもの」


 以前も、ペーシュのからくり屋敷で同じことを言われた。


 この三つ子たちは、どうやらあの忍者と同じ立場を持つようだ。運営の人間だろうか。


「君たちは、何?」

「秘書だよ!」

「司書だよ!」

「執事だよ!」

「……ヒツジ?」


 なんだかよく分からないが、ここから出られるなら何でもいい。


 三つ子たちが「もふもふだ〜」と言いながらロウを抱きしめる姿を見ながら、ノゾムは楽観的に思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ