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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第3章 黄金の国ジョーヌ
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迷宮図書館Ⅳ

「「「キャハハハハハハハ!!」」」


 黄色い頭の三つ子たちは、笑い声を上げながら城内を駆け回る。その姿を初めて見た者たちは目を丸め、見慣れた者たちは「またか」といった様子で目を細めた。


 三つ子たちが走り回るのはいつものこと。いつもと違うのは、今回は彼らを追いかけている者たちがいるということだ。


「すばしっこい奴らだな!」

「うおおおおおおおおっ!! オレから逃げられると思うなよおおおおおおっ!!」


 鬼のような形相で追いかけるラルドを見て、三つ子たちは「こわーい」と言いながらキャッキャと笑う。


 三つ子たちが城の内部について誰よりも詳しいというのは、事実のようだ。彼らは慣れた様子で本棚の間を駆け巡り、人と人の間を縫うように走っていく。


「むっ! 行き止まりか!?」

「この近辺を調べるんだ。きっと抜け道がある!」


 そして隠し通路をめちゃくちゃ使う。


 彫像の中や、柱の陰、飾られた絵画の後ろなど、思いもよらない場所にある秘密の通路への入口を、三つ子たちはすべて知っているようだった。


 上へ向かったかと思えば滑り台のようになっている通路を下り、同じような場所をぐるぐると回って……『魔法の羽根ペン』でオートマッピングをしながら進んでいなければ、オスカーたちはきっと今ごろ迷子になっていただろう。ついて行くのが大変だ。


 また上に向かう。

 執務室があった階よりも、さらに上へ。


 とんがり屋根の、塔の上へ。



「…………」



 窓から見える景色をちらりと見て、オスカーは冷や汗を掻いた。街の高い場所にある城の中でも、ひときわ高い場所へ向かっているのだから、そこに見える景色は絶景ではあるのだろう。


 けれどもオスカーは、その絶景を見て素直に感動することは出来なかった。


「下を見るな、下を見るな……」

「吊り橋のときにも思ったけど、オスカーくんって高所恐怖症なのか?」

「そんなことはない」


 ジャックの問いかけにオスカーは即答する。が、青白い顔で言うものだから、その言葉に信ぴょう性はなかった。


「ユーレイも苦手だよな!」

「幽霊なんかいない」


 ラルドのからかうような言葉にも即座に返すが、苦しい反論であることくらい、オスカーも自覚している。


 ジャックは困ったように眉尻を垂らした。


「下で待っていてもいいんだぜ?」

「気を遣ってくれるのはありがたいが、遠慮する」


 オスカーは血の気の引いた顔をしたまま、淡々と返す。


 震える手を握りしめ、すくむ体を叱咤して、まなじりをキュッと尖らせた。


「これは父の教えなんだ」

「父の」

「恐怖は乗り越えるためにある」

「厳しい父親だなぁ」

「お前の兄ちゃんは、恐怖に屈しまくりだったぞ?」


 モンスターを見たらそっこーで逃げてたもん、と言うラルド。


 兄のそういう姿は容易に想像ができるので、オスカーはなんとも言い難い気分になった。


 律儀に父の教えを守っている自分が、ちょっとバカらしくなってくる。


「恐怖というのは、放っておくと実物以上に大きくなっていくものなんだ。勇気を出して立ち向かってみると、案外大したものでないことが多い。恐怖に呑まれるな。よく調べ、知り、乗り越えろ。それが父の教えだ」

「……ふーん。で、実際に吊り橋を経験してみた気分はどうだったんだ?」

「全く大したことないな」

「今も足が震えてるけど」

「やかましい」


 震えながらも、オスカーの足が止まることはない。


 ジャックは眉尻を垂らしたまま、ポリポリと頬を掻いた。




 ***




 塔の最上階には、これまたたくさんの本が置いてあった。ここにあるのはどれも、天体に関する本だ。


 天体観測をするための望遠鏡もある。本棚の上には、青い空に白い月が浮かんだ絵が飾られていた。


 三つ子の姿はない。


「どこに行ったんだろう?」

「ここにも隠し通路があるのかもしれない。例えば、この塔からすぐに降りられるような、滑り台のようなものとか」

「いいな、それ。めっちゃ滑りたい」


 窓から入ってくる風が、カーテンを揺らす。外にある魔法の力で浮いた水の球体が暑さを減らしてくれているのか、入ってくる風はとても涼やかだ。


 そんなに広くはない部屋の中を手分けして捜索していると、窓の外から「キャハハハ」と、この短時間で聞き慣れてしまった笑い声が聞こえてきた。


 まさか、と思い、ジャックは窓の外に顔を出す。下……には、いない。ならばと顔を上に向けると、ビンゴだ。


 黄色い頭の三つ子たちは、とんがり屋根の上にちょこんと腰掛けて、楽しそうに談笑していた。


「見て見て、星が見えるよ!」

「見えないよ、今は昼だもの」

「月も星も消え去ったのさ!」

「なんかこわいこと言ってるやつがいる!」


 またまたバラバラなことを言っている三つ子たちに、ラルドがツッコミを入れる。


 月も星もゲーム内の時間が夜になれば問題なく見ることができるので、三番目に発言した子供の言っていることは、間違いなく嘘だ。


 そして見渡す限り、空に星は浮いていない。昼間に見えるわけがないとは言い切れないが(昼の月というものもあるし)、少なくともに()は見えないので、最初に発言した子供も嘘を言っていることになる。


 石窯の中の隠し通路について尋ねた時もそうだったが、どうやらこの三つ子、本当のこと(・・・・・)を話すのはひとりだけのようだ。


「よし。今なら捕まえられそうだな」

「待て待てオスカーくん、高いところが苦手なんだろう!?」


 片足を窓枠に乗せるオスカーをジャックは慌てて引き止めた。


 オスカーは「平気だ」と言うが、その足は間違いなく震えている。吊り橋と違って、今回は屋根の上だ。震えたまま登れば落ちてしまう危険がある。


 もちろんゲームの中なので落ちても死にはしないが、無駄に恐怖体験をさせるものでもないだろうと、ジャックは思った。


「俺たちの目的はあの子たちを捕まえることじゃない、話を聞くことだ。話すだけなら、ここからでもできる」

「……それは、そうだが」


 渋面をつくるオスカーをいったん窓から引き剥がして、ジャックは再び、窓から顔を出した。


「おい、お前ら、聞きたいことがあるんだ。グリモワールのことを知っているか?」

「グリモワールだって」


 三つ子たちは互いに顔を見合わせて、にやりと笑みを浮かべた。


「知らないなあ!」

「知ってるよ!」

「グリモワールなんて存在しないさ!」

「存在していないと困るんだけど……」


 ジャックは肩を落とす。3人のうち誰かは本当のことを言っているはずだが、どれが本当か、今はまだ判断がつかない。


「答えてくれたら、代わりにお前らの謎かけに答えるぞ」

「謎かけなんかしないよ!」

これ(・・)が謎かけだよ!」

「NPCが全員謎かけをすると思ったら、大間違いさ!」

「…………」


 どう思う? と振り返るジャックに、ラルドとオスカーは眉をひそめる。


 ラルドは腕を組んで、首をぐるりと回した。


「何が何だか分からなくて、頭がいたくなってくる」

「まあ、ラットくんはそうだろうな」

「なんだとぉ?!」

「オスカーくんは、どうだ?」


 尋ねられたオスカーは口元に手を当てて、目を伏せた。しばらく逡巡する間があって、黒曜石の瞳がジャックに向く。


 こう問いかけてくれないか、と前置きして告げられた言葉にジャックは頷いて、再び窓の外へ顔を出した。


「最後にもうひとつ聞かせてくれ」

「最後だって」

「えー、もう最後なのー?」

「…………。グリモワールを見つけるためには、どうしたらいい?」


 ジャックの問いかけに、三つ子たちはまた顔を見合わせた。


 三つ子の中で、本当のことを言うのはひとりだけ。

 先ほど「グリモワールなんてない」と言っていた子がそうなら、この質問にも「知らない」とか「存在しない」と答えるはずだ。


「『光を当てる』んだよ」

「『星を探す』んだよ」

「『火にくべる』のさ!」

「危ない! 最後のやつ、危ない!!」


 誰も「存在しない」とは言わなかった。


 つまり、グリモワールは確かにこの図書館の中にあるし、この3つの返事の中にグリモワールを探すヒントは隠されている。


 三つ子は「ふふふっ」と笑って、屋根から降りてきた。窓から中へ入ってきて、月が描かれた絵画を外した先にある通路に入っていく。


 通路の中は滑り台のようになっていて、三つ子たちの姿はあっという間に見えなくなった。


「追いかけるか?」

「いいや。聞きたいことは聞けた。あとは実際に試すだけだ」

「……『火にくべる』はねぇだろ〜。危ないだろ〜」

「『星を探す』ってのも、ちょっと意味が分かんねぇよな」


 オスカーは「そうだな」と返して、窓の外を見やる。青々とした空に、星なんてひとつも見えやしない。魔法で浮いた水球が、キラキラと輝いているだけである。


 ……まさか、夜になるまで待てという意味だろうか。


 限られた時間でプレイしているオスカーに、それはちょっと難しい。明日も塾があるし、自習の時間だって必要だ。


 ひとまず『光を当てる』を試すために、オスカーたちは光源を探すことにした。

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