迷宮図書館Ⅲ
鉄梯子を登ると、大人がようやく通り抜けられそうなくらいの大きさの、横穴があった。
鉄梯子はここで途切れていて、これ以上は上がれそうにないので、オスカーたちはその横穴を通ってみることにする。
やがて行き止まりに到着したが、目の前の壁は押せば動きそうだったので、とりあえず力いっぱい押してみた。
「うわっ!? 君たち、どこから来たの!?」
たまたま近くにいた男がビックリした顔で叫んだ。
大広間と同じく、壁にびっしりと詰め込まれた本棚。
重厚感のある大きな机に、立派な椅子。
椅子の後ろには窓があって、レースのカーテンを揺らしている。
「ここは……書斎か? 執務室かな?」
オスカーたちが這い出てきたのは、部屋の中にある暖炉の中からだ。こんなところから人が出てきたら、ビックリして当然である。
オスカーたちはポカンと口を開けたまま固まっている男にぺこりと頭を下げて、室内を物色した。
「うへぇ〜、難しそうな本ばっかり」
「ここにあるのはビジネス書のようだな」
本棚には小難しい題名ばかりが並んでいる。学生であるオスカーたちには、馴染みのないものばかりだ。ラルドが苦い顔をするのも、仕方のないことだといえよう。
「あ、でも、薄いのもある。『チーズはどこへ消えた?』だって」
「……チーズ?」
ラルドが引っ張り出した本を見てみると、たしかにものすごく薄かった。2匹のネズミと2人の小人が、迷路の中でチーズを探す物語らしい。
どう見ても童話である。
「置き場所を間違えたのか?」
「いや、それ、世界的に有名なビジネス書だよ」
ビックリして固まっていた男が、石化から復活して答えてくれた。
オスカーたちはきょとんと目を丸めて、男を見上げた。
「変化に対して、どう対応すべきかを童話風味で分かりやすく書いてあるんだ。ビジネス以外の場面でも役に立つから、読んでみるといいよ」
「ふーん……。まあ今度、気が向いたらな!」
ラルドはそう言って本を戻した。
絶対に読まない奴のセリフだ。
ネズミと小人がどう役に立つのか気になるので、オスカーは是非とも今度読んでみようと思った。
ジャックは部屋にひとつだけある大きな机の中を物色している。
「何かヒントになりそうなものはあるか?」
「いや、どの引き出しも空っぽ…………ん?」
「何だ?」
「奥に何かある」
引き出しの奥に手を突っ込んだジャックが取り出したのは、古ぼけた写真だった。
表面は色あせていて、クシャクシャとシワが入っている。
写っているのは椅子に座った美しい女の人と、その後ろに立つ穏やかな顔をした男性。
そして2人の前に立つ、3人の――
「家族写真かな?」
「みたいだな」
「この子たちは三つ子かな?」
「そのようだ」
「さっきの子たちに似てないか?」
「気のせいだろ」
「そうだよなあ、これ、かなり昔の写真みたいだし……。あ、もしかして幽霊」
「幽霊なんかいてたまるか!!」
オスカーはピシャリと言い放つ。
写真の中の子供たちは、確かに先ほどの三つ子とそっくりだ。うっかり同じ顔にしてしまっただけだと思う。
NPCのキャラデザを使い回すのは、どのゲームにも見られることだ。
「三つ子って、黄色い髪をした子たちかい?」
「知ってんの?」
ラルドの問いかけに、たまたま居合わせただけの男は頷いて答える。
「この図書館にいつもいる子たちだよ。たぶん彼らが一番、この城の構造に詳しいんじゃないかな」
「へぇ……」
たまたま居合わせただけなのに、なかなか有意義な情報をくれる人である。
オスカーたちは男に感謝した。
「それじゃあ、あの三つ子を捕まえるか」
「この城に詳しいなら、『グリモワール』の見つけ方も知っているかもしれないしな」
とりあえず方向性は決まったので、オスカーたちは暖炉の中へ引き返す。
「そこから出ていくのね……」
男性はなんとも言えない顔をして、オスカーたちを見送った。
***
「ここ、どこ……?」
一方、その頃のノゾムは謎の通路をさまよっていた。
現在地は、地下だ。
なぜ迷っているくせに地下だと分かるのかと言えば、落ちてきたからである。
視界いっぱいに広がる本、本、本、本の山。テンションがめちゃくちゃ上がったノゾムは、うっかりよそ見をして壁際に飾られていた像にぶつかった。
「かちり」と嫌な音が鳴ったなと思った次の瞬間には、像の下に現れた穴へと落下。
謎の通路に放り出されたというわけだ。
「……俺って、ほんとに……」
アゲアゲだったノゾムのテンションは急降下した。頭の中では親父が「いちいち罠に引っかかるねぇ」とあざ笑っている。
今のノゾムに、父の言葉を否定する気力はない。
謎の通路にはノゾム以外の人影はないし、灯りがないから暗いし、ひんやりしているし、なんだかオバケでも出てきそうな雰囲気だ。
寂しいし、不気味だし、こわい。
「こういう時は、いつもラルドがついて来てくれたからなぁ」
なんでわざわざノゾムのあとを追って落ちてくるのか疑問だったが、独りぼっちで謎の地下通路にいる現状を鑑みれば、ただひたすら感謝しかない。
「……あ、そうだ」
ふと思い出したノゾムは、左腕のリングをいじった。アイテム欄を表示させて、そこに書かれたものを取り出す。
「アン!」
「ロウ〜〜〜〜っ!!」
元気よく飛び出してきたロウに、ノゾムは泣きながら抱きついた。ロウは尻尾をふりふりしながら、されるがままである。
ほっぺたも舐めてくれる。
サービス精神の旺盛な狼である。
アイテムボックスの中で悠々自適に過ごしていたかと思うと申し訳ないが(実際はどんな感じなのかは知らないが)、とにかくもう、これで独りぼっちではない。
「ロウ、出口を探すのを手伝ってくれない?」
「アン!」
お安い御用だ、と胸を張るロウの、なんと頼もしいことよ。
ノゾムの落ち込んでいた気力も復活し、1人と1匹は謎の通路の探索を再開した。
謎の通路には、曲がり角がいくつも存在する。
行き止まりも多くあり、何度も引き返すことを余儀なくされた。
侵入者が迷うようにと、わざと複雑に作られた通路なのだろう。同じような道がずっと続くせいで、なんだか同じところをグルグル回っているような気分になる。
「……あれ、なんだろう?」
グルグルと回っている間に、通路の奥に扉があるのを発見した。
扉は半開きになっていて、淡い光が漏れている。
「出口かな?」
「ク〜ン……」
「とにかく行ってみよう」
ノゾムは扉に近付いて、そっと中を覗いてみた。出口ではない。小部屋だ。中には小さな机と椅子、そして本棚がひとつだけ置いてある。
扉から漏れ出ていた光の正体は、机に置いてある光る石だった。どうして石が光っているのかは、謎である。
「これも魔法かな? それより、こんなところにも本棚があるなんて……」
もしや、ジャックたちが探している『グリモワール』はここにあるのでは?
ノゾムはロウと顔を見合わせて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
『チーズはどこへ消えた?』
スペンサー・ジョンソン著
1998年に発行され、世界中で20年以上愛されるビジネス書の金字塔。