遺跡都市ムタルド
そこにはかつて、城郭都市があったのだろう。
山のふもと。都市をぐるりと囲む、ところどころ風化した壁と、街のあちこちにある古い建物。
そして太陽が描かれた、古い石版。
石版にはやはり『スフィンクスのなぞなぞ』が刻まれており、裏側には例の言葉も彫られている。
“欲しがるばかりの者に道は示されず。
与えよ。さすれば与えられん”
この都市遺跡が一度は放棄され、とても長い間誰も住んでいなかったことは、きっと事実。
だけど今は、人が住み、古い建造物と共に小綺麗な建物も並んでいる。
都市遺跡のリノベーション。古さと新しさが融合する街。新しい建物はいずれも遺跡の雰囲気を壊さぬよう、景観を損なわぬよう、計算して作られたことが見て取れる。
「壮観だな」
オスカーが上空を見上げながら呟いた。
ノゾムも頷く。
古さと新しさが融合する街。その上空には、どういう原理なんだかさっぱり分からないが、巨大な水で出来た球体がいくつも浮かんでいた。
球体の周りには、淡く輝く魔法陣がある。魔法の力で浮いている……という設定だろうか。太陽の光が水面に反射して、キラキラと煌めいている。
「バザールの東にあった遺跡のように、この都市も水源の枯渇が原因で一度放棄されたのかもな。それを、あの魔法陣のおかげで復活させることが出来た……といったところか」
「相変わらず設定が細けえなぁ」
うん、細かい。
だけど、すごい街だ。
剣と魔法とモンスター。そういったファンタジー要素は今までもあったけど、こんなにもファンタジー色の強い街に来たのは初めてじゃなかろうか。
店には強力な杖や、“属性”付きの武具が売られている。
以前ナナミがダンジョンで使っていた『魔法玉』や、自動マッピングが出来る羽根ペン、羊皮紙なども売られていた。
「魔法に関するものが多いのね」
「さすが『グリモワール』がある街だなぁ」
ナナミの呟きにジャックが答える。
その内容に、ノゾムは首をひねった。
「グリモワールって、何ですか?」
ジャックはニタリと笑った。
よくぞ聞いてくれたと、言わんばかりに。
「気になる? ノゾムくん、気になっちゃう?」
「あ、やっぱいいで――」
「それなら仕方ないなぁ。すっごくレアな情報なんだけど、教えてあげよう!」
聞いちゃいねぇ。
というか、そんなにレアな情報だというならもっと声を抑えたらいいのに。
オスカーとラルドも「なんだなんだ」とこちらを振り返っている。
困惑するノゾムをジャックはまるっと無視した。
ナナミはなんだか呆れた目でジャックを見ている。
ジャックは人差し指を立てて、「実はな」と言った。
「この街の図書館に、超レアな職業に転職できる条件があるんだよ」
「超……レアな職業?」
「お前たちもバトルアリーナで見ただろう? 魔法を圧縮させて放つ『収縮』っていうスキル。【学者】のスキルだ」
ああ、とノゾムは思い出す。
エシュという名の少年魔道士が使っていたスキルだ。
「学者……?」
そんな職業もあるのかと、オスカーは目をしばたかせた。
「えっと、魔法の範囲を極端に狭めて、威力を上げるスキルです」
「ふうん? 便利そうだな」
「そうだろう、そうだろう。そう思うだろ、オスカーくん」
ジャックはうんうん頷いた。
「その【学者】に転職する条件がな、『グリモワール』を見つけることなんだ」
「ほう」
「そしてその『グリモワール』は、『迷宮図書館』の中にある」
「マジかよ。なんでそれをもっと早く言わねぇんだよ!」
キラキラと目を輝かせるラルド。
ノゾムは「なるほど」と思った。ジャックが同行した理由は、それだったのか、と。
興味津々といった顔をするラルドをちらりと見て、ジャックは「レアな情報だって言っただろ」と返す。
「本当は教えたくなかったのさ」
「ならどうして、今になって話したんだ?」
「いや〜、それがさ、ここの図書館の蔵書量が半端ないらしくてな。ひとりで探すのは大変そうだな、と」
「……ようは人手が欲しかったのか」
オスカーの指摘にジャックは「そういうこと」と笑顔を見せる。
教えてあげた代わりに手を貸して欲しいということらしい。
「ジャックさんって、けっこうズルい人……?」
「今さら気付いたの?」
ノゾムの呟きにナナミはため息混じりに返した。
「本当に腹立つやつだな〜。でもまあ、利用されるのは癪だけど、オレも『収縮』は欲しいし、手を貸してやるか!」
いかにも仕方ないと言わんばかりに、ラルドはジャックの協力を請け負う。
「助かるよ」
ジャックはにこりと笑った。
「言質は取ったからな」
「え?」
***
『迷宮図書館』は街の上のほうにあった。もともとは王宮だったのだろう、高い塀に囲まれた立派な城だ。
エントランスを抜けて広間に入れば、そこには天井近くまで敷き詰められた本棚がずらりと並んでいる。
もともと城だっただけあって、部屋数は多いし、隠し通路や隠し部屋も複数存在するらしい。
『迷宮図書館』の名のとおり、内部は迷路のように複雑に入り組んでいる。
「すっ……げぇな。これ、全部で何冊あるんだよ?」
あっけにとられたラルドは呆然と呟く。
「うーん。何十億とか、何百億とか」
「なんじゅう……おくぅ!?」
「手伝ってくれるんだろ?」
ジャックはニヤニヤ笑ってラルドを見る。
ラルドは魚のように口をパクパクさせて、ぐるりとナナミを振り返った。
「お前の兄ちゃん性格悪いぞ!!」
「今さら気付いたの?」
ナナミはやっぱりため息混じりに返した。