隠しエリアの探索
「これを見てくれる?」
ナナミがそう言って取り出したのは羊皮紙の束だ。紙にはビッシリと地図が描かれている。
「このダンジョンで作った地図なんだけど」
「いっぱいあるな〜」
「まあ、20階分はあるからね」
20階。
ノゾムとラルドは目をひん剥いた。
「1人で地下20階まで行ったのか!?」
「え? ……いやまさか。仲間と一緒よ」
ナナミにはちゃんと仲間がいるらしい。1人で行けるわけないでしょ、とナナミはあっけらかんと言った。
「今回は浅い階層で採集をするのが目的だったから1人だったけど……。ていうか、そんなことはどうでもいいのよ。これを見て。地下5階の地図なんだけど、他の階に比べて、ここだけとっても狭いでしょう?」
「本当だ」
並べられた地図を見ていると、地下5階の狭さがやけに目立つ。
「隠しエリアがあるんじゃないかなーって、前から思っていたんだけど、いくら調べても入口が見つからなかったの」
「ふうん? つまりオレたちが落っこちてきた落とし穴が、その入口だったってことか」
「そういうこと」
スライムは地下4〜5階あたりによく出てくるモンスターなのらしい。つまり、現在いるこの場所は、地下5階の隠しエリアなのではないかとナナミは言った。
ラルドは納得したように頷き、ノゾムは渋面を作る。
「それじゃあ、どうやって出たらいいの?」
入口がないということは、出口もないということなんじゃないのか。
「たぶんだけど、こっち側からじゃないと開けられない道があるのよ」
「いざとなれば『アリアドネの糸』を使えばいいしな!」
大丈夫だろ、とラルドは楽観的に言う。
ノゾムはいっそう苦い顔をした。
『アリアドネの糸』で脱出してしまった場合、また『Ko-ichi』探しのためにこのダンジョンに潜らなければならなくなる。
それはとっても面倒くさい。
ノゾムは頑張って出口を探そうと思った。
このエリアにはスライムの他に、巨大なナメクジや、水晶が尻にくっついたアリのようなやつ、コウモリのようなモンスターが出現した。
スライム以外には物理攻撃が効く。
ラルドの剣がアリを砕き、ナナミの短剣がコウモリを斬り裂いた。
「おおーいノゾム、弓の練習をするチャンスだぜー?」
「ナメクジキモい、アリこわい、コウモリ気味悪すぎる!」
「……よく見りゃ可愛くね?」
「どこがだよ!?」
ラルドは感性がおかしいんだと思う。というか『可愛い』それらをよく容赦なく倒せるな。モンスターだから当然、とでも考えているんだろうか。
ノゾムは渋々矢を取り出した。放った矢はナメクジのわずか右に落ちた。
「あー、惜しい!」
「でも狙ったほうには飛んでいるみたいじゃない。威嚇や誘導には使えるんじゃない?」
「威嚇や誘導?」
ノゾムは首をかしげてナナミを見る。
ナナミは頷いた。
「モンスターはこっちの攻撃に怯んだり、避けようとしたりするのよ。それを利用して味方のいるほうへ誘導したり、意識をそらしたりするの。もちろん当てられるならそれに越したことはないけどね。弓は攻撃力が高いし。でも動く相手に当てるには、相手の動きを読む洞察力も必要だから、簡単じゃないのよ」
ノゾムは「へぇ」と呟く。
「詳しいんだね?」
「弓バカの受け売りだけどね」
「弓バカ?」
ナナミの仲間には弓を扱う人がいるらしい。それはぜひとも会ってみたいものだ。
巨大ナメクジの足元を狙って矢を放つ。ナナミの言っていたとおり、ナメクジは矢を避けようとして右側へ動いた。ラルドがそこへ大剣を叩きつける。
ナメクジは青白い光となって消えた。
「イエーイ! いい感じだな!」
「【狩人】のセカンドスキル『罠作成』を覚えたら、やれることはもっと増えるはずよ。頑張ってね」
にこりと微笑むナナミに、ノゾムは思わず顔をそむける。頬が熱い気がするのは、きっと気のせいだ。
ナナミは確かに可愛い顔をしている。だけどそれはアバターだからだし、リアルじゃおばさん……いや、おじさんだという可能性だってあるわけで。
見た目だけで判断するわけにはいかないのだ。
ナナミの目がすぅっと細くなった。
「なんか、失礼なこと考えてない?」
「……」
なぜバレたし。
ノゾムはだらだらと冷や汗を流して、必死に目をそらし続けた。
「しっかし見つからねぇなぁ、出口。そろそろキツくなってきたぞ?」
MP回復用のポーションを飲みながら、ラルドは愚痴をこぼす。さっきまではMP回復用のチョコレートをかじっていたのだが、それも尽きたらしい。
スライムには魔法しか効かないが、もともと【戦士】であるラルドはMPが少ない。そろそろ回復薬も現界が近かった。
ナナミは難しい顔をして地図を眺める。
「地図はだいぶ埋まってきたんだけどね。どこかに隠れたスイッチとかないかしら?」
「スイッチかー」
ノゾムは手元のレーダーを見る。表示されているのは、この場にいる3人だけだ。
せめて『Ko-ichi』とだけは会っておきたいんだけどな、と思いつつ、レーダーを眺めながらウロウロする。
光る水晶に足を引っ掛けた。
「何してるのよ、ノゾム」
「うーん……。あれ?」
ピコンと、レーダー上に新たに光る点が現れる。誰かがこの隠しエリアにやって来たらしい。
「ねぇ、2人とも……」
レーダーを2人にも見せようと振り返る。
その時壁に手をついていたことに、深い意味はない。
しいて言えば、そこに壁があったからだ。
――カチッ
変な音がした。と思ったら、足元の床が消えた。ノゾムの身体は重力に従って、穴の中に吸い込まれた。
「またかよォォォォォ!!?」
「お手柄だぜノゾムー!!」
落っこちたノゾムの後にラルドが続く。呆然としていたナナミも、やがて意を決して穴の中へ飛び込んだ。
3人を飲み込んでしばらくすると、床はもとのように姿を変える。
そこに現れた青年は、訝しげに眉間にしわを刻んで周囲を見回した。
「おかしいな。この辺りから声が聞こえたと思ったんだけど……」
***
落ちる。落ちる。落ちる。
急勾配のやけに滑る坂を、ひたすらに滑り落ちていく。
「入口が落とし穴なら、出口も落とし穴かよ! ハハハ、すっげぇー!!」
「なに笑ってんだよラルド! これどこまで落ちてくの!?」
「最深部かな!?」
「絶対いやだ!!」
いやっふー!! というラルドの叫び声が狭い空間に響き渡る。
やがて穴の終わりが見えてきた。放り出されたのは、やけに広い空間だった。正面には豪奢な両開きの扉があって、扉の向かい側の壁には下り階段がある。
ナナミがさっと顔色を変えた。
「嘘でしょう!? ここって……」
その瞬間、天井から巨大な何かが降ってきた。
鋭く硬い脚が、ラルドの胸を貫く。
倒れるラルド。
ノゾムは腰が抜けた。
目の前に現れたそれは、8つの大きな目でノゾムの情けない顔を映している。
「……最悪っ」
ナナミは舌を打った。
「地下10階のフロアボス、クリスタル・タランチュラ!!」
直訳すると『水晶蜘蛛』。
確かに水晶みたいな身体だなぁと、ノゾムはうまく動かない頭でぼんやりと思った。