暗闇の洞窟Ⅱ
「うっはー! こりゃまた、でっかいのが出たなー!」
ラルドが声を弾ませる。信じられない。ノゾムとナナミは気絶寸前だし、オスカーも嫌そうに顔をしかめているし、ジャックだって「気持ちわりー」と呟いているというのに。
巨大ミミズの頭がこちらに向く。頭のてっぺんに、これまた巨大な目玉が現れた。
目玉が光り輝く。
「ぎゃああああああああああああああああああッ!!?」
光線が放たれた。
ノゾムたちは悲鳴を上げながら、散り散りに走り回ってなんとか光線をかわした。光線が当たった壁や地面は焦げてしまっている。直撃してしまうと、消し炭になってしまうということだ。
ラルドはゴクリと喉を鳴らした。
「目からビーム、だと……!?」
「もうやだ帰りたい!」
こんな化け物がいるだなんて聞いていない。
図書館へ続く道もやっぱり見当たらないし、バザールの踊り子は、やはり嘘をついたのだろうか?
「嘘か本当かを検証するにしても、コイツは邪魔だな」
「そうだな。さっさと倒しちまおうぜ!」
ジャックが前に飛び出す。
「『居合い斬り』!!」
お馴染みの【侍】のスキルだ。放たれた複数の飛ぶ斬撃が、巨大ミミズに襲いかかる。
刃はミミズの表面を削った。が、ミミズ本体はびくともしていない。これは巨大ミミズの防御力がとてつもなく高いことを意味している。
ミミズが地面に飛び込んだ。足元が激しく振動して、立っていることさえままならない。
「うわああああああああっ!!」
巨大ミミズが飛び出してきた衝撃で、ノゾムたちは地面に転がった。
岩や砂がどんどん落ちてきて、HPを大きく削ってくる。
「強いぞこいつ!」
「でっかいだけあるな〜!」
「ラルド、感心してる場合!?」
巨大ミミズの目玉が出てきた。またビームが飛んでくる。避けるだけで精一杯だ。
ジャックは「むむむ」と眉間にしわを寄せた。
「急所を狙わねぇとダメかな」
「オレ、あの目玉が弱点だと思う!」
「奇遇だなラットくん。俺もそう思ってたところだ」
「ラルドだよ!」
ジャックとラルドの会話を聞きながら、ノゾムは巨大ミミズに目を向けた。
なるほど確かに、弱点になりそうな部分は目玉以外に見当たらない。
「だが、どうやって目玉を狙う? あれはビームの時にしか出てこないぞ」
オスカーの言うとおり、目玉が弱点なのだとしても、そこを狙うのは難しそうだ。
巨大ミミズは体に生えている触手で攻撃してくる。うねうねと動く気持ち悪い触手だ。
ラルドはその触手を大剣で叩き切った。
本体と違って、触手は脆いようだ。
だが、斬っても斬っても触手は無数に生えている。あの触手をかわしながらミミズの体を駆け上がり、目玉を攻撃する……どう考えたって、無謀だ。
「炎、氷、雷……。効くならどれだと思う?」
ふいにオスカーが問いかけてきた。
ノゾムは目をぱちくりさせて、ちょっと考えてから、口を開く。
「炎じゃないですかね。乾燥に弱いから、こんなジメジメした洞窟にいるんじゃないでしょうか」
天井には穴が空いていて、そこから光が差し込んでいるけど、洞窟の中はやっぱり薄暗くて湿っぽい。光が当たらない隅の方には水たまりも出来ている。
「なるほどな。それじゃあ、『ファイヤーボール』!」
オスカーが長杖を構えて叫ぶと、直径1メートルほどの炎の球が巨大ミミズに向かって飛んでいった。
直撃を食らったミミズは、悲鳴を上げてのたうち回る。
……これは、正解、ということなんだろうか。
「おお、弱点は炎か! でも威力が弱いな、オリバー」
「オスカーだ。仕方ないだろ、レベルが低いんだから」
「『精神統一』は持ってねぇの?」
「なんだそれ」
「魔法攻撃力を上げるスキルだよ。【釣り人】のファーストスキルなんだけど」
「釣りはやっていない」
「そりゃ残念」
炎か。それなら、ナナミに作ってもらった矢が有効かもしれない。
だがさっきコウモリに無駄射ちしてしまったせいで、残りは3本しかない。よく考えて使わなければ。
「それじゃあオレが、オリバーの攻撃力を上げてやろう!」
ラルドはそう言って、片足を後ろに下げ、両手をバッと上げた。
まるでステージの上に立つスターのようだ。
「何だ。何が始まるんだ?」
オスカーは困惑した顔をする。何が始まるのか。そんなことは、ここにいるラルド以外の誰にも分からないことだろう。
ラルドはふふんと鼻を鳴らすと、声高に叫んだ。
「『猛虎の舞い』!!」
それは、バザールで習得した【踊り子】のスキルだった。
どこからともなく、音楽が流れてくる。
激しく情熱的で、聞いているだけで心が沸き立つようなメロディだ。
【踊り子】のスキルの使い方は簡単。音楽が終わるまで、踊ること。動きがリズムに合っているかどうかは関係なく、とりあえず体を動かしているだけでもいい。
ラルドはリズムをガン無視だ。両手を前に出して、見えない何かを持っているような形にする。
見えない何かで地面をすくい、左右に軽くゆすって何かを捕る。
動きはコミカルに、わざとらしく足を動かして、同じ動きを何度も繰り返す。
……なんだっけ、これ。
「どっかで見たことがあるな……」
「ああ、既視感がある」
ジャックとオスカーは怪訝な表情だ。よそ見をしている間にもミミズの触手の攻撃は止まないので、グラシオが氷のブレスで抑えてくれている。
ラルドの踊りは終わらない。手に持っていた見えない何かを脇に置いたかと思えば、今度は見えないツルツルの何かを掴もうとしている。
ノゾムはハッとした。
「ラルドそれ、『どじょうすくい』じゃん!」
「ピンポーン!」
ジャックが「ブフォッ!!」と噴き出した。触手に横っ面をはたかれ、吹っ飛んだジャックは派手な音を立てて壁に激突した。
「ジャックーーーー!?」
ナナミが悲鳴のように叫ぶ。
「ちょっとラルド、『ピンポーン』じゃないわよ! 真面目にやりなさいよ!」
「オレは真面目に踊ってるぞ!!」
「どこがよ!?」
ナナミの言うとおりだ。どこからどう見ても、ラルドはふざけている。
いや、顔は超真剣だから、真面目にふざけていると言ったほうが正しいかもしれない。
「どじょうすくい……島根の安来節か。おもしろおかしく踊って周囲を笑わせる踊りだからな。うん、ラルドの踊り方で合っている」
「合ってるんですか!?」
「より正確にするなら、頭に手ぬぐいをかぶって、鼻に一文銭か5円玉、なければ短く折った割り箸を……」
「待ってください、それ以上は意識が保たないです!」
たとえ『どじょうすくい』としては合っていても、今の状況と、流れている音楽には絶対に合っていないと思う。腹筋が壊れそう。
曲が終わると同時に、ようやくラルドの踊りも終わった。
ノゾムたちの全身が赤く輝く。
力がみなぎってくる。
「さあみんな、これで攻撃力が上がったぜ!!」
「あんたのせいで戦意喪失してるわッ!!」
ラルドが安来節をチョイスした理由は謎。
作者は盆踊りを踊らせるつもりでした(あれぇ?)