暗闇の洞窟
「ちょっとノゾム! 今のなに!?」
「ナナミさんが作ってくれた矢だよ」
「私が作ったのは『木の矢』だけど!?」
驚愕の表情を貼り付けて喚くナナミに、ノゾムは説明しようとして、口をつぐむ。
モンスターを包む炎はわりとすぐに消えてしまうのだ。せっかく暗闇を照らせたのだから、今のうちにコウモリたちを倒してしまいたい。
「えっと、説明はあとで」
「あとでね? 絶対よ?」
念を押してくるナナミに苦笑を返して、ノゾムは再び矢を構えた。今度は普通の矢だ。ナナミが作った赤い羽根の矢は燃え尽きて再利用が出来ないので、本当に無駄射ち出来ないのである。
「ヒッポスベックは倒さないのに、モンスターを燃やして松明代わりにはするのか……」
なぜに、と言わんばかりに、変な顔をするジャック。
「人間は矛盾した生き物だと言っただろ」
オスカーは淡々と答えた。ノゾムは首をかしげた。矛盾した行動をしているつもりなど、欠片もなかった。
ノゾムにとっても、基本的にモンスターは倒すべき怪物だ。
ヒッポスベックたちの時は前にも言ったとおり、彼らの仲間を連れて行っているのだから退治してしまうのは酷いことだと思ったのだ。
だから、うん。
矛盾はない。
「うおおおおおおっ! ブーストォ!!」
ラルドがコウモリの群れに突っ込んでいく。フェニッチャモスケがその後ろに続いて、火の粉を撒き散らした。
周囲がさらに明るくなる。
ノゾムはハッとした。
「チャモスケに頼めば良かったのか」
結局、ナナミの矢を無駄にしてしまった。
炎に包まれたコウモリが地面に落ちる。徐々に炎は小さくなっていった。怒りにこもった目がノゾムを射抜く。ノゾムは口元を引きつらせて、矢尻をそのコウモリのほうへ向けた。
コウモリが飛ぶ。
まだ射たない。まだ。まだ。十分に引きつけたところで、手を離す。
外しようがないほどの近距離からの射撃を受けて、コウモリは再び地面に転がった。
まだ消えない。
けっこうしぶとい。
「『ライトニング』!」
オスカーが放った雷撃が地に落ちたコウモリを襲う。
今度こそ、そのコウモリは青白い光となって消えた。
だが、敵はまだまだいる。
「『居合い斬り』!!」
抜刀の構えからジャックは【侍】のスキルを放つ。4〜5匹のコウモリが、見えない斬撃を受けて一斉に消え去った。
一撃だ。やっぱりすごい。
「お前フツーに強いのに、なんでバトルアリーナじゃ小細工に頼ってたんだ?」
「小細工て。策略って言ってくれよ、ラットくん」
「ラルドだ!」
ぷんすかと怒るラルドに、ジャックはクツクツと喉を鳴らして笑った。
「『フツーに強い』だけじゃ足りないんだよ」
残りのコウモリたちがジャックに狙いを定めた。飛びかかってくるコウモリたちを見据えて、ジャックは唇を舐める。
再び『居合い斬り』。
すべてのコウモリを片付け終えた。
「だからここに来たんだ」
***
「――そういうわけで、炎の追加効果が出るようになったんだよ」
洞窟の中を移動しながら、ノゾムはナナミの矢のことを説明した。
足元は相変わらずヌメヌメしていて、壁にも水滴がついている。心なしか、斜面を下っているような気がした。
出口はどこにあるのだろう?
「この羽根にそんな効果が……。アイテム欄には、そんなこと書いてなかったのに」
「いいなぁ、炎の矢。ナナミ、兄ちゃんにも作ってくれよ」
「自分で作れば?」
「辛辣!!」
わざとらしく胸を押さえてショックを受けるジャック。ナナミはそんなジャックのことをさらりと無視して、腕を組んだ。
「武器に取り付けることで効果が出るアイテムなのかしら」
「じゃあさ、じゃあさ、大剣に付けたら『燃える大剣』になるのかな!?」
「試してみる?」
「おお!」
「ナナミ、俺も!」
「ジャックは自分で羽根を採ってくれば?」
「妹が冷たい!」
再びガーンとショックを受けるジャック。
ナナミは深々とため息をついた。
「あのねジャック、この羽根は私たちが協力して怪鳥と戦って手に入れたの。そしてノゾムの矢を作る代わりに、ノゾムの取り分は私が全部貰ったの」
「いや、そこはちゃんと分け合えよ。ケチかよ」
「まあジャックが買い取ってくれるなら、あげないこともないけど」
「守銭奴かよ」
ちゃっかり兄からお金を取ろうとするナナミに、ジャックは肩を落とした。
コウモリやらトカゲやらと戦いながら、しばらく洞窟を歩いていくと、やがて広々とした空間に出た。
天井にぽっかりと穴が空いていて、そこから光が入り込んでいる。
光が当たる中央には砂が山高に積まれていた。
「行き止まり……?」
この空間に、ノゾムたちが今通ってきた道以外に、道らしきものは見当たらなかった。ノゾムたちは訝しげに顔を見合わせる。
「一本道だったよな?」
「ええ、脇道なんてなかったけど」
「なんで行き止まり?」
もしかして、バザールで聞いた『洞窟』とは、ここのことじゃなかったのだろうか。いやでも、岩壁に他に洞窟らしきものは見当たらなかった気がする。
「……嫌な予感がするな」
オスカーが顔をしかめて呟いた。
「よく考えたらヒッポスベックの情報も、まったく合っていなかったし」
「それは……」
確かにそうだ。
一歩外に出ればすぐに出会えると言われていたのに、なかなか見つけ出せなかったし。穏やかな性格だと言われていたのに、敵意むき出しでいきなり攻撃してきたし。
天敵に棲み家を追われたのではないか、縄張りに侵入されて怒ったのではないかと、都合よく解釈してきたけど……もしもこれが、“嘘の情報だったから”なのだとしたら。
「でも、そんな嘘をついたって……」
「ああ。彼らには何の得もないはずだ。だが彼らには、変なところがあったよな?」
質問をされると何かを期待するような顔をして、しばらくすると落胆し、気を取り直したようにペラペラと情報をしゃべりだす。
――あれは、確かに変だった。
地面が大きく震え出す。中央に積まれた砂の山が、徐々に崩れていった。
ノゾムたちは目を見開いて、青ざめる。
砂の山から姿を現したのは、うねうねと動く触手をたくさん生やした、ビルほどの高さの巨大な『ミミズ』だった。