旅は道連れというけれどⅡ
「へぇ、兄弟でアカウントを共有しているのか。まあ、そういうこともあるよな」
オスカーの事情を聞いたジャックは納得した様子で頷いた。
何しろ高価なゲームだ。通常のVRゲームの倍はする。ノゾムの場合は開発に関わっているらしい(?)運営の(?)父親から一方的に送りつけられたものだが、一家に何台も買えるようなものではないだろう。
「出発するだぁよ」
他に乗船する客もいないようなので、船乗りのおじさんはそう言って舟を漕ぎ出した。
水の流れはおだやかで、舟が大きく揺れることはない。
水の中を見てみると、何やら巨大な蛇のような魚が底のほうを泳いでいるのが見えた。ノゾムは全力で見なかったことにした。
アレが襲ってこないことを祈ろう。
「兄妹で別々にゲーム機を持っているなんて、あんたたちの家は相当裕福なんだな」
「いやいや。俺たちは自分で稼いで買ったんだぜ? なあ、ナナミ?」
「ええ。発売されることが分かった頃から、バイト代を貯めてね。親には買ってもらいたくなかったし」
「そうそう」
『買ってもらいたくない』とはどういうことだろう?
普通は、買ってもらいたいと思うものなんじゃないだろうか。
「ジャックって引きこもりじゃなかったのか」
「ちょっ! いきなり何を言い出すんだラットくん!?」
「ラルドだよ。だって、このゲームには課金がねぇだろ?」
ゲームで強くなるには、時間と金を多くつぎ込むのが、一番手っ取り早い。課金システムのないこのゲームでは、とにかく時間をつぎ込んだ者が強くなる。
例えばそう、バジルたちのように、夏休みを利用して徹夜でプレイをするとか。
「てっきりジャックもそのタイプかと……。ちゃんと働いてたんだなぁ」
「引きこもりで間違いないわよ。今は引きこもっていても、稼ぐ手段はたくさんあるのよ」
「あ、そっか」
「ナナミー!!」
暴露するなー! と叫ぶジャックは、どうやら自分の現状を良いものだとは思っていないらしい。
ノゾムは首をかしげた。
ノゾム自身、絶賛引きこもり中である。夏休みだというのに、どこにも行かずに部屋にこもってゲームをしている。
もともとそんなに外に遊びに行くタイプでもないし、どちらかと言えば、家で本を読んでいるほうが好きなタイプだ。
「引きこもりで何か問題があるの?」
「問題か。運動不足になりがちっつーことかな。いきなり走ると危ないぞ。すっ転ぶぞ。運動会の時のオレのように」
「転んだのか、ラルド」
「顔面からスライディングして鼻から血が出た」
「うわそれ痛そう」
そういえば、クラスメイトの南谷がちょうどそんな感じで、運動会の時に怪我をしていた。
まさか本人だったりして、とノゾムは神妙な顔でラルドを見る。
何にせよ、適度な運動は必要ということだ。
「それじゃあラルドも引きこもりってことじゃない」
「だって夏休みだからな! お前らとゲーム内で待ち合わせしてるから徹夜はしてないけど。ソロのままだったら、オレだって廃人プレイをしていたぜ」
そうして睡眠時間がどんどん乱れていって、登校日にはきっと遅刻していたぜ、とラルドは自慢にもならないことを偉そうに言う。
ぜひともそのままの生活リズムを守ることをオススメする。
「ジャックも仲間かなーって思ってたんだけど……」
「間違ってないわ。ジャックも廃人プレイ中よ」
「廃人プレイしながら金稼いでんの!? どうやって!?」
「動画配信とか」
「憧れの職業!!」
「俺の話はいいんだよ!」
ナナミとラルドの会話をジャックはぶった切る。そんなジャックを見つめるラルドの目は、今までとは違い、尊敬に満ちたものだった。
動画配信者か。クラスの『なりたいものランキング』でわりと上位に食い込む職業だな。
先生にはよく「これで食っていける奴なんか本当に一握りだからな!?」と言われていた。それでも、多くの子供がその“一握り”に憧れを持っている。
好きなこと、楽しいことをやってお金を稼ぐって、羨ましい。
「到着だぁよ」
ワイワイ話している間に、あっという間に対岸に到着した。例の謎の巨大魚は襲ってこなかった。
大河の向こう側は、どこまでも砂漠が広がっている。
砂漠といえばめちゃくちゃ暑いイメージだけど、それほどでもない。ルージュやオランジュよりは気温が高い気がするが、たぶん、リアルのほうが断然暑いと思う。
「熱中症に気をつけましょう」って、今日もテレビで言ってたし。
河岸からほど近い場所にはオアシスがあった。テントがいくつも張ってあって、集落のようになっている。
「ジョーヌの地図はあそこで買えるかな?」
「……ジョーヌは初めてだぁね?」
舟が流されてしまわないよう桟橋にロープで固定していたおじさんが、奇妙な顔をして聞いてきた。
「ああ、そうだよ」
ジャックが頷くと、おじさんは何やら考え込みはじめた。
「そうか……気を付けるだぁよ」
「……?」
どういう意味だろう。訝しげに顔を見合わせる一同を放って、おじさんはロープを固定させる作業に戻る。
理由を教えてくれる気はないらしい。
「何かあるのかな……」
「強いモンスターがいるとか?」
「それは楽しみだな!」
ラルドが嬉々として言う。
ノゾムは全然楽しみじゃない。
「オスカーさんはどうするんですか?」
「図書館があるって聞いたんだが……」
「図書館迷宮ですか。じゃあ、目的地は一緒ですね」
「それじゃあ一緒に行こう。人手は多いほうがいいしな!」
「人手って何ですか、ジャックさん」
ジャックはわざとらしく咳をする。怪しい。でも、オスカーと行動を共にすることに文句はない。
お兄さんはなんか……ちょっと……かなり変な人だけど、オスカーは最初にいろいろと教えてくれた人なので、ノゾムは頼りに思っている。