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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
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スライムは雑魚じゃない

「うわああああああああっ!!」

 

 落とし穴の先は、急勾配の坂になっていた。表面はツルツルで、周囲に掴めるものがないので、ノゾムの体は素直に滑り落ちていく。


 淡く光る不思議な水晶も穴の中にはなくて、ただただ目の前に深い闇が迫ってくる。


 永遠に続くのではないかと思われるほど長い坂だったが、ノゾムの体は急に外に放り出された。


 落ちた先は、光る水晶に照らされた小部屋だ。


「どこ、ここ……」

「いやっふ――――っ!!」

「え……げふっ!?」


 背後から衝撃。ラルドだ。天井の穴から飛び出してきたラルドは、落下地点にいたノゾムの上に落ちてきた。ノゾムは地面にごっつんこした。


「なんだここは!? 隠し部屋か? お宝があるのか!?」

「ラルド……」

「おっと、ノゾム。悪いな」


 ラルドは自分がノゾムを踏み付けにしていることに気付いて立ち上がった。身を起こしたノゾムは胡乱な目をラルドに向ける。


「なんでラルドまで落ちてくるの……」

「だって、落ちた先に宝箱があるかもしれないし」

「目的を忘れてないか!?」

「え? ……やだなー。ノゾムの父ちゃん探しだろ? 忘れるわけないだろー」


 本当だろうか。ノゾムはジト目でラルドを睨む。ラルドの目はあからさまに泳いでいた。


「あ、あっちに通路があるぜ。あそこから出られるんじゃね?」


 ラルドが指差す先を見る。なるほど確かに、部屋の隅に細い通路があった。大人が身を屈めてやっと通れるくらいの狭い通路だ。


 通路を抜けると、今度は広い通路に出た。左右に広がっている。右と左、どちらに進むべきだろう。


「よし、右に行くか」

「なんで分かるの?」


 あっさりと決断したラルドにノゾムは首をかしげる。もしかして来たことがあるのだろうか。


 ラルドは笑みを浮かべて、肩をすくめた。


「分かんねぇよ。分かんねぇから、『とりあえず』右だ。間違ってたら戻ってくりゃいいだろ?」

「簡単に言うなぁ……」

「難しく考えて動けなくなるよりかはいいって」


 ラルドはそう言って左腕のリングを操作した。目の前に半透明な板と、パソコンのキーボードが現れる。


「何をしてるの?」

「メモを取っておこうと思って」

「……なるほど」


 そういえば親父もよく、ゲームをしながら「メモを取れ」と言っていた。


 せっかく町の人から情報を得ても、メモを取らなきゃ忘れてしまうから、と。


「落とし穴の先は……地下何階なんだろうな、ここ。小部屋を抜けた先にある通路を、とりあえず右、と。よし。それじゃ行こうぜ」

「あ、うん」


 ラルドはメモ帳を片付けると迷うことなく通路を進んでいった。ノゾムはそんなラルドの後ろをついて行きながら、つくづく正反対だなぁ、と思った。




 ***




 通路を進んでいった先には広い空間があった。サッカーのグラウンドほどの広さだろうか? 中央が窪地になっている。


 光る水晶が天井や壁、地面のあちこちに生えていて、まるで宇宙空間のようだ。


 その光の向こう側に、その少女はいた。


 尻尾のように長い三つ編みを揺らして、手には短剣を握り締めて。


 少女の周囲には奇妙な物体が5匹、ぴょんぴょんと跳ねている。ゼリーのような体をした、半透明な生き物だ。


「あれって、スライムかな?」

「おお、RPGの定番モンスターだな!」

「あ、ちょっとラルド!」


 ラルドは嬉々として飛び出していった。少女の姿は映っちゃいないようだ。ノゾムは慌てて止めようとしたが、こちらに気付いた少女が「助けて!」と叫んだので、伸ばした腕を引っ込めた。


 どうやら少女は、ピンチらしい。ならば行かない理由はない。ノゾムはラルドの後を追いかけた。



「『ブースト』ォォォォ!!!」



 ラルドが剣を振り上げながら叫ぶ。物理攻撃力を一時的に上昇させる、【戦士】のファーストスキルだ。


 ラルドが薙ぐように振るった剣は、5匹のスライムをまとめて真っ二つにした。


 あれ、意外と弱い? それともラルドが強いだけ?


 ノゾムは足を止めてキョトンとする。

 少女は深緑色の目を丸くさせた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに目尻を鋭くさせてラルドを睨んだ。


「何してんのよ!?」

「え? ……あああああ!? また横殴りしちまった!?」

「いやそれはいいんだけど!」


 スライディング土下座をしようとするラルドを少女は慌てて止める。横殴りされたことは気にしていないようだ。

 それはそうだろう。横殴りで文句を言うなら、「助けて」なんて言ったりしない。


 しかし、なら少女は何を怒っているのか。


「スライムを斬るなんて、何考えてんの!?」

「んん?」


 真っ二つにされたスライムたちが、ぷるぷると震える。かと思ったら、それぞれに動き出して、一斉にラルドに襲いかかった。


「うわっ!? 倒れたんじゃなかったのか!?」


 ラルドは慌てて剣を振る。1匹のスライムが真っ二つになった。2つに分かれたスライムは、またぷるぷると動き出す。


 少女は舌を打った。


「こいつらは斬撃を受けると分裂するのよ! 打撃も刺突攻撃も効かないしね!」

「なんだそれ、おもしれぇ!」

「どこがよ!?」


 いっそう目を輝かせるラルドに少女は青筋を立てて怒鳴る。ノゾムは少女と同意見だ。攻撃が効かないモンスターを見て、どうして喜ぶんだ?


 2人から胡乱な目を向けられているラルドは、ニヤリと笑った。


「まあまあ。物理が効かない相手ってのは、大抵の場合……」


 精神統一、とラルドは呟く。続いて放つは【魔道士】のファーストスキル――『ライトニング』。


 雷撃を受けたスライムたちはグニャリと溶けて、青白い光となって消えた。


「……魔法に弱いってのがセオリーだろ?」


 そんなセオリーは知らない。微妙な表情を浮かべるノゾムの横で、少女は目をまん丸に見開いたまま、ラルドを凝視した。


「あ、あんた、【戦士】じゃないの?」

「戦士だぞ?」

「だ、だったら今の魔法の威力は何? 【魔道士】でレベル上げをしたの? それにしては……」


 パラメーターはレベルアップ時に上昇する。

 どのパラメーターがどれだけ上がるのかは、レベルアップ時に『どの職業についていたか』で変わるらしい。

 【戦士】は物理が伸びやすく、【魔道士】は魔法が伸びやすい――といった具合に。


 【戦士】と【魔道士】で交互にレベルを上げることでどちらも同等に強くすることは可能だ。けれどもそうすると、【戦士】だけ、【魔道士】だけで鍛えた者と比べると、どうしても中途半端に育ってしまう。


 ラルドはふふんと鼻で笑った。


「【釣り人】の『精神統一』ってスキルで魔法の威力を上げたんだよ」

「へぇ、そんなスキルがあるの……。釣りは興味がなかったからやってないのよね」


 少女はそう言うと、改めてノゾムとラルドに向き直った。

 真正面から少女を見て、ノゾムの心臓はドキンと跳ねた。


「助けてくれてありがとう。私はナナミよ」


 綺麗な子だな、というのが第一印象だ。


 後ろで三つ編みにした長い髪は輝くような金髪で、肌は陶器のように白く滑らか。長いまつ毛に縁取られた瞳はエメラルドのようだ。顔が小さくて目が大きいから、まるで人形のよう。


「うっかり『アリアドネの糸』を買い忘れてダンジョンに来ちゃってね。落とし穴には落ちちゃうし、『魔法玉』も使い切っちゃうし。もしかしたらこのまま死に戻りかなーって思ってたから、本当に助かったわ」


 また新たに聞く単語が出てきた。

 ノゾムはラルドに訊く。


「『魔法玉』って何?」

「魔法を詰め込んでおけるアイテムだよ。これを持っておけば、【魔道士】以外でも魔法が使えるんだ。まあ、威力は詰め込んだ相手の力量によるし、1回使うと壊れるし、使いどころの難しいアイテムではあるけどな」

「死に戻りっていうのは?」

「戦闘不能になっちまって、最後に訪れた町か村の教会に戻されてしまうことをそう言うんだ」


 死に戻りしてしまった場合、教会で復活できるが、代わりに蘇生料金として教会に多額の金を支払わなければならない。払えない場合は代わりにアイテムを渡すか、少しの間、教会でタダ働きだ。


 ゲームの中なのにシビアだなぁと、ノゾムはぼんやり思った。


「あんたは初心者なのね」

「あ、はい。えと、俺はノゾムです」

「オレは孤高の戦士、ラルド・ネイ・ヴォルクテットだ」

「……孤高?」


 ナナミは小首をかしげる。顎に手を当ててカッコつけているラルドは、そんなナナミに気付いていないようだ。


 ノゾムは『孤高の戦士』というフレーズがそんなに気に入っているんだな、と思った。


 ナナミは困ったように眉を下げた。


「えっと、助けてもらってなんだけど……『アリアドネの糸』が余分にあるなら、分けてもらえないかしら?」

「残念ながら、さっき拾った1個しか持ってねぇな」

「え、拾った? どこで?」

「スイッチを押したら宝箱が落ちてきて」

「嘘でしょ」


 そんなのがあったの、とナナミは呆然と呟いた。

 整った細い眉がキュッと寄る。


「あからさまに罠っぽいスイッチは避けてきたからなぁ……これからは押すことにするわ」

「おう、そうしろ。せっかくだからこのまま同行したらどうだ? オレたちの用事が終わったら、一緒に戻ろうぜ」

「……悪いけど、そうさせてもらうわ」


 そういうわけで、ナナミがついてくることになった。


 美少女の同行に、ノゾムの心臓はドキドキと早鐘を打った。




 ***




 光る水晶が照らす広間からはいくつもの道が伸びている。ノゾムたちが通ってきた道とナナミが通ってきた道を照合し、次に進む道を選んだ。


 ナナミはアイテムボックスから羽つきのペンと紙を取り出した。


「それは?」

「自動マッピングが出来る『魔法のペン』よ。ダンジョン攻略には必須のアイテムなんだから」


 持ち主が通ってきた道を記録し、地図を作るアイテムなのらしい。紙には途中まで地図が描かれてあって、羽ペンは紙の上にふわりと浮かんだ。


「そう言うあんたの前にあるのは何?」

「あ、これ?」


 ナナミが見ているのは、ノゾムの前に浮かんでいるプレイヤー検索のレーダーだ。


「えっと、ちょっと人を捜しているんだ。『Ko-ichi』って人なんだけど、知りません?」

「コーイチ? さあ……どんな人?」

「それが顔は分からなくて」

「はあ?」


 意味が分からないわ、とナナミは怪訝な顔をする。

 ノゾムは「デスヨネー」と遠い目をした。

 逆の立場であれば、ノゾムだって同じ反応をしたことだろう。


「それじゃあ出発だ! 目指せ、ダンジョン踏破!!」

「目的が変わってるだろ!!」


 意気揚々と歩きだしたラルドにノゾムは全力で叫んだ。


「デコボコなコンビねぇ」


 ナナミは呆れたように笑った。

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