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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第3章 黄金の国ジョーヌ
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旅は道連れというけれど

 さんさんと照りつける太陽。

 拭っても拭っても、どんどん溢れ出てくる汗。

 教科書や参考書が詰め込まれた、重たいリュック。


 思わず眉間に力がこもる。そばを通りかかった小さな女の子が、こちらを見てビクリと肩を跳ね上げた。


 この顔が怖いのなら、そのまま目をそらして逃げればいいのに……女の子は立ち止まったまま、じいとこちらを見つめてくる。その目に宿るのは、恐怖だけではない。


 グローバル化が進む昨今、珍しい容姿でもないだろうに……未だになくならないこの手の視線が、とても苦手だ。


 額に貼りつく髪を払う。父親譲りの金色の髪。少女の視線から逃げるように、足早に家路を辿った。






「あーーーーっ!! 生き返る!!」


 クーラーがガンガンに効いた部屋の中で、大きく両腕を広げる。


 まったくこの国の夏と言ったら、蒸し風呂を通り越して蒸し地獄だ。

 気温が高いだけでなく湿度も高いから、ジッとしているだけで体力をどんどん奪われてしまう。


 部屋を冷やしておいてくれた兄には感謝だ。現在大学1年生の夏休みという気楽な立場にいる兄は、蒸し暑い外には出ずに、新作のVRゲームに熱中する日々を送っている。


(俺が買ってもらったゲームなのに……)


 一足早い誕生日プレゼントだった。クリスマスには何もいらないから、とお願いして、なんとか手に入れたゲームだった。


 兄貴が「オレもやりたい!」と言い出した時点で、運命は決まってしまった。



『兄弟で仲良く遊びなさい』



 母から告げられたその言葉が、昨日のことのように思い出される。


 まったく不公平だ。受験生の自分と、夏休みを満喫中のあいつとでは、プレイ出来る時間の長さが断然違う。


 しかもこのゲームは1つのゲーム機につき1つのアバターしか作れないようで、兄貴とアバターを共有しなければならない。


 無自覚に問題を起こしまくるあいつの尻拭いを、いったい何度させられたことか。


「……あれ?」


 ふと、ソファーの上に無造作に置かれた黒いヘルメットが目についた。例の新作VRゲームの使用に必要な機材だ。


 それがここにあるということは、兄は今、ゲームをしていない?


 このゲームを遊ぶ時には『プレイ時間』を設定しなければならない。現実の自分の体を長時間ほったらかしにしてしまわないための設定で、最大3時間プレイした後には、1時間ほど、同じ人物による起動が不可能になる。


 今はちょうど、その起動が不可能になっている時間帯なのだろうか?


「兄貴?」


 問いかけるが、返事はない。


 出掛けている? 

 電気もクーラーも付けたまま?


「……って、どわあ!?」


 いた。


 兄は何故か、ソファーとソファーの間に入り込んでいた。


 めちゃくちゃ狭い隙間なのに、細い体をしているからか、見事にジャストフィットしている。


「何をしているんだよ!?」

「……ああ、駿(しゅん)か……。おかえり」

「ただいま!!」


 兄はどことなく暗い雰囲気だ。頭にキノコでも生やしそうなくらい、陰鬱な空気をまとっている。


「また女の子に振られたのか?」

「ふっふっふ……そんな生易しいものではないさ」


 しょっちゅう振られては落ち込んでいる人間の言葉とは思えない。


「生易しいかなぁ?」


 駿は首をかしげた。惚れた腫れた、振った振られたの経験がない中学生の自分には、よく分からない話だ。


 それにしても、女の子に振られたわけではないのだとしたら、何が原因で落ち込んでいるのだろう?


「オレたちの間には、越えられない壁があったというわけだ」

「へえ、そう。よく分からないけど、『アルカンシエル』やらないなら、俺がやってもいい?」


 ほったらかしにされている黒いヘルメットを持ち上げて問いかける。兄はしぼんだまま「いいよぉ」と答えた。本当に何があったんだ。


 もしかすると、また見知らぬ女の人からいきなりビンタされるのかもしれない。だがまあ、痛覚はオフにしているので問題はないだろう。


 それより、アルカンシエルの中にはずっと行きたかった施設があるのだ。


 思いがけない展開に駿はルンルン気分で、黒いヘルメットを自室に持っていった。




 ***




 オランジュの首都、ノワゼットには港が2つ存在する。


 1つは南の海を渡ってブルーやヴェールに向かう船が出る港。

 もう1つは、東の大河を横断して隣国ジョーヌへ向かう舟が出る港。


 河岸の桟橋に停まっている舟はいずれも小さな舟ばかりで、舟を漕ぐ人を入れても、10人ほどしか乗ることが出来ない。


「片道1人150ゴールドだぁよ」


 舟の前に座るおじさんが、訛った口調でそう告げる。

 お金がかかるのか。


 手持ちのお金はあまりないのだけど……ノゾムたちは渋々お金を払って、舟に乗り込んだ。ナナミなんて泣きそうな顔をしている。


 ありがたいことに、テイムモンスターに関しては無料で乗せてくれるそうだ。


 ノゾム、ラルド、ナナミに続き、ジャックまでもが乗り込んでくる。


「なんで!?」


 ラルドが思わずといった様子で叫ぶ。


「なんでお前がついて来てるんだよ、イケメン男!」

「はっはっはっ」

「笑って誤魔化そうとするな!!」


 山で弓の練習をしていたノゾムとユズルを迎えに来たジェイドに、ジャックは同行していた。


 そしてブルーの『竜の谷』に向かうらしいジェイドたちについて行くのかと思いきや、何故かジャックは、そのままノゾムとそこに残った。


 バトルアリーナに戻ってナナミとラルドと合流した後もついて来て……ここまでしれっと同行している。


「俺もジョーヌに行くんだよ。一緒に行こうぜ」

「い、や、だ、ね! イケメンは禿げろ!」

「ひどいなあ」


 ひどいなあと言うわりに、ジャックはなんだか楽しそうである。


 ナナミはそんなジャックを見て眉間にしわを刻んだ。


「シスカに何か言われたの?」

「シスカに? なんで? そういやアイツにも聞かれたけど、俺は個人的な用でジョーヌに行くんだよ?」

「……それならいいけど……」


 バトルアリーナで別れたあと、ナナミとシスカの間には何かがあったらしい。何かは分からない。ジャックがいる手前、ナナミは話しにくそうだったし、ノゾムもあえて聞いていない。


「個人的な用って……」

「片道1人150ゴールドだぁよ」


 続けて問いかけようとするナナミの言葉を船乗りのおじさんの声が遮る。別のお客さんが来たらしい。


 見ると、おじさんの前には1人の青年が立っていた。


 青年はノゾムたちの顔を見て口元を引きつらせる。ノゾムたちもまた、思わず青年の顔を凝視した。


「ストーカー男!!」

「違うぞ! それは兄貴だ!」


 オスカーとの再会である。

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