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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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炎の矢

 東の空が白み始めている。そろそろ、ゲーム内の昼夜が入れ替わる時間だ。


 何故だかまた睨み合いだしたバジルとジェイドを引き剥がし、ジャックは教会の外に出た。引きずられているジェイドが何か言っているが、そんなものは無視だ無視。


 教会を出ると、ちょうどバトルアリーナの会場から出てきたシスカと再会した。ナナミたちの姿はない。一緒に観戦していたけれど、結局仲良くなれなかったのだろうか。


「ジャック、惜しかったね。ジェイドは相変わらずって感じだったけど。前進することしか出来ないのかな、キミは?」

「それはミーナとかいう女のことだろ」

「キミも相当だよ」


 ヴィルヘルムの懐に入ろうと前進を繰り返すジェイドの姿は、シスカの目にはミーナと大差ないように見えたらしい。ジェイドは不服そうに顔を歪めた。


「で。キミたちのお目当ての彼はしばらくバトルアリーナに参加しないみたいだけど、これからどうするの? ルージュに戻る?」

「あ、俺はこのままジョーヌに行くわ」


 首をかしげて尋ねてくるシスカに、ジャックはすぐさまそう答えた。


 シスカは目を丸くする。


「ナナちゃんに頼まれた?」

「何を?」

「いや……。ナナちゃんたちも、ジョーヌに行くって言ってたから」


 ジャックはぱちくりと目をしばたかせる。それから少し考えて、思い出した。


 そういえば、ノゾムが図書館に行きたがっていたな、と。


「へぇ。同行させてもらおっかな」


 ついでに、グリモワール探しも手伝ってもらおう。なかなか大きな図書館みたいだし、蔵書量も半端ないみたいだし。ひとりで探すのは、骨が折れそうだ。


 ラルドはジャックがついて来ることにぶつくさ言うかもしれないが、【学者】のことを聞けば、きっと彼もノリ気になるはず。


「…………」


 シスカは何故か無言でジャックを見ている。何か言いたいようだが、閉ざされた口からは何も出てこない。


 ナナミと何かあったんだろうか?


「俺はブルーに行く」


 ふてくされた顔をしていたジェイドが口を挟んだ。ジャックとシスカは、思わずジェイドを振り返る。


「スポーツがしたいのか?」

「ちげぇよ!」


 何が違うのだろう。ブルーはスポーツの国だ。常に雪に覆われているため、特にウィンタースポーツが盛んである。


「『竜の谷』に行くんだよ!」

「ああ、【ドラゴンスレイヤー】狙いか」


 ヴィルヘルムを最強に位置付けた職業だ。防御力が爆発的に上がる『鋼鉄の肉体』がファーストスキルだから、セカンド、サードはもっと強力なスキルである可能性がある。


 いずれまたヴィルヘルムと再戦する時のために、取得しておくのは悪くない。


 シスカの眉間にしわが寄った。


「ひとりでドラゴンと戦う気?」

「ヴィルヘルムはひとりで倒したって言ってたぞ」

「いや、それが本当かどうかは分からないし……せめてユズくんだけでも連れて行ったら?」

「むむ……」


 確かに、より確実性を求めるならそのほうがいいだろう。遠距離からとんでもない精度で射撃してくれる仲間がいたら、断然戦いやすい。


 ジェイドはしぶしぶ頷いた。


「で、そのユズルは?」

「ノゾムって子を連れて、山に向かっちゃったけど」

「またあの見習いに迷惑かけてんのかよ……」


 げんなりとするジェイドに、ジャックは苦笑いを浮かべた。




 ***




 朝焼けが綺麗だなぁと、白くなりつつある東の空を見ながらノゾムはぼんやりと思った。現実逃避である。隣にいるユズルはキラキラした顔で弓を握っている。


「だからさ、ググッと引いて、パッて離して、そしたらビュンッて飛んでいくんだよ。分かるか?」

(分かりません……!)


 いくら現実逃避をしても、ユズルの説明の下手さは変わりなかった。分かるのは、彼が感覚派の人間らしいということくらいだ。


 小難しく論理立てて説明されても、ノゾムの頭で理解できるかは分からない。だがしかし、もうちょっと理解できる範囲で説明して欲しい。


「こうやってさ、グッと引いて……」

(ググッなのか、グッなのか、どっちなんだろう……)


 いや、どっちでもいいのか。ようするに“力いっぱい引け”ということだと解釈する。


 ユズルがあまりに強く引くのでロングボウは大きく曲がり、今にも折れてしまわないか、心配だ。


「で、パッて離す」

(フォロースルーはちゃんとしてる……。ああでも、すでに次の矢に手が伸びてる)


 ユズルが放った矢は大きく放物線を描きながら、崖の上にいるヤギのようなモンスターのもとへ向かう。


「で、(あた)る」


 矢が突き刺さったヤギは青白い光となって消え、後には宝箱が残った。


 あの宝箱、どうやって取りに行くつもりなんだろう……。崖をよじ登るのか?


「分かったか?」

「分かるかァ!!」


 思わず素でツッコんでしまった。仕方ないと思う。今の、どこをどう見たら、何を理解できると言うのだろうか。


 残念だ。ユズルほどの達人から学ぶことが出来れば、きっとノゾムも強くなれるのに。


(……いや待てよ。『学ぶ』と『真似』は同じ語源だって聞いたことがある)


 ユズルの説明はまったくもって意味不明だ。けれど、彼の動きを真似していれば、おのずと上手くなったり……しないだろうか。


 ノゾムは再びユズルを見た。ユズルはショボンと肩を落としている。本人としては、先程の説明で理解してもらえると思っていたらしい。


「……えーと、あの、ユズルさん。すみません……もう1回、見せてもらってもいいですか?」

「!!! もちろんだ! 1回と言わず、何度でもやろう!」


 即座に立ち直ったユズルは、上機嫌で再び弓を構えた。にっこにこの笑顔だ。本当に弓が好きなんだなぁと、その姿を見て改めて思う。


 ユズルが放った矢はすべて吸い込まれるようにモンスターに突き刺さる。モンスターのほうが矢を吸い寄せているのではないかと、錯覚してしまいそうだ。


 そしてすべてのモンスターが、もれなく宝箱を落とす。ユズルは【狩人】のサードスキル『解体』をすでに習得しているらしい。


 アイテムドロップ率が異様に低いこのゲームで、敵が必ずドロップするようになる『解体』はかなり有用なスキルだ。


(あ……)


 ユズルの射撃を何度も見ている中で、ノゾムはそれに気が付いた。


 どんな状態、どんな場所から射っても、ユズルの上半身だけは常に同じ形を取っている。弦を引く時の肘の角度も、常に一緒だ。




 ――まずは正しい射撃姿勢を覚えること。正しく弓を引けば、まっすぐ飛ぶからね。




 ノゾムに最初に弓を教えてくれたルドベキアは、そう言っていた。


 弓でまず大切なのは、正しい射撃姿勢を覚えること。つまり“型”を身につけること。


 ユズルはめちゃくちゃに射っているように見えて、その“型”はしっかりとしているのだ。


「ユズルさんは、リアルで弓をやっているんですか?」


 疑問が思わず口をついて出た。だって、こんなにも寸分違わず同じ動作を繰り返しているのに、ユズルはそれを意識しているようには見えなかったからだ。


 これはつまり、意識せずとも(・・・・・・)同じ動作が出来るように、長い時間をかけて訓練をしたということではないだろうか。


 ノゾムを振り返ったユズルはぱちくりと目をしばたかせて、頷いた。


「アーチェリーをしていたよ」


 やっぱりな、とノゾムは納得した。でも、「していた」とは過去形だ。今はやっていないのだろうか。


「怪我で引退したけど」

「えっ」

「もう二度と弓を引くことは出来ないと思っていたけど……フルダイブって本当に凄いよな。俺、最初、感動して泣いちゃったよ」


 このゲームは従来のゲームとは違って、コントローラーを必要としない。頭にヘルメットのような機械をかぶるだけだ。


 だから……たとえ全身が動かない状態だったとしても、遊ぶことが可能だ。


「弓を引く感覚もすっげーリアルだし。レベルが低いうちは『力』の値が低くて思う存分引けなかったけどさ。アルカンシエル最高! 弓こそ最強!!」

「…………」


 ノゾムは足元に目を向ける。崖の隙間から生えている小さな花に前足を伸ばしているロウの姿が、そこにはあった。


 このゲームは、もしかしたら誰かを救う可能性を秘めているのかもしれない。そして、このゲームを作った人たちの中に、もしかするとノゾムの父親がいるのかもしれない。


「…………」


 ノゾムは、再びユズルを見た。


「それでも俺は親父を殴ります」

「なぜ急に親父? というか、まだ見つかってなかったのか?」

「俺から見つけてやる気もありませんけどね! 腹立つんで!」

「よく分からんが、こじらせてるなぁ」


 放っておいて欲しい。


 とにかく今ノゾムがこのゲームをやっている理由は、『図書館迷宮』とやらが気になるということと、ロウをこのまま放っておけないということだ。


 少なくともロウの安全が確保されるまで、ノゾムはこのゲームをやめるつもりはない。


 どうすれば安全が確保されるのかは、さっぱり分からないけれど。


 とりあえず、まずは強くならないと。


「あ、そうだ」


 ノゾムはふと思い出して矢筒に手を伸ばした。取り出したのは、ナナミに作ってもらった赤い羽根のついた矢だ。


 微調整のために試しに射ってみて欲しいと頼まれていたことを、すっかり忘れてしまっていた。


「なんだその矢? 赤い矢羽なんて、洒落てるな」

「ナナミさんが作ってくれたんです」

「へぇ〜。器用なんだな、あの子」


 うん、本当に器用だ。

 ノゾムとは大違いである。


 さっそく使ってみる。狙う(まと)は……ちょうど近くの崖から飛び立った、鷹のようなモンスターにしよう。


 ルドベキアから弦を引く腕が下がりがちであることを指摘されたことを思い出しつつ、矢尻の先端を鷹に向ける。


 鷹は空中でくるくると旋回していて、なかなか狙いが定まらない。


「あの鷹は、さっきの試合のジャックだな」

「え?」

「獲物を狙ってる」


 くるくる、くるくる。

 鷹は旋回をやめない。


「お前は、ちびっこ魔道士になればいい」

「…………」


 ……ちびっこ魔道士。


 鷹が急降下を始める。何を狙っているのか――ネズミのモンスターだ。モンスターがモンスターを襲うこともあるらしい。


 ノゾムは矢を放つ。ちょうど、ヴィルヘルムにトドメを刺そうとしたジャックを、エシュが魔法で襲ったように。


「よし、(あた)る!」


 ユズルが言うように、矢はまっすぐに鷹を貫き――……




 その体を炎で包んだ。




「「えっ!!?」」


 炎に包まれた鷹は、やがて青白い光になって消える。


 ノゾムは矢を射った格好のまま固まった。ユズルも隣で固まっている。キャンキャンと元気よく鳴くロウの声が、静かな山にやたらと響いた。


 なんだ、今の。


「……ナナミは何の矢を作ったんだ?」

「……『木の矢』のはずですけど」


 木の枝を削って作った矢。

 それが、なぜ燃える?


「アイテムボックスの説明欄にはなんて書いてある?」

「あ、えっと……」


 赤い羽根の矢を一旦アイテムボックスに入れて、確認してみる。やっぱり『木の矢』と書かれてあった。



 【木の矢(炎/+++)】

 木の枝を削って作った矢。

 ガルーダの羽根が付いている。



「……ガルーダ?」

「エカルラート山の山頂にいる鳥だな」

「ああ、あれ、ガルーダって名前だったんですね」


 怪鳥、怪鳥、と呼んでいたから、名前なんて知らなかった。そういえば他のモンスターにも、それぞれ名前が付いているはずだ。


 ロウも、『ガルフ』という種類のモンスターである。


「ガルーダは炎の化身だ。その羽根を使ったことで、炎の追加効果がついたんだな」


 あの怪鳥と戦ったとき、怪鳥自身が炎を使うことはなかった。しかし見た目は本当に『炎の化身』と言われるに相応しいものだったし、そのヒナである(?)カイザー・フェニッチャモスケは火の粉を飛ばす。


 羽根に炎の効果がついていても、不思議はないのかもしれない。


「炎の矢か。いいな。俺もガルーダの羽根をゲットして作ってみようかな」

「あ、でも、あの怪鳥ってなかなかアイテムを落とさな…………ユズルさんには『解体』がありましたね」

「えっへん」


 やっぱり有用なスキルだ。ノゾムたちがあんなに苦労して手に入れたアイテムを、ユズルは簡単に手に入れることが出来る。


(俺も頑張って習得しよう)


 得意げに胸を張るユズルを見て、ノゾムはそう思った。

 なんだか中途半端な感じになってしまいましたが、第二章はこれにて完結です。次からは第三章、『黄金の国ジョーヌ』になります。


 オランジュは山ばかりの国でしたが、今度は砂ばかりです。広大な砂漠と、砂漠に点在するオアシス、遺跡などが冒険の舞台になります。


 少しでも「面白い」と思ってもらえたら嬉しいです。

 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!

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