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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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敗北者たち

 バトルアリーナからほど近い場所にある、青い屋根の大きな教会。


「蘇生料は3000ゴールドになります。……と言いたいところですが、バトルアリーナからは多額の寄付を頂いておりますので、大会参加者の皆さんの蘇生料は無料となっております」


 ベッドがたくさん並んだ広い部屋の前で、しゃあしゃあと告げるのは、この教会に務める神官だ。どの町の教会もそうだが、聖職者のくせにがめつい人が多い。


 この部屋にはバトルアリーナで敗北したプレイヤーたちが集まる。個人戦では多くて7人だが、チーム戦の後には何十人もやって来るので、まるで野戦病院の一室のようだ。


「あの野郎、ぶち殺してやる!」

「わああ! バジルさん落ち着いて!」

「そうよ。面倒くさいわね」


 目を覚まして早々に暴れるのはバジルだ。ネルケとローゼが2人がかりで押さえている。バジルなら簡単に2人を投げ飛ばせるだろうに、そうしないのは2人が女子だからだろうか。


 粗暴なバジルの意外な一面である。


「なんっでいきなりヴィルヘルムの近くから始まるんだよ……ほんっと最悪……」


 暴れるバジルの隣のベッドでウジウジしているのは、見たことがあるようなないような、痩せぎすの男だ。


 ここにいるのはバトルアリーナの参加者と、その関係者だけのはず。ベッドを使っているということは、敗北した参加者だろう。


 ジェイドは「誰だっけ」と首をひねって考えて、思い出した。


 彼は今回の試合でヴィルヘルムに最初に倒された男だ。戦闘不能になった後に頭を踏まれ、蹴られ、散々な目に遭っていた。


 名前は知らない。


「あのぉ……アル、アルベルトさんはいないんですか? 長い黒髪に、赤い目をした人なんですけど……」


 ふいにそんな声が聞こえてくる。見れば、困惑したように眉尻を下げたミーナが神官に尋ねていた。


「黒髪、ですか?」


 首をかしげる神官に、心当たりはないようだ。


 それはそうだろう。


「アイツは犯罪者なんだろ? だったら、教会へは飛ばされずに、監獄に戻っているはずだ」

「え、そうなんですか?」


 神官に代わって答えたジェイドに、ミーナは目を丸くさせる。


 ジェイドは頷き、面倒くさそうにベッドに寝転んだまま続けた。


「面会は出来るはずだから、行ってみれば? バトルアリーナのスタッフにでも聞けば分かるだろ」

「……そうなんですね。分かりました」


 ミーナは礼を言って去っていく。入れ替わるようにやって来たのはセドラーシュだ。


 セドラーシュは暴れるバジルを見て呆れた顔をした。


「予想はしてたけど……。バジル、ヴィルヘルムはもう犯罪者じゃなくなったから、今殺したらお前のほうが犯罪者になってしまうよ?」

「知るかァ!」


 セドラーシュの忠告をバジルは一蹴する。どうしてもヴィルヘルムにやり返さなければ、気が済まないようだ。


「セド、アイツの弱点は見つかったの?」

「そうだねぇ。『物理より魔法が効く』ってことくらいかな」


 セドラーシュはバジルたちから少し離れたところに座って、ローゼの質問に答えた。わざわざ離れたのは、バジルの癇癪に巻き込まれたくないからだろう。


 バジルは盛大に眉を寄せた。


「そいつは無理だ。オレは魔法が使えん」

「そうだね。それに魔法を育てていたとしても、当てるタイミングを考えないと『聖盾』で防がれる」

「あの野郎『聖盾』まで持ってやがんのか!?」


 バジルは驚愕の表情で叫んだ。バジルはヴィルヘルムが『聖盾』を使う前にやられてしまったので、奴がそれを使うところを見ていないのだ。


 ただでさえ防御力が高いのに、物理・魔法を完全に防ぐ盾を持っていること。それがヴィルヘルムの厄介なところの1つだ。


「そう。そして【騎士】のスキルを持っているということは、必然的に【僧侶】と【槍使い】のスキルも持っていることになる。

 アイツは魔法防御力は低いみたいだから『キュア』の回復量は大したものじゃないだろうけど、状態異常はすぐ回復されてしまうし、槍の扱いは相当のものだったよ」

「槍? アイツ素手で戦ってたじゃねぇか」

「最後に使ってたんだよ」


 誰もが驚いた顔をしているのを見て「してやったり」とばかりに笑っていたよと、セドラーシュは肩をすくめて言う。


 バジルは額に青筋を浮かせた。ジェイドもその時のことを思い出して、めちゃくちゃ腹が立った。




「エーシューくん」




 場の空気に似合わぬ気の抜けた声が聞こえてくる。ジャックだ。ジェイドの隣のベッドにいたはずのジャックは、馴れ馴れしい態度で、例の横槍少年の肩に腕を回していた。


 横槍少年ことエシュは、そんなジャックにおっかなびっくり固まっている。


「ななな、なんだよぉ? ぼ、ボクは、あやあや、謝らにゃいぞ!?」


 自分がしたことは不正ではない。怒られる道理はないのだと、エシュは震えた声で主張する。


「そそそそ、それに、キミが盗られた薬のせいで、アイツが全回復して、たたた大変だったんだから……っ!」


 瀕死の状態のときに、回復量の多いアイテムを使うのは当然だろう。


 ヴィルヘルムに奪われたのは確かに痛かったが、ジャックが責められることではないとジェイドは思う。


「そうだったのか? それはすまなかったな」


 けれどもジャックは素直に謝った。まさか謝ってもらえるとは思ってもいなかったのか、エシュは大きな目を丸くさせて、ぱちぱちと瞬きをする。


 ジャックはそんなエシュを見てにっこりと笑った。


「それに、お前を怒るつもりもない。解説のショタじじいが言ってただろう? あれは俺の油断が原因だ。お前が悪いわけじゃない。むしろ、お前のことは凄い奴だって思ってるんだぜ!」

「す、すごい、だって……?」


 困惑した顔でジャックの言葉を繰り返すエシュ。ジャックは「そうさ」と頷いた。


「息を殺して、ずっとタイミングを窺ってたんだろ? 俺たちがヴィルヘルムと戦っている間も、ずっと。そしてまさに、あの攻撃は絶妙のタイミングだった! 本当にすげぇよ!」


 目をキラキラさせてエシュを褒め称えるジャック。ジェイドはそんなジャックを胡乱な目で見た。なんか裏がありそうだと思ったからだ。


「……そうだね。あそこで手を止めずに、ジャックもろとも追撃していれば、君の勝ちだったろうにねぇ」

「セドラーシュくん。ちょっと黙っていてくれるかな?」


 嫌味っぽく言うセドラーシュを、ジャックはピシャリと咎める。


 エシュは目を見開いたまま、瞳を揺らした。


「ボクの、勝ちだった……?」


 『収縮』からの『アイシクル』で、ジャックたち2人を同時に瀕死に追いやったあの時。あの時にもし、魔法で追撃をかけていたら。


 “もしも”の話なんて言い出すとキリがないけれど、確かにエシュは、ヴィルヘルムから勝利をもぎ取っていた可能性がある。


「ああ。お前の勝ちだった!」


 ジャックは力強く肯定した。あれは間違いなくエシュの勝ちであったと。


「いや、事実として負けているじゃないか。それに、もう同じ手は通じないと思うし」

「セドラーシュくーん」


 だ、ま、れ、と。にこやかな顔でセドラーシュを睨みながら、ジャックは口パクで言った。


 幸いなことに、エシュには今のセドラーシュの言葉は聞こえていなかったようだ。


「ボクの勝ち……。そっかぁ……」


 幼い顔がへにゃんと緩まる。これを好機と見たジャックは、一気に畳み掛けた。


「そうさ、お前の勝ちだ! 凄い奴だよ、お前は!」

「い、いやぁ、そんなに褒めないでくれよ、照れるじゃないか〜!」


「そんなそんな」と言いつつ体をくねくねさせて、締まりのない顔を見せるエシュは、たぶん褒められるのに慣れていない。


 それをあえて煽るジャック。太鼓持ちに徹して、ひたすらにエシュを、褒める、褒める。


 本当に何を考えているのやら。




「ところで、エシュくんに聞きたいことがあるんだけど」




 さんざんエシュを褒めちぎったあとで、ジャックはそう切り出した。ググイッとエシュに顔を近付けて、猛禽のように目を光らせる。


「エシュくんが使っていた『収縮』――【学者】のスキルだっけ? どこで手に入れたんだ?」

(それかーーーーっ!!)


 ジェイドはベッドからころがり落ちそうになった。


 魔法の範囲を極端に狭め、威力を爆発的に上げるスキル、『収縮』。実況者たちいわく、とてもレアだというそれ。


 ジャックがやたらとエシュを持ち上げていた理由は、どうやらその入手方法を聞き出すためだったらしい。


(いやいや、無理だろ! 教えてくれるわけねぇだろ!)


 何しろジャックとエシュは『ヴィルヘルムに勝つ』という目的の上でライバル関係にあるのだ。


「あの無敗の王者に最初に黒星を付けるのは俺だ」という気持ちは、きっとここにいる誰もが持っているに違いない。


 ライバルを強くしたいと思う人間が、いるわけがない。



「あ、図書館迷宮だよ」



 エシュはあっさり吐いた。ジェイドは今度こそベッドからころがり落ちた。


 褒められて気を良くしているのか、エシュはニコニコ笑っている。


「図書館迷宮……って、ジョーヌにある?」

「そう。遺跡の中に作られた、巨大な図書館! 世界中の本が集められていて――あ、世界中っていうのは、現実世界のことね。――その蔵書量は何十億とも、何百億とも言われてるんだ」


 巨大な遺跡の中には隠し通路や隠し部屋がいくつも存在し、その中にもたくさんの本が保管されている。海外の本であっても、自動的に自国の言葉に翻訳されて読むことが可能。


 読書家にはたまらない施設だろう。


「図書館の中に、『グリモワール』っていう魔導書が隠されていて、見つけ出せた者だけが【学者】に転職できるようになるんだ」

「へぇ……。木を隠すなら森の中、本を隠すなら図書館の中……ってことか」


 巨大な図書館の中でたった1冊の本を見つけ出すことが、どれだけ大変か。しかもグリモワールは、誰かが発見すると、保管場所がランダムに変更されてしまうらしい。ダンジョンの宝箱と同じように。


 なるほど、レアな職業なわけだ。


「凄いなエシュくん」


 ジャックが真顔で言った。今までと違い、本心からの言葉だと分かる。


「え? いやいや、たまたま運が良かっただけだよぉ〜」


 えへへへと顔を緩ませる彼が、本当にただのラッキーボーイなのか、それとも謙遜から言っているのかは分からない。


 ジャックは口元に手を当てて黙り込む。それを見て、ジェイドは(そうだよな)と思った。


(負けたからって、終わりじゃねぇもんな)


 ヴィルヘルムはきっとまた戻ってくる。これまでもそうだった。あいつが何の問題も起こさずに、平和にプレイを楽しむわけがない。


 ならば、それまでに強くなるまで。


 レベルはカンストしてしまっているから、あとは強力なスキルを身につける以外に方法はない。

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