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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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閉幕。そして、

《これにてヴィルヘルムは5連勝達成! 監獄より出る権利を得ます! チクショウ! こんな奴を再び野に放つことになろうとは!!》


 ヴィルヘルムは野生動物か何かだろうか。


 実に悔しそうに叫ぶ実況の人の言葉を聞きながら、ノゾムは思わず首をかしげた。


 ヴィルヘルムはといえば、両手を大きく上に広げ、犬歯をむき出しに唸っている。野生動物のような扱いを受けたから、動物の真似でもしているのだろうか。意外とノリのいい人みたいだ。


 試合が終わったというのに、会場内の熱気は冷めることを知らない。歓声と罵声が入り混じり、周囲の人たちが何を言っているのか、聞き取るのが大変だ。


「また参加しろよ、ヴィルヘルム!!」

「はあ〜? なにお前、俺のファンなの? 照れるわ〜」

「馬鹿言ってんじゃねぇ! テメェが無残に負けるところが見てぇだけだ!」

「へぇ〜。んじゃあ、一生見れねぇな。それと、馬鹿って言うほうが馬鹿なんだぞ!」

「うるせぇ! バーカバーカバーカ!」

「ぶぁーかぶぁーかぶぁーか!」


《ガキの喧嘩か!! ヴィルヘルム、さっさと退場しろ!》


 観客のひとりと何故か喧嘩を始めるヴィルヘルムに、実況の人が声を荒らげる。


 ヴィルヘルムは口を尖らせた。


「毎回思うんだけど、ヒーローインタビュー的なのはないの?」

《ない!!》


 キッパリハッキリと、実況の人は告げる。

 ヴィルヘルムは「えー」と顔を歪ませた。


 なおも止まない歓声と罵声に対し、べーっと舌を出して、ヴィルヘルムは試合会場を去っていった。


 最後まで、露悪な態度を崩さない男だった。




 ヴィルヘルムが去ると、フィールド上のデコボコとした岩山が沈んでいって、平らな床が現れた。


 中央に大きく『5:00:00』という数字が現れる。次の瞬間には『4:59:59』になった。


《さて次回はチーム戦、今から5時間後に始まります。参加される方々は受付にて申し込みをされたあと、試合開始時刻までにこの会場にお越しください。『プレイ時間』は余裕を持っていらしてくださいね》

《次もまた面白い戦いを期待しておるぞ!》


 これにて、バトルアリーナはお開きとなった。


 観客たちがパラパラと席を立ち去っていく中、ノゾムたちはまだ座ったまま、動けずにいた。


 今の思いを言葉で表すなら、こうだ。



 ――すごいものを見たなぁ。



「凄すぎんだろ、あのヴィルヘルムってやつ。単に強いってだけじゃなくて、なんていうかこう……なあ?」

「うん。極悪人って呼ばれているだけあるっていうか、悪いやつだったね」


 観客からは妙に人気がある、とフォルトが言っていたとおり、彼の戦いぶりを楽しんでいた人たちもいたみたいだが。ノゾムは正直、関わりたくないタイプだなと思った。


 ラルドは「戦ってみて〜!」と声を上げる。その頭上では、カイザー・フェニッチャモスケが火の粉を散らしながら、シャドーボクシングみたいなことをしている。


 ペットは飼い主に似るというが、フェニッチャモスケも、なかなか好戦的な性格であるようだ。


 それにゲームの中だからいいけど、火の粉を飛ばすの危ない。


「ジャックは惜しかったけどね」

「むむむ……油断したアイツが悪い。弓を使って負けるとは、許せんやつだ」

「ユズくんも負けたよね??」


 頬をふくらませてプンスカ怒るユズルに、シスカはツッコミを入れる。ユズルの耳は、またしても都合よく聞こえていないようだった。


 それにしても、とノゾムは呟く。


「勉強のために来たのに、うっかり魅入っちゃったね」

「勉強?」


 ノゾムのぼやきに、ユズルが反応した。こっちの言葉は聞こえたらしい。不思議そうな顔をする彼に、ノゾムは自分たちの当初の目的を語った。


「俺たち、バトルの勉強のために観戦しに来たんですよ」

「単純に面白そうだから見たかったっていうのもあるけどな」

「ほほう」


 それは感心だな、とユズルは頷く。ノゾムは苦笑を浮かべた。はてさて、今の試合に、学べるところはあっただろうか。試合の……特に後半は、怒涛の展開続きで驚くことしか出来なかった気がする。


 難しそうに眉を寄せるノゾムを見て、ユズルはにんまりと笑った。


「それなら俺が修行をつけてやろう」

「え?」

「何、遠慮はいらない。お前は貴重な狩人仲間だ。以前はちゃんと教えられなかった『曲射』も教えてやるぞ!」

「え、あの」


 ノゾムはユズルたちにレベル上げを付き合ってもらった時のことを思い出した。


 曲射を試してみて、思った以上に飛距離が出てしまい、たまたま近くにいたバジルの頭にうっかり刺さりそうになったことを――。


「いや、あの、遠慮しま……」

「そうと決まったらさっそく山に向かうぞ!」

「え、あの」

「そういうわけでシスカ、先にジャックたちのところに行っててくれ!」

「ちょっとユズくん!」


 シスカの制止も聞かず、ユズルはノゾムの腕を掴んで走っていく。ノゾムは顔面蒼白だ。また前回のようにトラブルを呼び込んだらとうしよう、と不安で胸がいっぱいになる。


 胸に抱いたロウが「アン!」と鳴いた。尻尾を振っているので、遊びに行くのだと勘違いしているのかもしれない。





「まったく、どいつもこいつも自分勝手なんだから!」


 あっという間に見えなくなってしまったユズルたち。シスカは盛大に顔をしかめて、悪態をつく。


 ただでさえ強張った顔をしているナナミは、そんなシスカを見てびくりと肩を震わせた。


 ラルドは眉を寄せる。同じギルドに所属する仲間でありながら、この2人の仲がすんごく微妙であることくらい、見ていれば分かる。


 おそらくその原因は――。


「まあ、いざという時には協力してくれるから、いいんだけどさ……」

「ん? あれ? 強要はしねぇの?」


 てっきりそれが原因だと思っていたラルドは思わず問いかける。片手でコメカミを押さえていたシスカは、そんなラルドを見て器用に片眉を持ち上げた。


「強要って?」

「いや、だから……。好き勝手にする奴らを、追放、とか?」

「ボクにそんな権限はないし、そもそもリーダーが好き勝手しているギルドだもん。そんなことはしないよ」


 当たり前でしょう、と言わんばかりのシスカにラルドはポカンと口を開けた。


 かつてラルドが別のゲームで所属していたギルドは、リーダーの言うことを聞かない奴らを追放していた。「和を乱す奴はいらない」と言って、協力できない理由を聞きもせずに。


 てっきりシスカもそのタイプで、だからこそナナミと反りが合わないのだと思っていたのだが……。


「……うん。でも、そうだね」


 軽く目を伏せながら、シスカはポツリと呟く。


「強要はしないけれど……『最低限の協力』は、やっぱり必要だと思うなぁ」



 ――ねぇ、ナナちゃん?



 低い声で呼びかけられて、ナナミの体はビクビクゥ! と飛び跳ねた。額に汗をにじませて、顔色がひどく悪い。


 シスカの紅い目が、そんなナナミを射抜く。


「ギルドに所属することを強制されていないこのゲームで、なんでギルドに入るのかっていうと、それなりの恩恵が受けられるからだよ。アジトには無料で部屋を借りられるし、クエストをクリアすればお金も手に入るし、足りない戦力を補完することも出来るし」


 ギルドに入っていなければ、部屋を借りるにはお金がかかるし、お金を手に入れるにはドロップ率が低い中でモンスターを倒しまくらなければならない。


 ゲームの難易度的に、ソロで活動するには厳しいものがある。安定して戦い続けるには、最低でも回復役はいて欲しいところだ。


「ギルドに入ることで恩恵を受けている以上は、ギルドのためになることを、なんでもいいから1つくらいはしたほうがいいと、ボクは思うよ」

「……まあ、そうかもな」


 それは確かにそのとおりかもしれない。


 なんでもいい、というのは、本当にどんな些細なことでも良いそうだ。


 作ったアイテムや武器を分けてくれるでもいいし、手に入れた情報を共有してくれるのでも構わない。クエストで協力できないなら、ギルドの運営を少しでも手伝ってくれるとかでもいい。


「ナナちゃんは何をしてくれているかな? アジトではいつも部屋にこもって、話しかけても返事もしないよね」


 それはおそらく、アイテム作りに没頭しているからだろう。ノゾムの矢を作っている時も、ナナミは話しかけても返事をしなかった。


「かと思えばひとりでダンジョンに入って帰ってこなくなるし。ジャックが心配して探しに行っちゃうし」


 運が悪いナナミが罠にかかって帰れなくなっているのでは、とジャックが心配するのも分かる。


 実際に、『悪魔の口』では謎の隠しエリアに入り込んで出られなくなっていた。


「このままだとナナちゃん、ギルドに居場所がなくなっちゃうよ?」

「ううぅ……」


 ナナミはもはや泣きそうだ。だが、シスカの言い分のほうが正しいような気がするので、ラルドは擁護しようがなかった。


「なんでもいいんだよ? なんでも! ちょっとでもギルドのために、何かしてくれないかな?」

「ううぅ……」

「ナナミお前、『エンチャント』使えるじゃん。仲間に付与をかけてやれば?」

「そう! そういうのでいいんだよ!」


 よく言った、と褒めてくれるシスカ。やっぱりあのワンマンギルドマスターとは全然違う。一方的に勘違いしてしまって、ラルドは申し訳なく思った。


 ナナミは唇を尖らせる。


「『エンチャント』は……アイテムを消費するし……ギルメン多すぎだし……」


 それはちょっと……と、目をそらしながら主張するナナミは、相変わらずである。


「ナナちゃん……」

「だって、だって、このゲーム、本当にアイテムが手に入らないんだもの!」


 大して仲良くもないギルドのメンバーのために消費するのはもったいない。ナナミの主張は、まあ、分からないものではない。


 分からないものではないが……。


 ラルドはちらりとシスカを見る。シスカは真顔で沈黙した。


 それからしばらく無言が過ぎる。


 周りの観客たちがみんないなくなった頃、ようやく彼女は口を開いた。


「キミたちは、どこに向かってるんだっけ?」

「え? ジョーヌだけど」

「『黄金の国ジョーヌ』か。なるほど」


 何が「なるほど」なのか。問いかけるよりも前に、シスカは顔を上げて、まっすぐにナナミを見据えた。


「それじゃあナナちゃん、ギルドにお金を寄付してよ」

「お金!? 寄付できるほど持ってないわ!」

「ジョーヌにはカジノがある。カジノで稼いだ分だけ寄付してくれたらいい。それでナナちゃんは、ギルドのために『何か』をしてくれたことになる。それすら嫌なら、悪いけどやっぱりギルドから追放するしかない」

「そんな権限ないって……!」

「ボクにはないよ。でも、他のメンバーも不満は溜まっているし、さすがのジャックも無視できなくなると思う」


 メンバーを追放する権限は、ギルドのリーダーであるジャックにはある。


 シスカだけでなく他のメンバーからも訴えられたら、さすがに『妹だから』という理由だけで、ジャックもナナミを助けることは出来ないだろう。


「そうだなぁ。運が悪くなければ、10万ゴールドくらいは簡単に稼げるんじゃない?」

「運は悪くないわ!」

「嘘をつくな」


 それじゃあ決まりだね、と微笑むシスカ。

 真っ青になるナナミ。


 ラルドの頭の上で、カイザー・フェニッチャモスケが「ピィ」と鳴いた。

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