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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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バトルアリーナⅫ

 ヴィルヘルムがドラゴンを討伐したとき、周囲はこう囁いた。


「不正をしたんじゃないか?」


 ドラゴンはそれほどに強い。皮膚は分厚く硬く、吹雪や炎を弾き返し、巨大な翼がひとたび羽ばたけば、巻き起こる風で人間などたやすく吹き飛んでしまう。


 ドラゴン退治には高レベルのプレイヤーが数人がかりで挑まなければならない。それが、多くのプレイヤーたちが持つ常識だった。


 ヴィルヘルムの普段の態度が悪かったのも原因だろう。他人のものを平然と奪い、他人を盾にして攻撃を防ぐ。そんな彼が、正々堂々、真正面からドラゴンに挑むわけがないと。


 きっと不正をしたに違いないと。


 ヴィルヘルムというプレイヤーを知る誰もが、そう思った。


「どうやってドラゴンを倒したんじゃ?」


 オランジュの王、フォイーユモルトはヴィルヘルムに問いかけた。


 ヴィルヘルムは笑って言った。


「槍で目玉を突きまくっただけだ」


 分厚い皮膚に覆われた箇所以外を狙うのは、なるほど理に適っている。けれどもドラゴンとて黙って攻撃を受け続けてくれるわけがないので、相当大変だったはずだ。


 ドラゴンが吐く高熱の炎を『聖盾』で防ぎ、振り下ろされる鋭い爪を避け、叩きつけられる重い尻尾に耐えながら、ひたすら一点だけを狙い続けるのは並大抵のことではない。


 いくら防御力を上げていたと言っても、確実に何度かは死んでいるはずだ。


「ヤバくなったら逃げて、ヒット&アウェイを続けて……1週間くらいかかったかなぁ」


 ヴィルヘルムは不正などしていなかった。


「見事じゃ」


 フォイーユモルトはにっこりと微笑んで、彼の果たした偉業を讃えた。




 ***




(本当に、あの性格さえなければのう……)


 驚愕に固まるジェイドたちを見て、バカ笑いするヴィルヘルム。


 『武器を使わないプレイヤー』であるとさんざん刷り込んだ上で、いきなり槍を出す。

 素手と槍では当然のことながらリーチが全然違う。ジェイドたちは、さぞやりにくくなったことだろう。


 それを分かってやっているので、やっぱりヴィルヘルムは性格が悪い。




「槍は扱いにくいって言ってたな?」


 ニヤニヤと笑いながら、穂先をミーナに向ける。ハッと息を呑むミーナに対して、ヴィルヘルムは容赦なく鋭い突きを放った。


 ミーナはとっさにそれを避ける。するとヴィルヘルムは、それを追うように槍を横に振るった。


 鞭のようにしなり(・・・)を持った攻撃が、ミーナの体に叩きつけられる。



「ミーナ!!」



 何もない場所(・・・・・・)から声が聞こえた。


「そこか、透明人間」


 ヴィルヘルムはそちらに穂先を向ける。


「『さみだれ突き』!!」


 『隠密』で姿を隠したアルベルトに、嵐のごとく無数の突きが襲いかかった。


 何度も何度も突き刺され、やがてアルベルトの姿が現れる。地面に倒れた姿で。

 『隠密』の効果は、戦闘不能になったことで消えてしまったのだろう。


 ミーナはまだ無事だ。きちんと育ててきたのだろう。ヴィルヘルムほどではなくても、彼女のアバターも頑丈だ。


 そんな彼女にヴィルヘルムは槍を突き立てる。心臓だ。急所を貫かれたミーナは一瞬で戦闘不能になった。


 残ったのは、ジェイドだけ。


 ジェイドは構えを取る。ヴィルヘルムもまた、穂先を前に向け、構えを取った。


 両者が動き出したのは、アルベルトとミーナが光となって飛んでいった、その瞬間だ。


 ジェイドが前に出る。ヴィルヘルムは突きを放った。ジェイドはそれを避け、なおも前へ。ヴィルヘルムの間合いの内側を目指す。


 槍の優れた点は、なんと言ってもそのリーチの長さだ。敵の間合いの外側から一方的に攻撃出来る上に、叩きつけた(・・・・・)時の威力は剣より大きい。


 だが、そのリーチの長さゆえに、懐に飛び込まれてしまうと弱くなる。長柄武器は柄が長すぎると取り扱いが難しい。これを無用の長物という。


 ゆえに、前へ前へと突き進んでいくジェイドの戦い方は、槍使いを相手に、とても理に適った戦い方であった。


(懐が弱いと分かっていても、実際に飛び込んでいくのは難しく、勇気がいる。熟練の槍使いほど、なかなか内側へは入らせてくれぬものじゃしな)

《ああああああ……頑張れ〜! 負けるなジェイド選手〜!》

《実況は公平に頼むぞい》


 と、何度言わせるつもりだろうか、この部下は。


 だが観客のほとんども彼と同じ気持ちのようだ。中にはヴィルヘルムを応援している者もいるが、ここにいるたいていの者は『ヴィルヘルムの負けるところが見たい』と思っている。


 そしてそれと同時に、矛盾していることではあるが、『まだ負けて欲しくない』とも思っている。


 ジェイドがヴィルヘルムの懐に入った。

 ヴィルヘルムは両手で握っていた槍を片手に持ち替えて、目潰しを仕掛けた。


 もろに食らってしまったジェイドは「テメェエエええええ!!」と叫ぶ。


 正々堂々とはほど遠い。ともすれば相手を馬鹿にしているようでもある。


 邪悪で、大胆不敵、不遜な男。


 誰も無視することが出来ない、ある種のカリスマ性を持った男。


 男は小さな子供のように笑いながら、ジェイドの顔面に槍を突き立てた。


 勝負は決する。



《ぐぬぅぅぅ…………くそったれ!! 今宵の最強もお前だ! ヴィルヘルムーーーー!!》



 若干投げやりに叫ぶ実況者。


 フォルトは彼を諌めることに飽きてしまったので、やれやれと肩をすくめ、観客に向かって中指を突き立てる優勝者へ拍手を送った。

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