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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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バトルアリーナⅪ

 深く腰を落として放たれる、重い拳。眉間や(あご)鳩尾(みぞおち)など、ダメージ効果の高いところに的確に打ち込む正確さ。


 威力のある派手な技も習得しているだろうに、一撃必殺はあえて狙わない。大技は、使った直後にこそ大きな隙を生むことを知っているからだ。


 ヴィルヘルムがジェイドと戦うのは、これが6回目だ。7回目だったかもしれない。8回目?


 とにかく何度かやり合ったが、そのたびにヴィルヘルムは思うのだ。


 リアルでやったら勝てないなぁ、と。


 それだけジェイドの戦い方は本格的だ。リアルで何か格闘技をしているのかもしれない。それも、ルールに守られたスポーツ(お遊び)ではなく実戦的なものを。


 このゲームはリアル志向が高いので、素手だろうと何だろうと、急所に当てられた重い攻撃は大きなダメージとなる。


 ヴィルヘルムも、防御力を上げまくっていなければヤバかったかもしれない。今までの試合でも勝てなかっただろう。


 けれども彼は、鋼鉄の肉体を持ってしまっているので。


(楽しいなぁ)


 自然と口角が上がる。

 強い相手と戦うのは、やっぱり楽しい。


(弱い奴をいたぶるのも楽しいけど)


 それは彼が戦闘好きだとか、そういうことでは決してない。

 別に戦闘そのものは好きでも何でもない。


 勝てそうにない相手にあえて挑み続けるミーナやジャックの精神は、ヴィルヘルムには理解できない。


 ただ彼は、


(強い奴を虐めるのは、もっと楽しいんだよなぁ)


 どこまでも性格が悪かった。




 ***




「そういえば、ヴィルヘルムは武器を使わねぇのかな」


 ふいにラルドが呟いた。ノゾムはちょっと考えて、「使わないんじゃない?」と答えた。


「武器を持ってるなら、さっきジャックさんに追い詰められたときに使ってたんじゃないかな」

「……それもそうだけど」


 頷くラルドは、どこか歯切れが悪い。何か気になることでもあるのだろうか。


 ラルドの頭の上で、カイザー・フェニッチャモスケがピィピィと鳴く。ノゾムは首を傾げながら、膝の上のロウを撫でた。


 フィールドの上ではミーナとアルベルトが動く。どういうやり取りがあったのかは分からないが、作戦は決まったらしい。一瞬、アルベルトがミーナに襲いかかったように見えたけど、たぶん気のせいだったのだろう。


(ミーナって、アプリコで会った、あの子だよね?)


 オスカーにナンパされて、モンスターを前に放置されて、ぶち切れていた少女。


 そのあと八つ当たりとばかりにエカルラート山の怪鳥に斬りかかっていた姿は、今でも鮮明に思い出せる。


 まさかアルベルトと知り合いだったなんて……世間(ゲームの中だけど)って意外と狭いんだなぁと、ノゾムは感慨深く思った。


 アルベルトの姿が消える。お得意の奇襲戦法だ。

 一方のミーナは、真っ直ぐにヴィルヘルムのもとへと駆けていく。


「武器を使わねぇってことはさ、」


 ラルドがまた呟く。どうしてもヴィルヘルムが素手で戦っていることが気になるらしい。


 ジェイドも素手だし、別におかしなことはないと思うけど……もちろん、ノゾムに真似は出来ないが。


「アイツ、素手でドラゴンを倒したのかな?」

「……んん?」


 そんな馬鹿な。


 ノゾムは思わずラルドを凝視してしまった。




 ***




「『一閃突き』!!」


 ヴィルヘルムの後ろからミーナが刺突攻撃を繰り出す。にやりと笑ったヴィルヘルムは、その攻撃を避けると共に剣の軌道をわずかにそらし、ジェイドに向かうように仕向けた。


 ギョッとしたジェイドは、寸でのところでミーナの剣を手刀で叩き落とす。


「何しやがんだ、横殴りすんな! 邪魔だ、どけ!」

「嫌ですよ! 私だって横殴りされたのを我慢したのに!」


 口論する2人だが、すぐにその口を塞ぐはめになる。


 ミーナの体を持ち上げたヴィルヘルムが、ジェイドに向かって投げたからだ。


 ミーナとジェイドは2人まとめて地面に転がった。ヴィルヘルムはケラケラ笑う。ジェイドの額には青筋が浮かんだ。


「マジでふざけてやがんな」


 ヴィルヘルムはこうやって他人を武器にしたり、盾にしたりして戦う。だからこそ実は大勢で立ち向かうよりも、1対1で戦ったほうがまだ勝機がある。


 下手に周りに他人がいると、邪魔なのだ。


「どけって言ってんだろ!」

「嫌ですー! 『さみだれ突き』!!」


 素早く繰り出される刺突の嵐がヴィルヘルムを襲う。【槍使い】のセカンドスキルだ。


 ヴィルヘルムはそれを『聖盾』で防いだ。一度はジャックに破壊された盾だが、時間を置いて再び張れるようになったらしい。


 攻撃し続ければまた破壊は出来るが、なかなか面倒だ。


 ヴィルヘルムはこてんと首をかしげてミーナを見た。


「お前、なんで槍のスキルを剣で使っているんだ?」


 ヴィルヘルムはミーナに問いかける。

 ミーナはキッパリと言った。


「使いにくいからですよ」


 確かに、数ある武器の中でも槍は使いにくい。長さというアドバンテージはあるものの、懐に入られるとやりにくくなる。


 大昔の戦争では重用されていたが、それは“集団”だったからだ。前線の兵士たちに槍を持たせ、穂先を前に向けたまま前進させるだけでも意味がある。


 “個人”で戦う場合、槍ほど扱いが難しい武器はないかもしれない。

 そりゃまあ、弓も難しいけれど。



「ふーん」



 ヴィルヘルムは目を細める。

 なんだろう。何かあるのだろうか。


 眉間のしわを深くするジェイドの隣で、ミーナは飽きることなく『さみだれ突き』を繰り返す。この娘、本当に前進しかしない。


 ミーナを見るヴィルヘルムの目は、面白い動物を見るような目だ。決して年頃の娘に向けるような目じゃない。


 そうしてついにミーナは、ヴィルヘルムの『聖盾』を破壊した。これで再び張れるようになるまで、時間が確保できた。


「やるなぁ」


 壊れた光の盾の中で笑うヴィルヘルムは、余裕だ。当然だろう。盾がなくとも、ヴィルヘルムの肉体は鋼鉄のように硬い。


 魔法でも使えたら良かったのだが……残念ながらジェイドは魔法をひとつも覚えていない。


 思わず歯噛みをした、その時だった。



「『スモーク』」



 ヴィルヘルムの後ろから、緑色の煙が現れた。


 緑は毒だ。


 ジェイドはとっさに口元を手で覆い、距離を取る。


 ミーナは前に出る。煙を吸っているのに、毒に苦しむ様子はない。確か『スモーク』は、魔法がそうであるように、味方識別(マーキング)を付けた相手には効果がないんだったっけ。


「うぐぅっ!」


 ヴィルヘルムが苦しみの声を上げる。毒にかかったのだ。毒状態になると、一定時間ごとにHPがガッツリと削れて、大きな衝撃が襲ってくる。


「草は切れたんじゃなかったのか!?」


 ヴィルヘルムが問う。何もない空間に向かって。

 姿を消したままのアルベルトは答えない。


 答えたのはミーナだ。


「私が持っていたんですよ」


 ジェイドは納得した。それを渡すために、ミーナはアルベルトを連れ出したのだろう。


 わざわざ岩陰で渡したのは、ヴィルヘルムに毒対策をされないためだ。


(でも、コイツだって毒消しくらいは持って……)

「ぐはっ!」

(……なさそうだな)


 そういえば回復薬すら持っておらず、ジャックの薬を奪っていた。


 犯罪者になると店で買い物が出来ない。回復アイテムの補充すらままならないと語ったのは、ヴィルヘルム本人だ。


(マジかよ……)


 これで幕切れか?

 あのヴィルヘルムが、毒なんかでやられるのか?


 呆然とするジェイドを置いて、トドメとばかりにミーナが飛びかかる。


「さあ、観念してください!」


 ヴィルヘルムは甘んじてそれを受け――……







「……なあんちゃって」







 ヴィルヘルムは自分の胸に右手をかざした。そして呟く。体内の異常を取り除く呪文を。



「『リフレッシュ』」



 淡い光がヴィルヘルムを覆う。毒状態が解除されたのが分かった。ミーナが目を見開いたが、空中に飛んだ彼女はすでに止まることが出来ない。


 ヴィルヘルムはミーナを殴り飛ばした。本当に女にも容赦がない。いや、ミーナの中の人が女かどうかは分からないけれど。


 そんなことより、


(なんで『リフレッシュ』が使える!?)


 『リフレッシュ』は【僧侶】が最初に覚える魔法だ。

 【僧侶】のファーストスキル『神聖魔法』は、HPを回復させる『キュア』と、状態異常を回復させる『リフレッシュ』の2つを覚えることが出来る。


(コイツは、魔法が使えないはずじゃ……!?)


 そこまで考えて、ジェイドはハッとした。


 ヴィルヘルムは『聖盾』を使っていた。

 『聖盾』は【騎士】のファーストスキルだ。


 そして【騎士】になるための条件は、【僧侶】と【槍使い】に、一度でも転職していること。



「どこまでふざけてやがるんだ……!!」



 ヴィルヘルムがアイテムボックスを開く。


 中から出てきたのは、身の丈ほどもある鉄製の槍だった。

「なんですぐ解毒しなかったんだ?」

「そのほうが盛り上がるかなって(テヘペロ)」

「ふざけすぎだろテメェ」

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