バトルアリーナⅩ
「それじゃあ次は、チビっこにお礼をしないとな!!」
ヴィルヘルムはジャックを突き刺した氷柱を抜いて、エシュに向かって放り投げた。
「うわあああああああっ!! 『ファイヤーボール』!!」
エシュはそれに対し、魔道士の初級魔法、ファイヤーボールを放つ。直径が5メートルはあろうかという巨大な火球は氷柱を飲み込み、ヴィルヘルムを襲った。
魔法の大きさは、それを使う者の魔法攻撃力によって変わる。この火球の大きさは、そのままエシュの魔法攻撃力の高さを物語っているのだ。
《これほどの魔法力を『収縮』させたのじゃから、あの氷柱の破壊力は相当のものじゃったろうな》
《ジャック選手とヴィルヘルムを一撃で瀕死に追いやりましたからね。さてさてこの火球を、ヴィルヘルムのクソ野郎はどう攻略するのか。奴は物理防御力は半端ないですが、魔法防御力は凡夫のそれです》
《実況は公平に頼むぞい》
この実況者はよっぽどヴィルヘルムが嫌いらしい。
さてさてそのヴィルヘルムはといえば、迫りくる火球を防ぐでも避けるでもなく、正面から突っ込んでいった。
自殺行為だと誰もが思っただろう。氷柱により一度は瀕死状態だったというのに、さらにダメージを喰らいに行くなんて、正気とは思えない。
「よう、チビっこ! 今回は『収縮』って言わなかったな! ってことは、こいつはさっきのより威力は低いはずだよな!」
巨大な火球の中を走りながら、ヴィルヘルムは朗らかに言う。
エシュはガタガタと震えた。大きな瞳が涙で濡れている。
「ジャックのおかげで全回復した今なら、HPはかなり残る!」
どうやらジャックが使おうとしていた薬は、かなり高品質のものだったらしい。
エシュは滝のように涙を流した。
「なんて薬を奪われてるんだよ、バカー!!」
うわあああああんと泣きながら、エシュはヴィルヘルムにボコボコにされた。
魔法を使うプレイヤーは、魔法を使う暇さえ与えなければ倒すのは容易である。
何故なら、魔法系の能力を優先的に上げていると、物理防御力がなかなか上昇しないからだ。
魔法使いは防御力が紙同然である。それはさまざまなRPGで共通するセオリーだった。
そういうわけで、エシュはあっという間に倒されてしまった。
《8人の参加者のうち、半数が脱落! しかも、全員がヴィルヘルムにやられてしまった! 誰かコイツを止めてくれええええええっ!!》
「……、止めろと言われてもなっ」
ジェイドは歯噛みした。ミーナとアルベルトはどこかへ行ったまま、まだ戻ってこない。ヴィルヘルムと対峙しているのは、ジェイドだけだ。
だが、真正面から向かっても勝てないことは今までの試合で理解している。
ジャックのように、策を講じることも得意ではない。
(いや、でも……)
ジャックが使おうとしていた回復薬を奪い全快したヴィルヘルムだが、たった今、エシュのファイヤーボールを正面から食らった。
エシュは『収縮』を使っていなかったから、ヴィルヘルムは瀕死には陥っていないけど……HPがかなり削れていることに違いはないはず。
(バジルのバカも、ジャックも、堂々と挑んで負けたんだ。俺だけ逃げ続けてんのはカッコ悪いよな!)
ジェイドは意を決して地面を蹴る。ヴィルヘルムの顔面を目掛けて、渾身の飛び蹴りを放った。
***
ジェイドとヴィルヘルムの戦闘を横目に見ながら、アルベルトは眉を寄せる。もうこれは決まりだろう。この試合の勝者はヴィルヘルムだ。
ヴィルヘルムの強さの根源にあるのは、その防御力の高さだけではない。他人を盾にしたり、他人の薬を奪ったり……勝つために手段を選ばない、その悪辣さだ。
このまま逃げたところでいずれは捕まり、嬲られるだろうに決まっている。
アルベルトはもちろん、ミーナもだ。
「…………」
アルベルトは考えた。考えて、考えて……短刀を握った。
「さあ、アル。急いで作戦を立てましょ――って、きゃああああああああああああっ!!?」
アルベルトが振るった短刀をミーナは慌てて避けた。アルベルトは眉を寄せる。気が付かれる前に、スパッと殺りたかったのだが。
「な、な、何をするんですか!?」
「いや、アイツに嬲られるくらいなら、俺が殺したほうがいいのかなって」
「どういう発想!?」
あなた本当に人でなしですね! と声を荒らげるミーナにアルベルトは首をかしげる。
アルベルトとしては、優しさのつもりだった。
「ミーナは嬲られたいの?」
「いや、私、被虐趣味は持ち合わせていませんから。普通に嬲られるのも殺されるのも嫌ですから。てゆーか優勝するのは私だって言ってるじゃないですか!!」
ここまで来てまだ優勝を諦めていないミーナには、ある意味感心する。
だがしかし、勝ちたい気持ちだけで勝てるほど甘くはないだろう。
「いいですか? まずはいつもどおり、私が相手を引き付けます。その間にアルベルトが――」
「草のないクソ雑魚な俺に何が出来ると」
「話は最後まで聞いてください」
バッサリと切り捨てるミーナにアルベルトは顔を歪める。
ミーナはそんなアルベルトの前に、ある物を差し出した。
アルベルトの赤い目が見開かれる。それを凝視するアルベルトを見て、ミーナはにんまりと笑みを浮かべた。
「絶対に、優勝しますよ!」