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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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バトルアリーナⅨ

 観客席にナナミたちが来ていることには気付いていた。


 シスカと思わぬ再会を果たしてしまったのだろうナナミが強張った顔をして、緊張を紛らわせるようにグラシオを撫で回していること。


 頭の上にカイザー・フェニッチャモスケを乗せたラルドが、「オレもやっぱ参加すれば良かったかな〜」と言わんばかりのキラキラした顔をして観戦していること。


 ユズルに捕まって延々と弓の話を聞かされているのだろうノゾムが、困惑した顔をしていること。


 それらに気付いて、かつ、ノゾムの姿を見た瞬間に、ジャックの脳裏にはある光景が蘇った。


 『悪魔の口』のクリスタル・タランチュラを一撃で屠った、ノゾムの超近距離射撃である。




(弓は当てるのが難しいけど、そのぶん攻撃力はかなりのものだからな。それも至近距離から放てば、ヴィルヘルムの防御力も超えられるかもしれない)


 幸いなことにジャックのアイテムボックスには弓が入っている。全てのスキルを習得し、全ての武器を極めるつもりでいるジャックは、いろんな種類の武器をボックスに入れているのだ。


 刀を使っているのは、それらの中で一番使い勝手がよく、なおかつ見た目がカッコイイから。


(問題は、どうやって『至近距離で射つ』まで持っていくかだな〜)


 普通に射っても避けられるに決まっている。だから、ジャックはそのための方法を、ずっと考えていた。


 ジェイドに不意打ちを受けたときも、ミーナとバジルに先を越されてしまったときも、なんとかミーナを言いくるめて共闘させてもらっていたときも、ずっと、ずっと、絶えず考え続けていた。



『何か策は思いついたんだろうな!?』



 アルベルトにそう問われたときも、まだ考えている途中だった。


 それが形になったのは、本当についさっきのことだ。


 ヴィルヘルムの灰色の目が見開かれる。

 ジャックはその目を静かに見返した。


 逃げ場はない。逃げ道を塞ぐために、わざわざ穴を作って落としたのだから。


 ユズルが「弓こそ最強ーー!」と叫んでいる。見方によっては確かにそうかもしれないと、ジャックは苦笑した。


 この距離から射撃すれば、さすがのヴィルヘルムでもダメージを受けるだろう。『雨垂れ石を穿つ』で何度も何度も射ち続ければ、戦闘不能にも追いやれる。


 勝った――……、そう思った時だった。






「『収縮』・『アイシクル』!!」






 甲高い子供の声が聞こえた。


 『アイシクル』は氷の魔法だ。

 その前に聞こえた『収縮』は何だ?


 巨大な影がジャックとヴィルヘルムの上に落ちる。

 ハッとして振り向いたジャックの目に飛び込んできたのは、鋭く尖った巨大な氷柱だ。


「貫けぇーーーーッ!!」


「っ、嘘だろ!?」


 とっさに逃げようとしたジャックの肩を氷柱が貫く。

 氷柱はそこで威力を落とすことなく、ヴィルヘルムの腹をも貫いた。






《な、な、な、なんと目まぐるしく展開が変わるのでしょう! 何やら魔法やら落とし穴やらでふざけているのかと思っていたジャック選手が、いつの間にか持ち変えていた武器、弓でヴィルヘルムを追い詰めた! かと思えば、今度はその2人を巨大な氷柱が貫いた!!?》


 何が一体どうなっているんだ!? と声を荒らげる実況者。


《いや〜、よく粘ったもんじゃのう》


 フォルトはその隣でのほほんと告げた。


 フォルトの視線の先にいるのは、たった今、岩山から飛び出してきた赤いローブを着た少年だ。


 そう、序盤から今の今まで、ずっと岩山に隠れてヴィルヘルムの動向を窺っていた彼である。



「……っ、やった! ヴィルヘルムをやっつけた!」



 バンザーイ! と両手を上げる彼。


 同じく岩山に隠れていたジェイドはそんな少年を見て、わなわなと肩を震わせた。


「て、テメェ、なに横槍入れてんだよ!? 今あいつが、ジャックがトドメを刺すところだったじゃねぇか!!」


 ジェイドの怒鳴り声に少年はビクリと跳ね上がった。身を縮ませて、怯えたようにジェイドを見る。


「で、でも、だってボク……」

「だってじゃねぇ!!」


 少年は「ひぅ」と声を裏返らせる。臆病な少年だ。こんな奴にジャックの作戦が覆されたのかと思うと、ジェイドははらわたが煮えくり返る思いだった。


《彼は――エシュ選手ですね。今回が3度目の参加です。魔法を主に使うプレイヤーですが……まさか『収縮』を使うとは。かなりレアなスキルですよね?》

《うむ。グリモワールを見つけた者のみが転職できる【学者】のスキルじゃ。魔法の攻撃範囲を極端に狭め、威力を上げることが出来る。魔力も余計に使うので、無駄に乱発せず、使いどころを見極めるのが大切じゃ。いやしかし、本当によう粘ったの〜》


 フォルトの声は、実に楽しげだ。


《ターゲットが何人ものプレイヤーに狙われていて、手を出したくなる瞬間もあったじゃろうに。まさに絶妙のタイミングじゃったな》


 実に見事じゃ。そう言って横槍少年エシュを褒めるフォルトに、ジェイドは眉間のしわを深くする。


 どう考えてもこの子供がしたことは卑怯なことなのに、何故フォルトは彼のことを讃えるのだろう。


《ジャックの敗因は、実際に勝つ前に「勝った」と思ってしまったことじゃな。わしは最初に言ったはずじゃぞ?





 他にも敵がおることを、忘れてはならぬぞ、とな》





「…………っ!」


 確かに言っていた。これはバトルロワイヤル、周りは全て敵なのである。


 自分が周囲のプレイヤーたちの隙を窺っているように、他のプレイヤーもこちらの隙を窺っている。


 そしてジャックは隙を見せてしまった。


 ヴィルヘルムを追い込んで、「勝った」と思い込んでしまった。


「はは……。反論の余地もねぇ……」

「っ、ジャック!」


 蚊の鳴くようなか細い声にジェイドは慌てて駆け寄った。

 ジャックは氷柱に貫かれつつも、まだかろうじて戦闘不能にはなっていなかった。


「おい、大丈夫か!?」

「んんん……瀕死。たぶん残りのHPは1桁」

「早く回復しろよ。俺と戦うんだろ?」

「おおう……」


 ジャックはもぞもぞと動いた。肩に氷柱が刺さっていて片手が使えないから、アイテムボックスを出すだけでかなり手間取っている。


 ヴィルヘルムは――これはさすがに戦闘不能だろう。腹部に深々と突き刺さっているし。


 アイテムを取り出そうとするジャックを見て、エシュが「あ……」と呟く。ジェイドはそんな彼を睨みつけた。ジャックの邪魔はさせない。バトルロワイヤルという形式上、エシュにそれをする権利があったのだとしても。


 ジャックはなんとか回復薬を取り出した。蓋を開け、あとは飲むだけ――というところで、横から薬を奪われる。


「は……?」


 ゴクゴクと喉を鳴らして、目の前で飲み干されるそれ。


 戦闘不能になっていると思われたその男は、「プハーッ」と息を吐き、灰色の目でこちらを見た。


「ごちそーさん」

「え、いや、お前、今、ええええっ!?」


 ヴィルヘルムは生きていた。しかもジャックの回復薬を奪い、回復した。


 マジかこいつ。はくはくと口を開閉させるジャックの気持ちは、痛いほどよく分かる。


 ヴィルヘルムはジャックと自分に突き刺さっている氷柱を引き抜いた。そしてその切っ先を、ジャックの顔に突き付ける。


 にやりと笑う顔は、邪悪そのもの。


「残念だったなー。あとちょっとだったのになー。あそこまで追い込まれたのは久しぶりだったから、さすがに焦ったわー。チビっこには感謝だなー」

「チビっこ!?」


 ガーンとショックを受けるエシュ。ヴィルヘルムはそんなエシュを見て親指を立てた。


 よくやった、と言わんばかりに。


 エシュは真っ白になった。


「ジャック、って言ったっけ? なかなか楽しませてもらったぜ」

「……っ、くっそー! 次は絶対に勝ってやるからな!」

「『次』ねぇ。いつになるかな。俺は今回勝てば5連勝で監獄を出られるんだ。しばらくは参加する予定もねぇよ」

「マジかよおい……!」


 つまりヴィルヘルムは、勝ち逃げする気まんまんだということだ。


「いい加減、回復アイテムの補充もしなきゃいけないしな……知ってるか? 犯罪者になると、店で買い物が出来なくなるんだぜ」

「知らねぇよ!」


 PKなどをして犯罪者になった者が店に入ると、通報されて、その場で捕まってしまうそうだ。


 おかげで現在ヴィルヘルムは、回復アイテムをひとつも持っていないらしい。


「だからって他人(ひと)のを()るな! つーか、それなら犯罪者にならなきゃいいだけの話だろ!」

「俺だって別に犯罪者になりたくてなってるんじゃない。好きに遊んでたら、犯罪者になっていただけだ」

「ああ……。『好きに遊んで』の内容が、PKとかの犯罪行為だったわけだな」


 マジかこいつ。いや本当にマジか。


 ヴィルヘルムはケラケラと声を上げて笑う。そして氷柱をジャックに突き刺した。


「じゃーな。また機会があったら遊ぼうぜ」


 そうして、ジャックは敗北した。

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