バトルアリーナⅧ
ヴィルヘルムが拳を振り下ろす。ジャックが刀で受け止める。ミーナがそこへ飛び込んでいこうとするのを、アルベルトは思わず引き止めた。
ミーナはアルベルトを睨めつける。
「邪魔しないでください!」
「いや、邪魔するよ! どうせまた無策で飛び込んもうとしているんだろ!?」
そんなものは自殺と同じだ。
いくらここがゲームの中で、死んでも復活できるのだとしても、そんなものを見過ごすわけにはいかない。
他の誰がしても構わないが、ミーナがするのは放っておけない。
「それならっ! 手を貸してくださいよ!!」
ミーナは叫んだ。叫んで、自分が叫んだことに驚いたような顔をして、片手で口を覆った。
「……今のは、無しです」
そんなことを言っても、一度口から出た言葉が消えることはない。
アルベルトは顔を歪めて、そんなミーナから目をそらした。
「それは無理だ」
何故なら、
「手持ちの草は全て使い切ってしまった」
アルベルトの武器は短刀で、攻撃力は頼りなく。他に戦闘で使えそうなスキルも覚えていない。
『隠密』で姿を隠して奇襲をしても、一撃で仕留めることが出来ないのだから、結局逃げるしかなくなる。
手を貸そうにも、今のアルベルトには“貸せる手”がないのだ。
「…………」
ミーナはあんぐりと口を開けて固まった。アルベルトは何だか申し訳ない気分になった。
ジャックがぼそりと「草」と呟いて、笑い出す。何がおかしいのか。まったく腹が立つ奴だ。
「……アル、ちょっとこっち来て」
ミーナがアルベルトの腕を引く。
「なんだ? ようやく諦めてくれる気になったか?」
「違うわよ! えーっと、ジャックさんだっけ? 少しだけ離れますけど、すぐ戻ってくるから! 私、逃げるわけじゃないですから!」
「おお分かった。戻ってくる頃には決着がついてるかもよ」
なあんてな、とケラケラ笑いながら言うジャック。ヴィルヘルムと戦いながら、よくもまあ軽口を叩く余裕があるものだ。
(ただ軽薄なだけか、それともやっぱり何か策があるのか……)
まあいい。それより今はミーナだ。
何の用があって離脱するのかは分からないが、せっかくの機会だし今度こそきっちり説得しよう。
どう考えても今のミーナにヴィルヘルムを倒すのは無理だし、アルベルトも手を貸せないのだし。
説得に応じてくれなかった時は……さて、どうしようか。
***
「……ってわけで、しばらくは俺が相手をさせてもらうぜ。ようやく1対1だ」
ジャックはにんまりと笑みを浮かべて言った。
ミーナやバジルに先を越されて仕方なく共闘という形を取ったが、やっぱりジャックも、出来ればヴィルヘルムとは1対1で戦いたいと思っていた。
しかしワクワクするジャックとは反対に、ヴィルヘルムは不服そうである。
「お前は一度、倒しただろ?」
「ふっふっふ、『男子三日会わざれば』という言葉を知らないようだな」
「三日どころか、まだ数時間しか経ってねぇよ」
レベル上げさえしてないだろう、とヴィルヘルム。ジャックは頷いた。そもそもジャックのレベルはカンストしてしまっているので、これ以上は上げようがない。
運営がさらなるレベル上限の解放をしてくれるまで、ジャックのステータスはアクセサリーやスキルなどを使わない限り、変動しないのである。
「2対1のほうが楽しかったのにな」
ヴィルヘルムは口を尖らせてぶつくさ言う。ジャックだけが相手では物足りないそうだ。
「いっそのこと、その辺に隠れている連中も加わって『全員対俺』でもいいぞ。そっちのほうが楽しそうだ」
「あっはっは。俺ってば舐められてる〜!」
ジャックだけではない。ヴィルヘルムのセリフは、ここにいる者たち全員を下に見た発言だ。それが許されるくらいに、ヴィルヘルムは勝って、勝って、勝ち続けた。
「まあ、そう言わずにさ」
実際に、ヴィルヘルムと普通に戦って勝てる奴はここにはいないだろう。
この鉄壁を打ち破るほどの攻撃力は、ジャックにもない。
可能性があったのはバジルの斧だが、だからこそ最初に倒されたのだろうと思う。投擲されたバジルの斧を、彼は慌てて避けていたし。
普通に戦えば、ジャックに勝ち目はない。
……普通に戦えば。
「『精神統一』」
ジャックの呟きにヴィルヘルムの眉がぴくりと動く。さっきまでの余裕な雰囲気は鳴りを潜め、空気が張り詰めるのが分かった。
やはり魔法は効果があるのか。でも、対策くらいは講じているだろう。それが分かっていながら、あえてジャックは放つ。
「『ロックブレイク』ッ!!」
ヴィルヘルムの足元に亀裂が走った。割れた箇所から勢いよく、先の尖った巨大な岩が突き出てくる。
《ジャック選手の『ロックブレイク』炸裂! 『精神統一』で威力を高めてある! だが、ヴィルヘルムは――》
ヴィルヘルムは割れた地面と共に弾かれた。そのまま重力に従い落下すれば、尖った岩山に貫かれ、ダメージを負うはずだった。
そうはならなかったのは、ヴィルヘルムが空中で光の盾を張ったからだ。
【騎士】のファーストスキル『聖盾』。
物理・魔法を問わず、あらゆる攻撃を防ぐ盾。
(やっぱり『聖盾』を持ってたか)
ジャックは驚かない。ヴィルヘルムが防御力を優先に上げていたという話を聞いた時から、もともとは【騎士】だったのではないかと思っていたからだ。
ステータスはレベルが上がった時に“どの職業に就いていたか”で伸びる能力が変わる。
防御力を上げるなら、【騎士】でレベルを上げるのが一番効率がいい。【騎士】はその身を盾として味方を守る職業だからだ。
「……一瞬警戒したが、この程度の威力じゃあ俺の盾は壊せないぜ」
ヴィルヘルムはにやりと笑って言った。そりゃそうだろうなとジャックは思う。
そんなことは分かっているのだ。
「『精神統一』」
「!」
「『サイクロン』ッ!!」
ジャックは間髪入れずに、今度はヴィルヘルムを囚える風の渦を発生させた。
物理・魔法を問わず、あらゆる攻撃を防ぐ『聖盾』に弱点があるなら、それは“ずっと出しておけない”ことだ。
『聖盾』には耐久度があり、攻撃を受けるたびにそれは減る。一度壊れたら、再び使えるようになるまでは時間がかかる。
『ロックブレイク』だけ、『サイクロン』だけなら、ヴィルヘルムの盾を壊すまでには至らないだろう。
だが先に使った『ロックブレイク』で発生した大量の石つぶてが『サイクロン』に巻き込まれて、ヴィルヘルムの盾を少しずつ確実に傷つけている。
「ついでに『罠作成』!」
まだまだ俺のターンだと言わんばかりに、ジャックは続けて【狩人】の『罠作成』を使う。
サイクロンの効果が消えてしまう前に、ヴィルヘルムの足元に大きな穴を作成した。
今はサイクロンの効果で体が浮いているヴィルヘルムだが、サイクロンが消えたら穴の中へ真っ逆さま、ということだ。
《こざかしい! やることがこざかしいです、ジャック選手! でもヴィルヘルムを穴へ落としたところで、ダメージはないはずですが……?》
実況者の訝しげな声。それもそうだな、と思ったジャックはついでに穴の中に爆弾を仕掛けた。
あとは待つだけだ。
ひと仕事を終え清々しい顔で汗を拭うジャックを、ヴィルヘルムは呆れた目で見た。
「本当にこれが俺に効くと思ってるのか?」
「ああ。そりゃあもう、バッチリでしょ!」
「……もうちょっと頭の回る奴かと思ってたんだが……」
いや、頭は回っている。ヴィルヘルムの想像しているのとは、たぶん違う方向に。
そしてサイクロンの効果が消え、ヴィルヘルムは穴に落ちた。爆発音が鳴り響く。ヴィルヘルムは無傷だ。
『聖盾』の耐久度は減ったが、壊れるには至っていない。
爆発で生じた砂煙が視界を覆う。何かが飛んできた。それはヴィルヘルムの『聖盾』を貫き、破壊した。
「は?」
飛んできたものを見る。
それは鉄製の弓矢だった。
ヴィルヘルムは困惑した。弓を扱うプレイヤーなんて参加していたっけ。昨日のチーム戦には、とんでもない弓の使い手がいたけれど。
視界が晴れる。ヴィルヘルムは目を丸めた。鈍く光る鋭い矢尻が、目の前にある。
「チェックメイト」
至近距離から弓を構えるジャックは、そう言ってにやりと笑った。