第75話 ヤンデレ幼馴染みと今度の行先
部屋でいつの間にか眠っていた俺はラミカに揺り起こされた。傍らではネフェミアが悠々とお茶をすすっており、どうやらかなりぐっすりだったらしい。
「おはよう。起こしてすぐで悪いけど、今後を話し合っておかないとと思ってね」
「そういうことらしいわ」
これからのことはなにも決まっていなかった。俺たちも、探そうとしていた命の王が簡単に現れてくれたおかげで、ベリア大陸まで赴く必要性もなくなってしまった。
ただ、一番不安を抱えているのはラミカだろう。
彼女曰く、アルカが無事に目を覚ましたらしい。だが一方で、フィリートは行方不明、そのうえ母国を出てどこかで隠れて過ごさなくてはならない状況だ。
俺はラミカの後ろ姿に対して、勝手にどこか不安げだなんて感想を抱きながら、先を歩くふたりについていく。
着いた先の部屋では、椅子に腰掛けてりんぜたち三人が待っていた。おはよう、と声をかけ、りんぜも笑顔でおはようと応えてくれる。どうやら彼女もしっかり眠れたようだ。
一方でモンブランには目が合った瞬間に逸らされたし、シルキィは俺の顔をまじまじと見つめたあとに首をかしげた。寝ている間になにかあったのだろうか。
「さて、みんな揃ったね。では早速本題だが……まずはラミカくんたちを安全な場所へ送り届ける」
ラミカと妹たちのことを解決するのがまず優先だ。そのためには、異種族に対する差別がなく、かつサクラの手が及ばないところが望ましいか。
俺がそれを呟いたところ、モンブランが候補を出してくれる。
「あの。翼の国はどうですか? ハーピー族は種族間の意識がほとんどありませんし、蕾や雫のように人の国と親密な関係にあるわけでもありませんから」
「さすがベル。引きこもりの私とは違って世間に詳しいね」
ぱちぱちと拍手をするネフェミアにつられ、俺とシルキィも軽く手を叩いた。拍手を向けられた彼女は嬉しそうにしつつも、ラミカの方を見る。
「ですが、翼の国は大陸西端部の大峡谷の奥にある国。暁や夜はもちろん、隣国の雫からの情報さえ流れてこないでしょう。フィリートさんを助けるには向かないと思います」
情報が入ってこなければ、まず助けに行くことも出来ない。だが、サクラの懐である人の国に潜り込もうとすれば、妹たちは今度こそ殺されてしまうかもしれない。
ラミカは頭の中で、双方を天秤にかけたのだろう。少し間を置いてから、頷いた。
「ひとりのためだけに、残りの全員を危険に晒すわけにはいかないわ。悔しいけど……あたしはフィリートの力にはなれないのね」
強く拳を握るラミカ。シルキィはその手をとって、彼女の瞳を見つめ、頷いてみせた。
「お姉さんたちがフィリートを助けるから、安心して。
アルカたちが言ってたの。フィリートはメイド服のヒトに連れていかれたって」
手がかりはそのメイドだ。あのサクラの傍らにいたメイドと同一人物だとすると、フィリートを誘拐させたのは人の国だということになる。
彼女を助けに行くのなら、サクラとの衝突は避けられないだろう。
「ってことは、打倒サクラさん! だね!」
彼女がなにを企んでいるのかはわからない。それでも、魔王覚醒者の命を無計画に狙う彼女ではないだろう。何らかの考えがあって、ラジエルとも手を組んでいるのか。
「次の目的地と最終的な敵は決まったわけだが、最大の問題が残っているよ。巫女姫サクラ、すなわち人の魔王覚醒者が天使と手を組んだことだ。
天使の力と魔王覚醒の力は共鳴し、増幅される……この意味がわかるね?」
十殻祖と十聖序は表裏一体の存在。対になる力が同時に行使された時、双方の力が膨れ上がる。つまり、あのとき放たれた天球奥義がさらに広域を破壊し尽くすものになる。
りんぜが相殺し、モンブランが盾になって、やっとなんとか生き残れたのだ。もしそうなれば、今度こそ消し飛ばされる。
「そうならないために手を打とう。
りんぜくん、きみはまだ魔王様の力を完全にものにしたわけじゃない。すべての十殻祖から力を受け継ぎ、完全なる復活を目指すんだ」
女神を宿した少女──黎夢との戦いの中で、りんぜは二度と元の世界には戻れなくなると忠告する魔王の声を聞いた。彼女がその声を受け入れたところ、角と尻尾が生えてきたという。
だが、ネフェミアによれば、これよりも先がある。この世界において頂点に立つ、創造の魔王の力だ。
「やるよ、私。圭くんのために必要なら」
即答だった。確かに、これから先さらなる強敵が現れるだろう。天使はラジエルの他にも九人おり、巫女姫サクラもまた立ちはだかっている。抗おうとするのなら、力は必要だ。
でも、強すぎる力には代償があるのだろう。すでに元の生活に戻るという逃げ道を捨ててしまった彼女には、もはや重要な選択ではないのか。
「そこは私を疑うところだろうに。力の果てになにが待っているのか、気にならないのかい?」
「私が怖いのは、圭くんと離れ離れになることだけだから」
きっぱりと言い切った。りんぜはそういう女の子だ。重たいくらいに愛してくれていて、愛のためになら立ち上がれる。
「……理解できないね。それが人を好きになることなのかな」
首を傾げて呟くネフェミア。少しだけなにかを考えていた様子だったが、そのうちに気を取り直し、更なる力を得る方法について話しはじめた。
「完全復活に必要なのは、さっきも言った通り十の力をそれぞれの種族の祖から受け取ることだ」
「でも、十殻祖の肉体はすでに滅んでいるのでは?」
「そのための魔王覚醒者だよ。祖と繋がっている彼らの肉体に、一時的に精神を間借りさせてしまえばいい」
りんぜの昏倒していた間に魔王が喋っていたあの時のように、魔王覚醒者の中に祖を降ろし、そこから力を分けてもらうということらしい。
「ものは試しだ。せっかくちょうど魔王覚醒者もいるんだし、やってみようか」
「……え、あたし?」
ネフェミアはラミカを取り押さえ、いったいなんなのかと困惑する彼女の額に触れるとなにか短い詠唱をおこなった。なにを言っているかは聞き取れなかったが、それによってかラミカは昏倒し、やがて纏う雰囲気ががらりと変わる。
銀色の闇が放つ冷たく静かな威圧感があたりに立ち込めて、俺たちの間には緊張が走った。
まさか、先程の詠唱で夜の祖が呼び出されたのか。
「あら、あたしを呼び出そうだなんて、信心深い人間じゃない。お礼なんて言ってあげないんだからねっ!」
いつものラミカとは声色が明らかに違う。普段の彼女ならば、こんなことは言わないだろう。なにが起きているのかと俺たちが置いてけぼりにされる中、ネフェミアが口を開く。
「やあ、リリス。きみの力を借りたくてね」
「なぁんだ、ネフェミアじゃない。相変わらずの美少女ね。
断る理由はないけれど、なにか悩み事でもあったのかしら?」
「そこのふたりを見てくれればわかるさ」
リリス、と呼ばれた彼女は振り返り、俺とりんぜのことを見た。特にりんぜの角としっぽをじっと見つめ、次に俺の顔を観察して、思わず目を逸らす。
「あんたが魔王様の選んだプレイヤーなのかしら。ふん、勇敢そうな顔しちゃって。
そっちの子は……あら、魔王様の角としっぽが生えてるのね。よくそこまでたどり着いているわ。ご褒美をあげないとね」
リリスは皮肉っぽく言おうとしているみたいだが、どうしても褒め言葉にしかなっていない。
そんな彼女は手のひらの上で黒い光の球が作り、りんぜの方へと向かわせた。それが完全復活へと繋がる力の一部であるらしく、りんぜの身体にぶつかると、彼女の持つ魔力の中へと溶けていった。
「これでいいのよね? ふんっ、あんたたちのことを応援なんてしてやらないんだから」
そう言って、彼女は再び昏倒し、今度はラミカとして目を覚ます。なにがあったのかわからないといった様子であたりを見回し、首を傾げた。
あ然としたまま、圧倒的な闇の気配はなくなり、あたりの空気は普段の生活に戻っていった。どうやら、まずはひとつ、夜の力が手に入ったようだ。
「とまあ、こんな感じだね。試しに夜の力を使ってみてくれ」
りんぜは言われた通り、周囲の魔力を銀色の闇へと変換し、自らの身体に纏わせる。いつもならば周囲に漂うオーラだけが変わるのだが、今回は衣装までもが変わるらしい。セーラー服がラミカの衣装のように飾り立てられ、銀色をあしらった上品なドレスへと姿を変えた。
これはつまり、継承は成功しているということの証明か。
「あの……継承の仕組みとか、そういうのはわかったんですが。全員分を集めないといけないって、本末転倒なんじゃ?
人の王の力も必要なわけですよね」
「さすがベル、鋭い指摘だ。ああ、この計画には欠陥がある。十の祖すべてということは、人の王も含まれるということだ。
でもきみたちなら、きっとやり遂げるんだろう?」
最後は投げやりだったが、どうしようもなく手詰まりという話ではないはずだ。
打倒サクラのために他の魔王たちの力も集め、りんぜのさらなる強化とする。それは必然的に各国を巡る冒険となり、それぞれの王と接触しなければできないことだ。
まずその第一歩として、翼の国を目指そう。
「よしっ、じゃあ翼の国に向かって全速前進だぁ!」
首長竜が俺の声に反応してなのか吠え声をあげ、大海原に響いた。
その残響もまた、冒険の予感を運んできてくれる。




