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第7話 ヤンデレ幼馴染み、獣の村へ

 船に揺られて数時間もしないうちに、いつの間にか俺たちは小さな島へとたどり着いていた。


 シャフリマ曰く、今日は波が小さいほうで、おかげであっさりとたどり着けたという。

 ふだんはもっと水棲の魔物や高波が行く手を阻むらしく、あまり遠く感じないのは自分たちが幸運だっただけのようだ。


 船着場のすぐそばには、そう大きくない村が存在している。

 が、空き家が多いらしく、人々の活気があるようには感じられなかった。

 時おり家々から顔をわずかに覗かせる者は警戒心を剥き出しにしており、歓迎されているとはとうてい思えない。


 少女が不安がっていたのも納得だ。この場所がこうも暗くて、冒険者を受け入れようとしていないのを、彼女は知っていたのだ。

 どこかそれだけではないふうにも思えたが、彼女にそれをたずねる間もなく、シャフリマたちは迷わずどこかへ歩いていってしまう。りんぜと俺も慌ててついていく。


「なんだか嫌な感じ」


 隣で呟かれたりんぜの言葉には頷くしかなかった。雰囲気が重々しくて居心地が悪い。モンスターに悩まされているだけで、ここまで暗くなるものなのだろうか。


 シャフリマたちが赴いた依頼主の屋敷だという場所は、これまで作りの荒い木造だった街並みには似合わない大きさをもっており、まさに金持ちの家といったふうだ。

 依頼主として俺たちを出迎えたのも、獣耳がついた種族ではないふくよかな男だった。

 へらへら笑いの青年が挨拶すると、彼は布きれで汗を拭いながら答える。


「よく来てくれたねえ、ジャリルくんたち。おじさん今ちょっと困っててねえ」


 そういえばあの青年、名前はジャリルといったのか。いまはじめて聞いた気がする。


 それはそれとして、おじさんの話によると、この島にはモンスターもある程度生息しているらしいのだが。

 最近、そのモンスターのうちある種類の群れが凶暴化しており、よく人が襲われているのだという。

 現に彼自身の召使いである者にも被害が出ており、困っている様子だった。


 原因は集落の規模が拡大して彼らが人と接触しやすくなったことと、もしかすると人間の味を覚えてしまったからかもしれない、とも話す。

 元いた世界の野生動物と変わりないようにも思えるが、相手はモンスターだ。状況は熊よりも危ないかもしれない。


「それで、場所はどこですの?」


 シャフリマの問いに、彼は依頼の紙に記された魔法陣から地図を呼び出すように言い、道筋を教えてくれる。

 敵はふだんなら森の奥に潜んでいるそうで、目的地は決定した。


「じゃ、みんなよろしく」


 ここでジャリルと獣の青年だけは用事があるらしく、いったん離脱するという。

 俺、りんぜ、シャフリマ、そして少女の四人での出発になり、依頼主らしいおじさんとは別れた。


 そして、歩き出してからすぐ。

 よく木漏れ日のさす心地のいい景色が広がる、目的の森へと到着した。

 さっきの村の陰鬱な雰囲気とは異なり、手つかずの緑たちが生い茂っているのが爽やかに見えてくる。


「さぁ、勝負をいたしましょうか。

 目的のモンスターの名前はニワトリック……赤いとさかに白い鱗が特徴ですわ」


 ニワトリック。間抜けなネーミングだが、確かにあの村の人々を困らせているのだろう。


「そのニワトリックを倒せばいいの?」


「えぇ。依頼が書かれた紙にかかった魔法なら、討伐数も記録してくれますから、安心してお一人で戦ってくださいませ」


 シャフリマのいう勝負とは、依頼が達成になるまでに倒したニワトリックの数で競う、ということらしい。これなら依頼もこなしつつ実力を比べることもできる。

 りんぜの準備もできているようだ。手足を伸ばす体操を軽くして、彼女は集中した目付きとなった。


「やるからには勝つつもりでいくよ!」


「おう……あ、必殺技はなるべく温存するようにな、また倒れちゃうからさ」


「圭くんがそういうなら、とっておくよ。じゃあいってくるね」


 りんぜのことだから、別れて一人で戦うのを嫌がるかと思ったのだが、勝負には乗り気らしい。

 ふたりそれぞれが討伐へと乗り出し、その場に残ったのは俺と獣耳少女のふたりっきりになった。


 シャフリマとりんぜの勝負が終わるまで、俺たちはなにをしていればいいのだろう。

 ここは魔物がうろついている森で、間違いなく危険地帯だ。りんぜかシャフリマについていった方が安全だったろう。

 そうしなかった以上、村に戻るのが最善手か。


 険しい表情のままじっと待っている少女の傍らでそんなことを考えて、俺は彼女に話しかけようとする。


「あ、あのさ。そういえば、名前聞いてなかったなぁなんて」


 ずっと獣耳の彼女では呼びにくいわけで、教えてくれないかと思うと、斜め上の答えが帰ってきた。


「そうですね。私たちにとってそれは大人の証……一人前になったときに与えられるものです。

 私はまだ子どもですから──っ!」


 話の途中で、彼女の耳がぴくりと動く。何かを聞き取ったようだった。

 俺は話しかけるのをやめた。空気が張り詰めているこの状況で、話しかけたらまずいような気がした。

 無言で頷き、彼女はいったいなにがあったのかを小声で話す。


「足音です……誰か、こっちに来ます」


 彼女のこの反応をみるに、りんぜやシャフリマではないだろう。だとしたらモンスターか。

 戦えないなりに逃げる心の用意をして、少女が見つめるのと同じ方を注視していると、やがて草むらががさがさと揺れる。


 そうして奥から現れた人影は、ひとりの少年のものであった。

 少女と同じ獣耳の種族であるらしく、彼のそれは獅子のものに似ている気がする。

 また、形は異なっているものの、りんぜと似た赤い紋章が瞳に刻まれていた。見たところ、猛獣の爪痕だろうか。


 それよりも、彼はかなり衰弱している様子で、目立った怪我こそないものの膝下はなんと石になってしまっている。

 実際目にすると、心底気味の悪い光景だ。人間の身体が、ある場所から全部体温すらないものに変わってしまっている。


「助けてみせます」


 俺が呆然と立ち尽くしている傍らで、彼女は冷静に魔法の行使をはじめている。

 俺に使っていた魔法とは違う黒い光が溢れ、彼女の意識が指先へと集中し、光の中で治療が始まる。


 少女の手が彼の足をゆっくりと撫でていき、その身体は少しずつ自由を取り戻していく。

 すると、同時に意識も回復してくれたようで、少年は飛び起き、その青い瞳を開いた。


「大丈夫ですか……?」


「オレは大丈夫そうだ、オマエたちが助けてくれたのか?」


 少年は足首を回してみたり、その場で軽く跳ねたりと、さっきまで固まっていた身体がちゃんと動くことを確認しつつ尋ねる。

 控えめに少女が頷くと、それを見た彼は笑顔を見せ、ありがとなとお礼を言う。


「オレの名前はレイジ。王になるための旅をしてる。オマエたち、名前はあるか?」


「俺は圭だ。よろしくな、レイジ」


「おう! 仲良くしような、ケイ!」


 レイジと名乗った少年は、手を差し出して握手を求めてきた。

 どうやら彼の場合は手にも獣要素が強いみたいで、握手の瞬間には鋭い爪や毛の中に埋もれた肉球が俺の手にあたった。

 爪先は触れるだけで刺さってしまいそうな一方で、肉球はやわらかく、感触はネコ科のそれだ。


「オマエはどうだ?」


「い、いえ、私はなくて……」


「まだまだこれからってわけだな。がんばれよ」


「あ、はっ、はい」


 そうして少女とも握手をすると、レイジはあたりを見回し、頷いた。


「ここ、入口のところだな。なんとか戻ってこられた」


「戻ってこられたって?」


「ここの村のニンゲンに後ろからぶんなぐられて、気がついたら森の中だった。

 歩いて帰ってこようとしたんだが、モンスターどもに足をやられて、気合いで走ってくるうちに気を失ったってわけだな」


 足を石化させられてなお気合いで走れるのに驚きだが、村の人々が彼を襲い、森の奥に放り捨てたというのも大事件だ。

 魔物が巣食っていることはわかっているのだから、そうなってくると明確な殺意があったと考えるほかない。


「なんだかきな臭くなってきたな」


「オレは村に戻って文句をつけてくる。ケイたちはどうする?」


 石化を使ってくるモンスターが相手と考えると、りんぜとシャフリマのことも心配だ。

 だが同時に、村のおかしな様子も気がかりである。


 俺はまずレイジにりんぜたちのことと依頼のことを話し、それから決めることにする。


「そうか、ニワトリックの退治に。ならば村の問題に集中できるな。彼女たちは強いのだろう、なら心配いるまい」


 りんぜのことは心配だ。だが、彼女だって、今はシャフリマと真剣にぶつかりあっている。

 だったら、俺も俺でがんばらないといけないのではないか。

 無論、りんぜの手を借りずに。


 そう考えると、俺がするべきは、少女とレイジとともに村へ戻って問題と向き合うことだ。

 意を決して、彼にもその意思を伝えると、大きく頷きながらの返事がかえってきた。


「ならば行こう、オレたちの王道を!」


 自分を急に襲い、モンスターのいる森へと投げ捨てた相手がいる村へと帰るのに、レイジは動じている様子を見せない。


 不安げなのは少女と俺のほうで、彼が先頭に立ち、ずんずん歩いていくのを追いかける形になったのだった。

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