第61話 きつねみみの少女と幽霊屋敷
依頼もない日であるはずなのに、俺たちはわざわざ街外れまでやってきていた。目的は、そこに取り残されたようにぽつんと立つぼろぼろで陰鬱な建物。通称、嘆く魂の家だ。
噂によると、ここには幽霊が出るらしい。なんでも、この家に取り残された女の子が孤独なままこの世に恨みを残して死に、その魂が今でも嘆き続けているんだとか。
「だったらなんで鎧が動くなんて噂が出るんだろうな」
「さあ……?」
目の前にしてみると、屋敷は思ったより大きく、また庭先は手入れされているらしかった。石畳が磨いてあり、雑草の姿はない。建物は剥がれた外壁などをそのままにしてあるだけに、雰囲気が損なわれている気分になる。
誰か管理している者がいるのだろうか。
それが幽霊なのか生きている人間なのかは定かではない。屋敷にお邪魔して確かめるほかないだろう。
「ねぇねぇ、はやく行こうよ!」
シルキィは提案した本人だけあり、なんだか楽しそうにしている。魔法の研究のためだと言っていたので、そのあたり知的好奇心が勝っているのだろう。
一方、りんぜとモンブランはなにか複雑そうな表情をしていた。お化けは怖いけど、俺とシルキィにはついていかなければと思っているに違いない。ちょっと可哀想だが、ずっと喧嘩しているよりはいい。
門をくぐり、石畳を渡り、重い扉を開く。ぎしぎしと鳴らしながらゆっくりと内部が見えてきて、想像の通り荒れた室内であることがわかった。
まだ朝なのに薄暗く、ところどころ床が抜けていて、家具は散乱している。
その家具や床の穴を避けた場所を辿っていくと、どうやらひとつの扉に辿り着くようである。偶然か作為的にか、順路に誘導されているかのようにも見える。
「こっちへおいで、ってことかな?」
シルキィは迷わずに進んでいく。俺もその後に続いた。さすがに彼女を一人にしておくのはまずいだろう。
後ろのりんぜとモンブランは周囲をしきりに警戒しながらくっついてきて、四人揃って次の扉をくぐっていく。どうやら廊下が続いているみたいだ。
「ふひひっ……」
何者かがくすくすと笑う声がした。モンブランの狐の耳がぴくりと反応し、慌ててあたりを見回す。
「も、もうっ、シルキィお姉さんってば、驚かさないでくださいよ」
「私じゃないよ?」
「じゃ、じゃありんぜさんですか」
りんぜが首を横に振り、モンブランの視線は俺に向いた。
「……圭さんの裏声とか」
「いや、明らかにないだろ」
「だったら誰なんですか!?
ま、魔法で遠隔的に声を響かせているのなら相応の魔力の波長があるはずですしそれなら私でも気づけますし、だいいちそんな魔法は演算が非常に難解で、並大抵の風魔法では」
「ここだよ……」
「なぁんだ絵画さんじゃないですか。喋る絵画くらいなら普通……え?
しゃ、喋った!? 喋りましたよ、絵なのに、絵なのに!」
声の元は壁に掛かっている少女の肖像らしい。絵の中の彼女は瞬きをして唇を動かし、モンブランに話しかけていた。
魔力をこめれば画像が浮かび上がるメニュー表があるため、これが魔法道具である可能性はある。しかし、俺たちは誰も触れておらず、魔力も使っていない。発動させた何者かがいる。
「ようこそ『嘆く魂の家』へ。ふひひ、楽しんでいってね……」
「待ってくれ。お前、何者だ?」
「私? 私はね、この屋敷の主『嘆きのチェイテ』……」
嘆きのチェイテ。その名前には聞き覚えがある。屋敷に取り残された少女の名だ。この声の主が幽霊である、と考えてよさそうだ。
「おいで、おいで。私のパーティに招待したげる……ふひひ……」
薄気味悪い笑い声をあげると、その後絵画の少女は動かなくなり、どうやらもうそこにチェイテはいないらしかった。
「……圭くん、本物だよ、本物」
まだ先に行くつもりなの、という視線を向けてくるりんぜ。元からホラーが得意ではないことは知っていたが、本物に出くわしたとなると逆に冷静になるらしい。モンブランのように取り乱さず、裾をすごい力で掴んでくるだけだ。
この先の廊下は一本道だ。横の部屋は徹底的に家具やボロ布で塞がれている。チェイテによる誘導なのだろう。
シルキィはチェイテの登場にいっそう胸を躍らせながら、軋む廊下を歩き出す。俺たちがそこについていくのは、先程と同じだった。
次の扉を潜ると、どうやらそこは食堂になっているらしかった。先程の廊下よりも明らかに広く、中央には長いテーブルが鎮座している。
皿とフォークとナイフがしっかりと並べられており、部屋の隅にはグランドピアノらしき楽器、天井のシャンデリアといかにもポルターガイストが起きますといった雰囲気である。
さらに怪しいのはなぜかずらりと並んだ鎧たちで、噂にあった動く鎧とはこいつらのことだと察しがつく。
「ふひひ……はじめようか、私たちのパーティ」
チェイテの声の直後、シャンデリアを吊り下げていたチェーンが切れ落下してくる。派手な音を立ててガラスとテーブルが割れ、破片が巻き上がる。
それを合図として、室内のものが一斉に動き出した。
食器は直接危害を加えようと高速の追尾を開始する。咄嗟に身構え、襲ってくる皿は叩き割るが、破片になってもまだ諦めてはくれない。さらにはフォークやナイフまでついてくるのだから、走って逃げるほかにない。
すると、待ち構えていた鎧たちが各々の武器を手に立ち塞がってくる。しかし走るのをやめれば背中に食器が突き刺さるのは明白だ。
咄嗟に闇の魔力の剣を出現させ、鎧を切りつける。だが表面に傷がつくだけで、膝をつかせることも叶わない。歩みが止まり、背後から刃が迫る。
「圭さんッ!」
モンブランが俺に飛びついて庇ってくれるが、それは自らの身体で凶器を受けることだ。彼女の背中に銀色が突き刺さり、鮮血が飛び散る。
「大丈夫か!?」
「ちょっと、痛いだけです。それよりまだ来ます……!」
振り返ると鎧たちは俺とモンブランを狙って動いている。集団で移動してくるため向こうは見えず、りんぜとシルキィがどうなっているのかはわからない。加えて食器たちはまだ追いかけてくる。倒れている暇はない。
「……っ、こっちです!」
モンブランに手を引かれ、なんとか体勢を立て直して再び走る。目指すのは箪笥で塞がれている扉の向こうだ。思いっきり剣を振り抜いて、箪笥ごと扉をぶち抜き、室内に飛び込んだ。
今度は破壊できて幸いだった。闇の魔力で壁を作って壊した扉の代わりにして閉じこもる。
これで少しながら猶予ができただろう。
「モンブラン、回復できるか?」
「は、はい……刺さってるものを抜いてもらえれば簡単です」
彼女の言う通り、背中に刺さってしまった破片を引き抜いていく。そのたびに血が飛び散る。
モンブランは歯を食いしばって耐え、回復の魔法で傷を癒していった。
「なんだか、ラジエルとの戦いを思い出しますね」
巨大な蜘蛛の巣と一体化したラジエルとの戦いでは、光線を放ってくる相手に対しモンブランとふたりで建物の影に隠れていた。
あの時は遮蔽物まで破壊されてしまったし、今回もいつ突破されるかはわからない。俺は警戒を続ける。
そんな中、彼女がためらいがちに口を開いた。
「あの……圭さん。その、こんな時にごめんなさい。でも、いま言わないと、もう言えない気がして」
気の利く言葉では返せない俺は、黙って次の言葉を待つ。
そして、モンブランは深呼吸をひとつしたのち、心の内を声に出した。
「私は……あなたのことを忘れてしまうかもしれません。
それでも、今ここにいるモンブランは──あなたのことが、好きです」




