第5話 ヤンデレ幼馴染み、激闘
マッチョな巨漢の姿をした討伐対象、コアトルティターンとの戦闘が始まろうとしている。
敵は人間よりもはるかに大きく、洞窟の天井に頭が届きそうなほどだ。
彼女は、そんな相手にも臆する様子はない。
りんぜが前に歩み出ていきながら、俺のほうに顔を向け、圭くんはそこで見守ってて、と微笑んだ。
幼馴染の少女をここまで連れてきておきながら戦闘を任せるなんて、それでいいのかとも思う。
けれど、りんぜは続けて、こう言ってくれた。
「私は勝手についてきただけ、勝手に圭くんを守りたいって言ってるだけだもん。
圭くんが私を受け入れてくれるなら、私はどんな圭くんだって大好きだよ」
それはまるで告白のようで、りんぜの頬は少しだけ、ほんのりと恋をした少女の色になっていた気がした。
俺が彼女に声をかけようとする前に、その身体は動き出す。目の前の敵をめざして地面を蹴って、紫の軌跡が尾をひいていく。
それを攻撃行動と認識したのか、巨漢は反応し、彼女目掛けて拳が振り抜かれた。当然彼女には命中せず、洞窟の壁が抉られる。
その隙に、少女は脇を抜け、背後へと回り込む。打撃を叩き込むべく構え、一気に飛び込んでいく。
しかし敵だって簡単にはやらせてくれない。巨体とは思えないほどの速度で反応し、りんぜの風を纏った拳と自らの拳を激突させて相殺した。
空気が激突の余波でびりびりと震え、俺は思わず腕で顔を隠した。衝撃波により、洞窟は心なしか揺れているように思える。
あれだけの筋肉の塊とぶつかり合って傷一つないりんぜにも驚くべきだが、確かにボスだけあって一般のモンスターとは身体能力が桁違いらしい。
攻撃を相殺され勢いを失ったりんぜに向かって、彼女が次の行動をとるよりも先に刃となった翼膜で切りかかっている。
その攻撃によって、地面に鋭利な傷跡ができる。翼膜はりんぜの身体に当たることなく、彼女のかかと落としによって地面に叩きつけられたのだ。
攻撃に使われた左腕には多少のダメージが傷としてみえる。
刃を用いれば深々と抉れる一方で、こうして叩きつけられると地面に突き刺さり、身動きがとれなくなっている。
これを好機とみて、りんぜは上腕二頭筋へ蹴りを二発お見舞いし、大きく血を滲ませる。
それでも血を滲ませただけだ。破壊には至っていない。
好機はそこで終わり、今度は相手の番がやってくる。
いまだに刃が突き刺さっている左腕を、コアトルティターン自らが刃を引きちぎることで解放する手をとったのだ。
右手でりんぜを払い除け、彼女が回避した隙に力任せに行って、相手は再び自由となる。
素早く動くことが可能になるや否や、りんぜを標的とした打撃が始まる。
彼女の回避が追いつかなくなるまで追いかけて、次々に繰り出される。
洞窟の壁に、床に、天井にクレーターができ、削り取られていくつもの岩石が転がった。
やがて、りんぜは崩れ落ちてくる岩石の回避もまた強いられることとなり、コアトルティターン以外の動く影にも注意を払わなければならなくなっていた。
岩石は殴れば砕くことが出来るが、その一瞬のうちに敵は追いつこうとしてくる。
あれをまともに受ければ危険極まりないのは、眺めているだけの俺でもわかることだ。
パンチの嵐が続く中、ある時りんぜは危険を顧みずに敵の懐へと飛び込もうと考えたらしい。
捕まえようとする左腕をすり抜けることに成功し、胴体へと鋭い蹴りを叩き込む。
りんぜの一撃を筋肉の鎧では受けきれず、コアトルティターンの脇腹は大きく凹み、その勢いのまま吹き飛ばされて壁に激突する。
だが考えがうまくいった一方、被弾の瞬間に反撃の拳が振るわれており、りんぜの身体には大きな衝撃が走っていた。
さすがのりんぜも耐えきれず、ほぼ同時に、お互いが壁に新たなクレーターを作ることになる。
「りんぜッ!」
幼馴染の体を案じて、俺はつい叫んでしまった。
幸い、彼女はいくらか土埃が服や素肌に付着しただけで、目立った外傷はない。
すぐに体勢を建て直し、同じように立ち上がったコアトルティターンとは睨みあいになる。
胴体への攻撃は確かに効いているが、致命傷にまでは至っていない。
右腕はまだまだ健在で、反撃を何度も受けていればりんぜも無事ではすまない。
どうすれば彼女を助けられるのか。
考えても、今の俺にはこれしか思いつかない。
近くにある手頃な石を拾って、全力であのマッチョ目掛けて投げつける。
「こっちだ、この筋肉ダルマ!」
石は嘴のあたりに命中し、その光る眼がこちらへと向く。邪魔者だと、しっかり認識してくれたようだ。
相手の注意をひくことには成功した。これから先は考えていないけれど、怪我をしても幼馴染を守るためなら誇れる傷だ。
巨体が先にこちらを潰すため、身構え、走ってくる。俺も必死で走って逃げるが、正直一般人の走力でなんとかなるものではない。
どうにか広間の入口にまで滑り込んでいけば、もしかしたらあの巨体では入ってこれないだろうが、そこまで逃げおおせるかは怪しい。
でも、俺には、護ってくれると言った少女がついている。
「『白痴なる残酷』」
暴風が巨体を押し留め、その隙に竜巻となったりんぜが右腕を貫いて、派手に爆発させる。
自慢の筋肉や刃も必殺技を耐えるのは不可能だったようで、爆炎のあとには原型すら残っていなかった。
必殺技を撃ち終わり、りんぜは俺の隣に着地した。なにやら不機嫌そうな表情であり、俺の方にずいと顔を寄せてくると、
「もう、無茶しないでよ、圭くん。私は圭くんに傷ついてほしくないんだから」
「いやその、ごめん。りんぜを守らなくちゃって、頭がいっぱいでさ。
俺も、りんぜには傷ついてほしくない」
「……! えへへ、嬉しいな。圭くんが私の心配してくれちゃうなんて。
よぉし、じゃあ必殺技パート2! 見せちゃうね!」
言い訳をしていたら、機嫌を取り戻してくれたのか、嬉しそうに再び構え始めるりんぜ。
そこから放たれるオーラは黒い風ではなく、真っ白な炎に見える。
エネルギーの奔流であるそれらはりんぜの手に宿り、鋭く伸びる爪のようになり、まるでその手は竜の拳だ。
「『無限なる貪欲』」
片腕を失い怯むコアトルティターンに向けて、白き炎が形作る竜の拳が突き刺さり、その身を焦がす。
侵入した熱は全身を内側から破壊し尽くし、貪欲に、犠牲者が消えてなくなるまで爆発と炎上を繰り返す。
りんぜの攻撃を耐え続けてきた相手でも、繰り返される破壊の暴虐には為す術なく体が崩壊していく。
その巨体のシルエットが崩れ、真っ白に燃え尽きていき、ついには頭骨と嘴のみを残して消滅してしまった。
「倒した、みたいだな……!」
「うん! あ、倒した証明に、あれ持っていかないとね……って、おっとと」
標的の撃破を喜ぶりんぜだったが、今日だけで必殺技を三度も使用したせいかふらついている。
咄嗟に肩で支えると、彼女が今まであの巨大な敵と戦っていたとは思えないほどに軽くて、やはり彼女も少女に変わりないことを実感させられた。
「寝れば治ると思うから……ごめんね……」
さ彼女は目を閉じるとすぐに脱力し、俺に体重を預けてくる。眠ってしまったらしく、安らかな寝息を立てていた。
さて、問題はというとここからだ。
証明にコアトルティターンの頭骨を持って帰ったほうがいいのだろうが、俺ひとりで持って帰るには大きすぎる。
なにせ、嘴だけでゆうに俺の身長を超える大きさなのだから、女の子をひとり乗せているのに運べるとは思えない。
だからといって、りんぜが目覚めるのを待っていたら俺まで眠ってしまいそうだし。
そんなことを考えていると、洞窟の入口のほうから、獣耳の二人組がやってくるのが見えた。
回復魔法の少女と、さっき命じられて襲いかかってきた彼だった。
双方とも驚きの様子で、眠っているりんぜとコアトルティターンの頭骨とを交互に見ている。
「……すごい。まさか、本当にたったふたりであのモンスターを倒してしまうだなんて」
戦ったのはりんぜ一人なんだが、四人パーティが推奨されているのはこういった魔物を前に助け合うためか。
俺も、彼女の助けになれるようにならないと。
いやそれよりも、いま問題なのはどうやって街まで戻るかのほうだった。
「あの。先程は申し訳ございませんでした……本当に。せめて、なにかお手伝いできることがあればと思って来たのですが」
「えっ、いいの?」
なんといいところに来てくれたのだろうか。ちょうど、力持ちがいてくれると嬉しいと思っていたのだ。
「あいつの頭骨を持って帰りたいんだけど、疲れ果てて寝ちゃったみたいでさ。起こすのも可哀想だから、どうしようと思ってたんだ。手伝ってくれないか?」
そう頼むと、少女も青年も頷いてくれて、すぐに運搬に取り掛かってくれる。
これで初めての依頼は達成だ。
街に戻って報酬を受け取ったら、ひとまず休憩して、りんぜと一緒に街を回れたらいいな。
なんてことを考えつつ、俺は自分の背中で眠っている幼馴染の寝息を聴きながら、帰路についたのだった。