第48話 ヤンデレ幼馴染みと湯けむりの交流
りんぜは温泉での交流にあまり乗り気ではなかった。理由は簡単だ。彼女自身が抱えるコンプレックスである。
それは──胸だ。
今まで出会ってきた異世界人はなぜかやたらと目に付いた。特にシルキィは元の世界でもなかなか見ないくらいだったし、モンブランも幼い容姿に反してしっかりと発育している。
シャフリマ、ゼフィランシア、果ては千鳥羽黎夢。今まで立ちはだかってきた誰もが明らかにりんぜよりも大きかった。
別に、大きいからといって何だという話だ。肩が凝るし、邪魔だという話も聞いたことがある。
でもなによりも気になるのは、圭の視線が明らかに胸元に吸い込まれているときだ。
胸が小さいからといって、彼がりんぜを捨てるような男ではないのは知っている。
けれど、いつもりんぜの心に生じるのは謎の敗北感だ。
よって、みんなで温泉に入るのには乗り気でなかったのだが。
「どうかいたしましたか、りんぜ様」
脱衣所で考え事をしていたところ、声をかけられてしまった。他のみんなはもう行ってしまった、ということを言いたいらしい。
ゴーレム族、械の王ことセレスタ。彼女は会議の直前、圭に視線を注がれていた。
顔立ちや立ち振る舞いもロボット然としたものだったが、こうして服を脱いだのを見てみると、本当に機械パーツが露出している。
そして、メカゆえに必要ないのだろう、胸部に膨らみはなくなだらかであった。
「そのように見つめられても対応しかねますが」
「あ、ううんなんでもない。でも……聞いていいかな。ゴーレムも、胸のこと気にするの?」
セレスタは少し考えると、こう答える。
「生まれ持った身体なので……特には。我々は成長をしませんから、そうして一喜一憂できるのは少し羨ましいことですね」
胸の大小以前に、彼女たちには成長そのものがない。残念ながら、同じコンプレックスを抱いていることはなさそうだ。
そろそろ行こうかとあたりを見渡すりんぜ。するとハーピーの少女が困った様子でいるのが目に付いた。
りんぜはそちらへ赴き、困っている彼女に声をかけた。
「ねぇ、ご飯の時に圭くんと話してた子だよね。なにかあったの?」
「……ま、魔王は我に試練を与えた。翼は風を纏うがゆえに大海を嫌い、渦は自由を地に落とす」
ハーピーの少女、イグルの答えは難解であった。
試練とはなんのことだろう。りんぜの中で魔王がまったく身に覚えがないと言っている気がする。
セレスタは目を発光させてその機能を使い、すぐに検索結果を弾き出した。
「データベースを参照しました。ハーピー族は温泉に入ると羽根の表面の油が落ちてしまい良くないので、魔法でコーティングするようです」
ハーピーたちは水浴びをするものの、お湯はよくないみたいだった。
半分は人間なので温泉を心地よく思う感覚はあるらしいが、翼は浸からないよう魔法を使わなければならない。
「その魔法が使えない、ってことかな」
イグルは恥ずかしそうに頷いた。そういうことなら、魔王の力でなんとかしてあげられないだろうか。
「セレスタさん、そのコーティングって、どんな感じだか教えてくれる?」
「属性は風です。微細な風の流れで押し寄せてくる水を跳ね返し続ける、とかなんとか」
そこまで繊細な魔力の操作はシルキィの得意分野のはずだが、彼女はもうお風呂に行ってしまった。この場にいるのはりんぜとセレスタだけだ。
悩んでいては、身体が冷えるだけである。まずはやってみなければ。
りんぜは自らの周囲に黒い風を集めて、翼の魔王の力を宿した。イグルがおじい様と同じ力だと呟き、セレスタは表情を変えず見守ってくれている。
少女を包み込んで、優しく守るそよ風。そんなイメージを固めて、その通りに出力していく。イグルのふかふかの翼に纏わせて、しかし常に流れ続けるように。
ものすごく集中力を要する作業だったが、魔王の力にかかればイメージ通りの出力もそう難しくはない。イグルの羽根はわずかに黒い魔力のオーラを纏うようになり、試しに魔法で出した冷水をかけてみると完璧に弾いた。
「うんっ! うまくいったみたい!」
りんぜの声に、ぱあっと表情の明るくなるイグル。こうしてみると、ちょっと内気な妹ができたみたいで可愛らしい。
……圭が彼女を気にかけていたのも、こんなふうに思っていたからだとすれば、気にならない。はずだ。
「……礼を言わせて欲しい。ありがとう」
翼をたたんで、深いお辞儀をされた。
そのときふと目に付いた胸元は平坦で──りんぜは少し安心してしまったのだった。
◇
一方のシルキィはというと、りんぜよりも先に温泉に連れていかれていた。
現在、彼女はリーザとサクラふたりに挟まれながらお湯に浸かっているが、常に両方に絡まれているので動けずにいる。
「ほんとおっきいよね、シルキィちゃん。何食べたらこうなるの?」
リーザにつっつかれた。
「はい、私は見たことがないくらいですし……ここまで来ると水に浮くんですね」
サクラにもつっつかれた。
食生活はといえば、自宅の妹たちに作ってもらう料理とりんぜやモンブランが作ってくれる料理くらいだ。
暁を出てからというもの、シルキィの胸を気にかける者はとっても多くなった。圭の視線、りんぜの視線。どっちもなんだかむずむずする。
大きいのが、そんなにおかしいことだろうか。
「あ、あの、お姉さん、そんなに触れないでほしいな、っていうか」
胸のあたりの話題については、反応に困るので得意ではない。リーザにそう伝えると、笑われつつも確かに聞き届けてくれた。
「わかったわかった、けどずいぶん箱入りだったんじゃない? ほら、エルフの方が気にしてる人多いと思うんだけどなぁ」
「そうですね、確か種族の平均値で言えば最低だとセレスタが言ってました」
確かに、思い返してみれば道行く人でシルキィと似たような体型の人はいなかった。
それが言われるまでわからなかったのは、たぶん引きこもって魔法の研究をしたりラミカや妹たちとしか遊んでこなかったからだと思う。
「そうだ、ラミカ……夜の王って、出席しないんですか?」
「残念ながら、現れることはほとんどありませんね。ヴァンパイアたちは特にプライドの高い種族ですから、忌み嫌うエルフや他の人間と対等に話し合うのは苦手なのかもしれません」
話を逸らそうとそのまま口に出した疑問だったが、サクラの言うことはシルキィにとって首をかしげるものだった。
今まで接してきたヴァンパイア族は、ラミカと妹たちだけだ。
過去に戦争があったことも理解しているし、夜の国ではいまだに反暁の声が大きいのもわかっている。
けれど、少なくともシルキィと一緒に過ごしてきた少女たちは違う。
それを口に出すと、リーザがそっかと微笑んだのに対し、サクラは心配そうな顔をみせる。
「……そうですか。確かに妹さんたちはいい子でしょうが、だとしたらエルフからもヴァンパイアからも疎まれる可能性はある。
そうならないよう、お姉さんが守ってあげてくださいね」
もしまた戦争が起きてしまったら。
フェリアスもラミカも尽力してくれているけれど、人々の心が応えてくれなかったら。
真っ先に犠牲になるのが、エルフとヴァンパイアの境界で暮らしているシルキィの妹たちであることは想像にかたくない。
「ちょうど暁の王もおりますし……彼と同時にワープすれば、暁の国へ戻ることも可能ですよ」
自分の家に戻って、妹たちと一緒にフェリアスを助ける。そうすれば、ラミカにだって会えるだろうし、いままで通りの生活ができる。
けれど、いまシルキィがしたいことはそうじゃなかった。
「お姉さんは……私は、強くならなくちゃ。まだまだ世界を巡って、もっといろんなことを知って。
ラミカも兄さんもまとめて守れるくらいに」
これがシルキィの答えだ。じっとしてなんかいられない。世界を旅して、成長しないと。
フェリアスもラミカも頑張っているのだから。
ネリドは限界を迎えるまで戦ったのだから。
そして、シルキィはお姉さんなのだから。
「なるほど! 胸もおっきく、夢もおっきく……だね!」
リーザは茶化すとともにまたしてもシルキィのことをつっついてくる。サクラも少し遅れて、またリーザの真似をする。
今度も驚いたけれど、緊張は温泉に溶けだしてどこかへ行ってしまっていた。
だからシルキィは遠慮なく、リーザとサクラのほっぺをつっついてやったのだった。




