第45話 ヤンデレ幼馴染み、魔王会議に出る
ついに始まった魔王会議。七人の魔王覚醒者が集うこの空間で、彼らによってすべての人間のための会議が行われるのだ。
自己紹介のときとは空気が違う。全員の瞳の紋章が輝き、魔力を纏わせていると錯覚するような張り詰めた空気。
そこへ提示されるのは、セレスタに伝えられた魔王からのメッセージだ。
「魔王様が我々のデータベースに書きつけていった議題はこうです……『人の国で起きた組織的な反乱や天使の関与について』」
ゼフィランシアたちの事件は魔王にとっても重大なものらしい。確かに、あの時は強敵ばかりが現れた。事実、レイジはいまだにその傷が癒えておらず、一度はりんぜも倒れた。魔王覚醒者ひとりでは対処しきれないほどだったと言っても過言ではない。
早急に対策を立てる必要があるのは、俺にもわかることだ。
「実際に戦えばわかるが……あの女は、今のオレに勝てる相手ではなかった」
傷を再生させ続けることで、不死身かと錯覚するほどの圧倒的な生命力を最大の武器として戦う。
そのレイジが傷ついたまま一週間を過ごし、ここにいる。それは危険を知らしめるには十分だろう。
行き場のない悔しさから拳を強く握りしめているのも、それだけ黎夢が彼に強さを見せつけたかが窺えた。
「ってか、魔王覚醒使って勝てないってどうしろっていうのさ」
リーザが呟いた。全員の視線がそちらへ向けられ、それは彼女にも想定外だったしいが、そのまま発言を続ける。
「そこまでして敵う相手じゃないって……禁じ手使うくらいしかないんじゃないの?」
それぞれの国の王という立場上、自由に動くことも出来ない者がほとんどだ。複数で強力して対処にあたるのは不可能に近い。この大陸は広く、都合よくレイジやりんぜが駆けつけられるわけもない。
だとしたら、リーザの言う通り禁じ手とやらを使うほかにないのかもしれない。
「『天球奥義』……ですか」
禁じ手の名であろうか。それが一体なんなのか、小声でモンブランに尋ねても彼女は知らないらしい。代理として出席しているハーピーのイグルもついていけてないみたいで、縮こまったままだ。
その様子を見かねたのか、サクラの発言が続く。
「天球奥義……十殻祖と魔王覚醒者の繋がりが一時的に途切れるほどのエネルギーを用いて行う、私たちの使える最強の技です。
その強力さゆえに、条約で禁止しているのですが」
ふだんは魔王覚醒だけでも太刀打ちのできる人間はいないほどだというのに、天球奥義は過剰な戦力とされて封印されてきたのだという。
しかし、なければ対処しきれない相手だとすれば話は別ではないか。奥の手を使わずに滅ぼされるより、約束を破ってでも戦った方がいい。
「っていっても、そんな簡単に使っていいものじゃないでしょ?
奥義は周囲から集める魔力も莫大で、術者にも周囲にも環境にも大きな悪影響が出るって、とっくの昔に判明してるはずだけど」
強力な技には、相応のリスクが伴う。ラッキーはそう言って、あとは他の魔王覚醒者たちの判断を仰いだ。
そこへ、シルキィが恐る恐るながら手を挙げ、気づいたフェリアスの声かけを受けて口を開いた。
「向こう側の力を与えられた人たちは……魔王覚醒者さんたちの瞳に紋章があるように、背中に翼が形成されます。この翼は飛翔のためではなく、羽根が散ることで身体の耐久力を示しています」
「なぜそう言えるんですか?」
「それは、えっと……今回の事件で、魔王覚醒者に匹敵する力を持った者はみなそうであったから、です」
シルキィの言葉に、モンブランやリーザが頷いた。ハーピー族の腕にあたるそれとはまた違う天使の羽根は、敵を判断する基準になるはずだ、と。
シルキィに根拠を尋ねたサクラも、それで納得してくれるみたいだ。
「では、天球奥義の使用や、他の天使対策についてを議題といたしましょう。私たち魔王覚醒者だけで戦うには限界もありますし、いくつか手を打っておくべきです」
今後は天使の力への対策を基本として話し合っていこうと決まり、これで一歩前進といったところか。
黎夢には悪いが、彼女が従える者たちの思想や力はこの世界にとって脅威になりうる。対策は必然だろう。
これから会議は次なる段階へと移っていく、というところでモンブランが挙手をした。
「どうかしましたか?」
「あの。わ、私が戦った、キリマお兄さんは……その、理由があって反逆を起こしていました。ヴァンパイアの少年もそうだったって聞いてます。
だから、天使の力を持った人を倒すことを考えるより前に、そっちの問題にも取り組んだ方がいいのではないか、って思ったんです」
キリマもネリドも、ゼフィランシアを利用して事件を起こしたのには理由がある。黎夢の接触は彼らにとっても予想外だっただろうが、あれだけの行動に出るには強い意思が必要だ。
その要因となったのは、獣の国の人身売買と、夜の国の戦争孤児に関する問題である。
ここには、その当事者となったことのある者もいる。会議で扱うなら好機といえるのだ。
サクラはそんなモンブランの発言に対して、考え込むような仕草を見せ、フェリアスに視線をやった。
彼は慌てて視線を逸らしつつ、咳払いをして発言をはじめる。
「夜の国の問題については、夜の王と現在協議中です。彼女はこの場には現れませんでしたが……確かに、歩み寄る意向を見せています」
あれから、ラミカとの話し合いは進められているらしい。シルキィが胸を撫で下ろす。
あとは獣族の話だ。各地を回って同族を解放する旅を続けているレイジはサクラの答えを促すような鋭い視線を向けている。
「そうですね。人間を人間とみなさない悪しき伝統は滅ぶべきでしょう。私たち人の国でも、既にいくつもの対策を行っております」
「それで行き届いていないからオマエの命が狙われたのではないのか」
「今すぐの根絶は不可能でしょう。私が宣言したからといって、全人民が私の思うままに心変わりするわけがありません。
ですから、王国所属の騎士団だけでなく冒険者の皆様にも協力していただいています」
人の考えは簡単に変わらない。モンブランの例のように冒険者として潜り込んでいたり、表面上だけではわからないケースも存在する。
だから、自分が今できることはもうない、と。
そう答えたサクラに対してレイジはさらに食い下がっていこうとして立ち上がり、拳を握りしめたところでセレスタが止めに入った。
「これは世界をより良くするための会議です。くれぐれもお忘れなきよう」
記録係の言葉にレイジは引き下がる。だがサクラに向けた視線は鋭いままで、あたりの空気は一気に張り詰める。
「待って、レイジくん、サクラさん。今日の会議はここまで。これは魔王の決定だよ」
そんな状況で間に入ったのはりんぜだった。彼女が目でレイジを牽制し、サクラに口を閉じさせた。
セレスタはりんぜの言葉に従い、魔王覚醒者たちに解散を促す。突然の解散に驚きつつも、皆がぞろぞろと外へ出ていく。
少しは前に進んでいる。明日以降、必要なことを順次決めていけばいい。会議が多少長引くよりも、あのまま激突に発展するほうが駄目だ。そうりんぜは思ったのだろう。
この場に残ったのは、レイジと俺たち一行だ。彼も考えなしだったことはわかっているらしく、ばつが悪そうにしている。
「すまないリンゼ、気を使わせた」
「いいの。サクラさんも自分の強い人だから」
歳若いゆえに少し直情的なところもあるレイジと、なんだか食えない雰囲気のサクラ。やりにくいのも当然だろう。
それに、自分が負傷していることや悔しさからの苛立ちもあったから、あんなふうに振舞ってしまったのだ。
「苦手だ、あの女は」
そう吐き捨てるレイジは、心底から嫌そうな顔をしていた。




