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第4話 ヤンデレ幼馴染み、ダンジョンへ

「ふふっ、恐れ多くて言葉も出ないでしょう? 私を前にすれば仕方のないことです……って、あら?」


 いい気になって話していたシャフリマだったが、彼女が再び目を開けたころにはすでにお目当ての新米冒険者はいなくなっていた。

 彼女以外の全員がふたりの去っていくところを見ていたが、肝心の本人が見ていない。

 あたりを急いで見回して、逃げられたことに気がつくと、苛立ちを隠せない様子でいる。


 私は彼女のパーティの一員としてここにいるが、こういう高慢なところは苦手だ。

 せめてもの尻拭いとして、あの転ばされた彼に回復魔法を使ってきたはいいものの、これは個人の性格の問題だ。

 直すのは至難の業だろう。


 シャフリマの実家が魔法の研究では名の知れた人物を数多く輩出しているのは事実だし、彼女も才能はある。

 後ろ盾がありつつ、本人も戦えるのだから、誰も触れたがろうとしない。

 私だってそうだ。怒らせればなにをされるかわからない以上、従っているしかない。


 きっと今までもそう思われていて、そのおかげでこの性格に育ってしまったということは、簡単に想像がつく。

 だからといって、買われた身である以上、口に出すことはできないが。


「あなた達。行きますわよ」


 シャフリマはなにかを思いついたのか、パーティメンバーである私たち三人を引き連れて、酒場を出ていこうとする。

 目的は、たぶんあの二人組への嫌がらせだろう。彼女がよくやる手口だ。


「あいつら、コアトル洞窟に行くみたいだぜ」


 へらへらと笑っている青年、ジャリルが言うには、そのコアトル洞窟が彼らの取っていった依頼の目的地であるようだ。


 シャフリマを誰も止めないまま、私たちのパーティは出発してしまう。

 ふと、私と同じように連れられてきた獣の民である青年を見ると、本意ではないのを隠すように無表情を装っていた。


 ◇


 俺が酒場でもらってきた依頼は、さっき通ってきた平原を抜けた先にある「コアトル洞窟」が目的地となっている。

 コアトル洞窟は、プテラコウモリというなんともそのままな名前の魔物の巣窟だという。


 プテラコウモリ。

 すなわち、プテラノドンのような、コウモリのような、どっちつかずのモンスター。

 そう、この街に来るまでにりんぜが群れひとつ壊滅させたやつだ。


 実はあいつらには群れのボスだけでなく真のボスが後ろに控えていたようで、依頼はその討伐が目的になっている。


 群れを相手にすると厄介なので、取り巻きには極力見つからないようにするのがセオリーとして記されている。

 だが、今回は厄介な取り巻きは全滅させてあるので、心置きなく親玉を探せる。


「このへんの洞窟に住んでるって書いてあるな」


 依頼の紙にも魔法陣が用いられていて、攻略情報や目的地が記してある。

 おかげで平原を抜けて洞窟へ行くまでは、道に迷うことも無かった。


 相変わらず平原の草むらからはあの虫が飛び出してきたが、りんぜにとっては片手であしらえる程度の強さらしい。

 手刀一発で気絶させるのを繰り返して、洞窟の目の前まで大きな戦闘は起きないままたどり着く。


 だが、本当の依頼はここからだ。気は抜けない。

 初めての依頼なのだから、むしろ気合を入れないと。


「圭くん、緊張してる?」


「……ん? そ、そうかもな」


 自分で戦う訳でもないのに、力みすぎているところはあるかもしれない。

 よく考えれば、りんぜの前でカッコつける以前に、今の自分は一人では生きていけない残念な奴だ。

 彼女を心配させないためにも、落ち着いたほうがいい。


「大丈夫だよ。圭くんのことは、私が護るからね」


 りんぜはそう言って、俺の手を引いてコアトル洞窟へと踏み込んでいく。

 中は思っていたよりも広く足音が反響していて、また薄暗く、不気味な場所だ。

 だがりんぜはお化け屋敷を怖がらない少女で、堂々と進んでいく。幼馴染ゆえに、それはわかっている。


 プテラコウモリの食べ残しと思われる骨なんかが落ちている中を歩いていき、途中で分かれ道に行き当たる。

 さて、どちらへ進むのが正しいだろうか。

 こういうとき、ゲームであればどっちの道にも進んでみたくなるが、この世界はダンジョンの行き止まりに宝箱とか置いてあるのだろうか。


 まず、少しだけ先に進んで奥の方を確認してみる。

 宝箱があれば、先にそれを取りにいったのだが、残念ながら見当たらない。


 しかもその上に、最悪の展開が待っていた。


 まず一方は先まで進んで行き止まりであるとわかり、引き返した。

 もう一方はというと、薄暗いが目を凝らせば見えなくもないくらいの位置で土砂崩れが起きており、先へと進めなくなっていたのだ。


 これでは奥に進めず、依頼を達成することもできなくなる。

 りんぜと顔を見合わせて、どうしようか考えることにした。


「うーん、こっちの奥に目的のモンスターがいると思うんだけど」


「やあ二人とも、お困りかな」


 突然声をかけられ、大慌てで振り向くと、そこにはあの偉そうな冒険者の後ろにいたふたりの男がいた。

 小さい方は相変わらずの笑みを浮かべ、大きい方は俺たちのほうをじっと見つめている。


「運が悪かったみたいだねぇ。せっかく奥の方まで来たのに、土砂崩れで通行止めなんて。

 ここはまぁまぁ街とも離れてるし、助けを呼んでも誰も来ないってのにさ」


 そんなときに、ここまで俺たちを追いかけてくるなんて、まさか忠告のためだけではないだろう。

 案の定、彼の口角はにやりと吊り上がり、隣に立つ半獣人の仲間に向かってこう言い出した。


「やれ」


 命じられて、彼は躊躇っていたようだが、青年が腰に下げた刃物をちらつかせたことで、こちらを睨んだ。


 鋭い瞳に大きな耳、そして大きな口から覗く牙。

 そのがっしりとした体躯も相まって、目の前にすれば怯むこと間違いなしだ。


 そんな彼が、喉から威嚇の音を発しながら身構えている。

 さっきの発言は今から痛い目を見てもらうという意図での発言であり、彼を連れていたのはこうして実力を行使させるためらしい。


「女を狙え。並大抵の魔法じゃ傷つかない獣族の身体なら、新米くらい一発でやっちまえるんだからな」


 獣の彼が駆け出して、りんぜはその攻撃の標的となる。新米を怪我で済ませるための手加減をしながら、その大きな身体で飛びかかってきて、鋭い爪が突きつけられようとしていた。


「……私と圭くんのふたりっきりを、邪魔するの?」


 だが、狙った相手が悪かった。

 りんぜは黒と紫のオーラを洞窟に放ち、プテラコウモリを全滅させたときのような強い感情を露わとしていく。

 手加減をしているようでは、黒き風に頬を撫でられた瞬間の戦慄を振り払えない。


 彼の足が止まり、冷や汗を流しながら膝をつく。野生の勘が、彼自身をどうしても止めようとしている。


「おい、何してるんだよ? お前なら簡単に……」


 指示を出そうとして、彼は言葉を詰まらせる。りんぜの姿が目に入ったのだ。

 無風のはずの洞窟で、自らが放つ力の奔流に長髪が靡き、少女の姿を大きく見せる。


 その様が魔物よりも恐ろしいなにかの影を彷彿とさせ、俺も息を呑んだ。


「行こう、圭くん」


「え、でも行き止まりが」


 有無を言わさず、また襲いかかってきたふたりには目もくれずに進んでいく。

 さっきのオーラは出したまま、再び分かれ道の先の土砂崩れにまで到着すると、彼女は軽く土砂を殴りつけてみせた。


 結果は、砂の壁も吹き飛び、隠されていたものが姿を現すことになる。

 また、しっかりと奥へと続いている道とともに、予想外の出来事に驚きを隠せずにいるふたりの人影もだ。


「なっ、私が魔法で作り上げた壁を一撃でなんて、そんな……」


 生半可な攻撃では壊れないと自信をもっていただけに、シャフリマは焦っていると思われた。

 あの獣耳の、回復してくれた女の子も呆然としている。あれを破れる人がいるとは思っていなかった、驚愕の表情だ。


 一方、りんぜはそのどちらにも一切の関心を向けず、俺を奥まで連れていこうと手を引いてくれている。

 邪魔者には用はなく、あくまでもいま優先なのは依頼だということか。


 進んでいく先は一本道であり、その先で迷わずに大広間に到着した。

 こういった洞窟でボスがいるときは、たいてい少し広くなったところで待ち構えているものだ。


 数歩踏み出していくと、広間の奥で目を光らせる何者かがおり、その目の主は巨体ゆえに洞窟全体を揺らしながら俺たちの前に現れる。


 巨大な翼膜と長く鋭い嘴はプテラコウモリたちと変わらないが、それらが硬質化しており、凶悪な刃となっているらしい。

 さらに、彼らよりも胴体や四肢が発達しており、地上での生活に適応しているのか、その姿かたちはマッチョな男性に近いものとなっている。


「りんぜ、あいつが今回の依頼の標的『コアトルティターン』だ。気をつけてくれ」


「……うん」


 静かに答えたりんぜと、巨大なコアトルティターンが対峙する。


 異世界生活初めてのボス戦が、いま始まろうとしていた。

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