第34話 ヤンデレ幼馴染みたち、考えるのをやめる
リーザに会ってりんぜを診断してもらい、キリマに襲われてふたりの魔王覚醒者に助けてもらった。そんな慌ただしい一日が慌ただしいうちに終わって、また朝がくる。
久しぶりの暖かい布団は宿の落ち着いた雰囲気も相まって心地よく、ぐっすりと眠ることができていた。
目を覚ますと、いつも通りにりんぜが隣で寝息をたてている。
青少年としては不健全な光景だが、心に重くのしかかるものを抱えた彼女をひとりにしておくわけにもいかず、寄り添うのは拒めない。
それに、目が覚めているときは不安げでいる彼女が、こうして眠っているときは幸せに浸っていられるみたいで、俺は嬉しかった。
誰かが扉を叩き、朝を告げる。申し訳ない気持ちになるが、りんぜを起こして今日の冒険の仕度をしなくては。
彼女を揺り起こそうと肩に手をやり、そこで突然扉が勢いよく開け放たれて、驚いた俺はバランスを崩した。
「おっはよー、朝だよ……って、あ、えっと、なんかゴメンね」
「もう太陽は昇っている時間だぞ。そろそろ仕舞いにしたらどうだ」
寝室には微妙な空気が流れる。
驚いた結果、りんぜに俺が覆い被さるようになってしまったのだ。傍から見れば不健全どころの話ではない。
扉を開けた当人であるリーザは勘違いしたまま気を使ってくれるのが逆に居心地悪いし、レイジに至っては前提が一晩中だ。
違うと否定するため慌てて退けようとしたが、その騒ぎがかえってりんぜに伝わってしまい、彼女は目を覚ました。
「ん……おはよう、圭くん」
優しい微笑み、からのおはようのハグ。ふだんそんな習慣はないというのに、よりによってこの時に寝ぼけて抱きついてくるとは。
最近は仕掛けてこなかったが、ついにその癖が復活した。リーザが花粉の影響を治療してくれたお陰と思えば、確かによくなってはいるのかもしれない。
そんな彼女を抱き上げ、ひとりで立たせ、洗浄の魔法道具で朝の仕度をなんとかする。
そして、やっとりんぜも俺も目がしっかりと開いてきたところで、待たせていたふたりと合流した。
「なんていうか、その、思ってたより距離近いんだね、おふたりは」
距離が近いと言われれば、確かにそうかもしれない。異世界に来てからも、りんぜと一緒にいる時間がほとんどだ。
でもたぶん、リーザの「距離が近い」は俺が思っている意味ではない。
「ま、まぁ、仲良しなのはいいことじゃない? その、あたしには、よくわかんないけど」
リーザの笑みはものすごく固かった。
この人、もしかしなくても恋とかに慣れていないんだろう。そういえば男性のアルラウネは見たことがないし、仕方がないのか。
「あ、お二人共、おはようございます。今日の朝食は蕾の国の特産品や伝統のメニューを交えて作ってみました!」
ふたりに連れていかれるまま食卓へ到着し、エプロンをつけたモンブランが迎えてくれる。朝食もけっこう気合が入っているらしく、さまざまなメニューが並んでいた。
いろんな野菜がメインに据えられ、それまで主役とは思っていなかった異世界野菜たちが魅力的に思える。
「肉は?」
「あ、ごめんなさいレイジさん。シルキィお姉さんにとってきてもらおうと思ったんですが、魔物も植物系ばっかりで……」
「ないのか……そうか……」
レイジは肉料理がないのに落胆していた。二つ名がライオンハートだし、基本的には肉食なんだろう。
対してリーザはものすごく目を輝かせており、モンブランと料理を褒めたたえては料理人と土地に感謝を交互に繰り返していた。明るい人柄以上に騒がしい。
「あれ、シルキィお姉さんは?」
「お姉さんなら、もっと食べ物を探してくるって飛び出していきましたが」
ちょうど俺が尋ねたタイミングで扉が開く。シルキィが戻ってきたのだ。その手には、見慣れない魔物が握られており、どうやらそいつはシルキィに仕留められたようだった。
「ただいま。レイジくんがお肉食べたいって言ってたから、お姉さんがんばっちゃった」
仕留められた魔物はシャープな造形をしている。どう見ても元の世界でいうチュパカブラだ。わずかに滴る体液は紫色であり、とても食べられそうにはない。
「おかえりなさいです。あの、申し上げにくいんですけど、その種は体液が毒なので食べられないかと……」
「オレなら食える。魔王覚醒で全身を修復しながらになるが」
「いや、そこまでして肉がないとダメなの?」
リーザの言葉に不満げながらも引き下がり、レイジはおとなしく席に着く。
シルキィは仕留められ損だったチュパカブラを残念そうに床へ置き、モンブランはその遺体をじっと眺めてもしかすると調理できるかもしれないと思索に耽っていた。
パーティのみんなに魔王覚醒者を交えた賑やかな朝の食卓は、なんだか安心するほのぼのとした空気でいっぱいだ。りんぜも同じことを感じてくれているみたいで、俺に寄り添いながら、ぽつりと呟く言葉があった。
「なんだかお家に帰ってきたみたい……あったかいな」
りんぜだってまだ小さな女の子だ。きっと親御さんも心配しているし、彼女自身もどこかに寂しい気持ちもあっただろう。
それでもついてきてくれて、異世界の日常のなかで頬をほころばせてくれる。
こうしたなにげない時も、彼女の不安を癒しているのかもしれない。
「あ、もう食べていいんですよ、お二人共。どれも私の自信作です!」
モンブランに促されて、俺たちもそろそろ朝食を食べ始めることにした。野菜たちと、あとさっきのチュパカブラに手を合わせ、いただきますの挨拶をし、モンブランの特製料理を口に運んだ。
「すっご……ほっぺたからきのこ生えそう。そしてそのまま成長しきって落ちそう」
直後に聞こえていたリーザのそれは褒め言葉なのか怪しいが、実際とても美味しい。野菜そのものの自然な甘みや風味が活かされており、さすがはモンブランである。
「ほら、もっといっぱい食べていいんだよ。はい、あ〜ん!」
肉を所望していたレイジもけっきょく、いっぱいになるまで頬張っている。
いや、あれは相手が少年であるためお姉さん属性を刺激されたシルキィにたくさん口に押し込まれているだけだ。
それでもいっぱいに詰め込んだ料理を咀嚼し、飲み下したレイジ。
彼は一転して深刻なトーンで話をはじめる。
「さて、美味い料理を食わせてもらってるなか悪いんだが、問題は山積みだぞ。奴らの狙いがなんなのか、という話だ」
昨日のキリマの襲撃で、新たにわかったこともあればもっとわからなくなったこともある。ひとつひとつ考えていかないと、整理もつかないだろう。
「まずは……あのキリマという男だが。モンブランのことを妹だと言っていたな」
「はい。でも、私はほとんど覚えてないんです。記憶にあるのは商人に捕まって売られてからの生活ばかりで……」
モンブランは記憶喪失に近い状態にある。だから、家族と故郷を探すためについてきてくれている。そのはずだ。
目先の問題が次々と迫ってくるゆえに忘れかけていたが、その解決の手がかりが向こうからやってきたのだろうか。
「はいはーい。あたしもその男について気になることがあるの。
あたしの虫さんたちは相手の魔力を奪うんだけど、今までに見たことの無いものだった。属性で言えば光に近いけど、十の種族のどれとも違う気配がした。
たぶんだけど、あれは彼のもともとの魔力じゃない」
確かに、レイジが魔物の石化魔法に抵抗できていなかったように、ふつう獣人たちは魔力をほとんど保有していないはずだ。
それなのに、キリマは魔力を集めて光線まで撃ってきた。あれだけ派手に魔法を使えば消費する魔力も大きいだろうに、何発も。
「そういえば……人の国で会った時と、雰囲気が違った、かも。もっと、饒舌だったはず」
確かに、キリマのあの様子は正気を失っているようにも見えた。ゼフィランシアの花粉が魔物を暴走させていたように、彼も何らかの要因によって力を与えられ、暴走したのだろうか。
「それに、巫女姫ではなく『異世界から来た男』とやらに目標を変えている。まったく、奴らはなにがしたいんだ?」
その場にいる全員が頭をひねる。しかし、リーザにしてもレイジにしても、サクラのような頭脳派ではなかった。答えは一向に出ない。
ただひとり、シルキィを除いては。
「……あれは確かに『翼』だった」
「お姉さん、どうかした?」
「えっ? あ、ううん、えっと、その……あぁそうそう、お姫様にもらった本の中身を思い出しちゃって。
天使に力を与えられた者にもまた翼が与えられるって」
「天使?」
キリマの背中に現れていた翼はハーピーのものではなかった。では、シルキィが呟いた天使のものなのだろうか。
そもそも、天使なんてこっちの世界に来てからは聞いたことのない単語だ。
最後に天使と言っていたのなんて、それは、こっちへ来る直前、死んでいた俺に語りかけてきた女神で。
「……あ、そうだ。異世界から来た男って、俺じゃん」
りんぜ以外の全員が、驚きの目でこっちを向いた。
「……もうわけがわからないから詳しくは聞かないことにするぞ。お前が狙われていると考えて間違いないのか?」
聞きたいことはいろいろありそうだが、ただでさえ謎が渋滞しているこの状況で話すのは頭が追いつかないと判断したんだろう。
レイジは俺に尋ね、俺が頷くと、今度はこう言い出した。
「ケイ、お前を餌にして奴らを誘き寄せる。そして捕まえる。そうすれば、モンブランの家族のこともあの男の力のこともわかる」
なんとも強引な解決方法だが、俺たちが考えつき、今とれる作戦の中では最もシンプルかつ見込みがある。
りんぜだけは俺が囮になることに気が進まないみたいだが、こっちには魔王覚醒者が三人に頼りになるヒーラーと魔法使いがついていると説得して、隣にいることを条件として許してもらった。
「それじゃ、あたしが情報を漏らしておくよ。向こうはあたしの動向も確かめてるだろうし」
こうして、謎に迫るための誘き寄せ作戦が始まったのであった。




