第31話 ヤンデレ幼馴染みたちと乱入の爪痕
ゼフィランシアたちの襲撃により、勇者試験は続行不可能と判断され、中止とされていた。
会場のドーム外でたむろしていた輩のうち数名が逮捕され、ゼフィランシアたちが組織的にサクラを狙っているということを言い出したからだ。
実際のところ、第四試練に辿り着くまでに落ちている冒険者がほとんどだったそうで、おかげで激しい抗議こそ受けてはいない。
しかし、人の国の最高権力者であるサクラが狙われているとわかった以上、そう簡単に再開はできない。
今も、最初に会った時より何倍も厳重な警備の中で、俺たちとサクラは話し合っていた。
まず必要なのは情報の共有だ。あの場でなにがあったのかわかっていれば、敵の考えも見えてくるかもしれない。
サクラは少年に命を狙われたと話す。
彼はヴァンパイア族で、ゼフィランシアたちが会場をめちゃくちゃにすることを知っているような口ぶりだったという。
「彼は私の殺害に失敗するとすぐ逃亡しましたが……彼がゼフィランシアたちと繋がっていることは十分考えられます」
続けて、モンブランがあの象と蛾を混ぜたような魔物について話す。
マンドクモスというらしいあいつは、人の国の隣にあるアルラウネたちの故郷、蕾の国に棲息しているんだとか。
「ですが、マンドクモスは毒の鱗粉こそ撒いてしまうものの温厚な生き物です。あのように暴れ回ったのには、理由があるかも……」
最後に、重要参考人として来てもらっていた、司会者ブースの近くの席に座っていた観客に話してもらった。
彼はりんぜがゼフィランシアを捕まえ、獣族の青年と対峙していたのを見ていたという。
キリマと呼ばれていた彼は、サクラを狙う理由を復讐だと言ったそうだ。
「その後に光が舞って、彼女はゼフィランシアを離してうずくまってしまって……」
その後に、俺たちがマンドクモスを倒し、今に至る。
まとめると、今わかっていることはいくつかある。
ゼフィランシアというアルラウネ少女、キリマという獣族の青年、そしてヴァンパイア族の少年が恐らく組織の人間であること。
彼らはマンドクモスを連れてきただけでなく、凶暴化させたということ。
そして、復讐のためサクラを狙っているらしい、ということ。
「早急に捕らえるべきでしょうね。私が殺されれば、サタン様と繋がる者がいなくなる。
十殻祖は魔王覚醒者を通じて世界のバランスを保っていますから、一人でも欠ければ世界は狂い滅びへと向かうでしょう」
そんな事実があったとは初耳だし、だとしたら尚更大変だ。サクラの命を狙うということは、世界を滅ぼそうとしているも同然になるのだから。
相手が世界滅亡を企む組織、と考えれば、なんだかスケールの大きい話になってきた気がする。
加えて、俺にとってはそれよりももっと重要なことがある。りんぜのことだ。
彼女はまだ怯えたままで、ぶつぶつと独り言を繰り返していて、心配せずにはいられない状態だ。
かすかに聞き取れた「ひとりにしておいてほしい」という頼みには答えて、現在は先に宿屋で休んでもらっているが、彼女がああなった原因も特定したい。
「……りんぜさん、心配ですよね。回復魔法をかけてみましたが、どうやら原因は毒や怪我ではないみたいで、通じませんでした」
「回復魔法が通じない、ってことは、精神的ななにかが作用している……とか」
モンブランとシルキィの話を聞き、サクラはりんぜの異変に目を丸くすると共に、なにかの手掛かりになりそうなことを思いついて手を叩いた。
「アルラウネ族が持つ花粉には、薬物に似た効力を発揮するものもあると聞きます。もしりんぜさんに起きた異変がそうなら、治療できる者を知っていますよ」
「本当ですか!? その人は一体……?」
「蕾の国、アルラウネの女王……『アガリーザ・ルガッサ・レストフォー』です」
女王。つまり、魔王覚醒者ということになる。彼女なら、アルラウネ族の花粉を中和することができるとサクラは言う。
ゼフィランシアといい、魔物の生息地といい、今回の事件は蕾の国と関係があることは間違いない。調査に赴くべきだ。
「行こう、蕾の国へ」
世界滅亡を阻止するため。そして、大切な幼馴染みを助けるため。
俺たちパーティの次なる目的地は、蕾の国だと決定したのだった。
◇
人の国某所、現在ゼフィランシアたちのアジトとして使われている建物にて、組織の面々は身を隠していた。
勇者認定試験という人の国を挙げての行事を堂々と妨害し、巫女姫の暗殺を目論んだのだ。隣国にもすぐにその話が伝わるだろう。誰にも見つからないようにしておくに越したことはない。
ここは末端の協力者にも場所を伝えていないため、ゼフィランシアはいまはゆっくりと休んでいた。
「うぅ……まだ痛い気がするわよあの腹パン女め……!」
「これからどうするんだ。ゼフィはこれから国際的なお尋ね者になること間違いなしだが」
呻いて不平を漏らすゼフィランシアに対して口を開いたのは、獣族の青年・キリマだ。彼は戦えないゼフィランシアの護衛で、頼りにしている人物である。
「う、うっさいわね! もともと、あの場でネリドが失敗しなかったらいちばんだったのよ!」
「僕のせいかよ……相手はあの巫女姫だぞ、簡単に殺させてくれるわけないだろ」
ヴァンパイア族の少年はネリドという。彼は直接サクラを殺害すると息巻いていたが、あと少しのところで気づかれ逃げてきた。
確かに魔王覚醒を使われればまず勝てないが、それにしたって自分とキリマより先に撤退はどうか、とゼフィランシアは思っていた。
「でも、もうちょっと食い下がるとかしなさいよ。傷のひとつでも作ってやったらどうなの」
「そう言うゼフィも、あの女に一撃で沈められてたがな」
「あれは……その……で、でも、ちゃんと抜け出したし、私自身の力で脱出したもん!」
もともと蕾の国で大事に育てられてきたゼフィランシアは、まったくと言っていいほど戦えない。彼女がこの組織の代表として選ばれたのは、ひとえにその花粉の効果にある。
温厚な魔物や人間さえ凶暴化させてしまうこの花粉は、悪用すれば容易に大混乱を招くことができるのだ。
「まあ、驚いたよ。あの女は瞳に紋章があった。つまり巫女姫と同じ魔王覚醒者だ。
そいつにも効果があったとなると、巫女姫にも対抗出来る。今回は実験も兼ねたといったところか」
「そうよ、それそれ!」
「絶対偶然だって。ゼフィがそこまで計算できるわけないじゃん。バカなんだから」
「んなっ、ば、バカとは失礼ねっ! ネリドのバカ!」
目的こそ復讐であっても、アジトでは和気あいあいとしている。こんな時だけでも辛い思い出は忘れたいと、心が勝手にそうしているのだろう。
これは平穏と呼べるものではないにしろ、彼女たちにとってはつかの間の休息だった。
そんな時間の中に、突然ノックの音が転がる。協力者だろうか。ゼフィランシアが迷いもなく返事をして扉を開く。キリマとネリドは身構え、扉の向こうを警戒する。
そこに立っていたのは少女だ。アルラウネやヴァンパイアではなくヒトであるらしく、年齢はサクラやあの忌まわしき腹パン女に近い。
その髪は優しい藤色だが、一部はビビットピンクに染められており、派手な印象を受ける。
一方で本人は俯いて親指の爪を噛んでおり、その人柄は派手であるようには見えなかった。
「なによ。ただのヒトがなんの用?」
「……あなたたちを助けに来た」
「いらないわ。帰ってくれる?」
ゼフィランシアは彼女を拒否し、扉を閉めようとしたが、少女はそれを力ずくで押し留め、アジトに上がろうとしてくる。人の話を聞いていなかったのだろうか。
「ちょっと!」
少女の肩を掴んでその侵入を止めようとした。すると、彼女は振り向き、相変わらず爪を噛みながら視線だけをゼフィランシアへと向けた。
その目に光はなく、あるのは澱みきった感情だけであった。
背筋に悪寒が走り、ゼフィランシアは動けなくなる。
次の瞬間には、お腹に再びあの衝撃が走っていた。拳が鳩尾に突き刺さって呼吸が苦しくなる、あの感覚が戻ってくる。
ゼフィランシアはそのまま倒れ、少女はそれを道端の草を見るような目で眺めていた。
これで彼女を敵だとして、キリマは殴り掛かり、ネリドはナイフを取り出した。
しかし生憎、どちらも少女に当たることはない。拳は受け止められ、ナイフは蹴りあげられて天井に突き刺さっただけだ。
二人が状況を理解出来ていないうちに次の少女の攻撃は迫っており、気がつくと彼らの脇腹やこめかみには蹴りと殴打のダメージが入っていて、地面に転がされていた。
「ほら、弱い。だから、助けてあげるって言ったのに」
「お前、何者なんだ……!?」
「ボク? ボクは……異世界から、大好きな人を探しに来たんだ」
異世界なんて聞き慣れない言葉が飛び出して、大好きな人とやらの正体も推測しようがないし、ゼフィランシアには彼女の発言はよくわからなかった。
「私たちを助けるって。どういうことなの?」
「ボクが力をあげる。誰にも負けない、天使のおくりものを」
なにを聞いても、ゼフィランシアに理解出来る返答は帰ってこないのかもしれない。異世界だけに、住んでいる世界が違うのだろう。
ゼフィランシアがそうして諦めていたころ。再び親指を口元にやった少女は、誰に向けてもいない独り言に恍惚の表情を浮かべていた。
「迎えにいくからね……圭くん」




