第23話 エルフお姉さん、料理に挑む
りんぜの好きな料理を作るため、俺たちは魔王のレシピと屋敷のキッチンを借りて、調理へと臨む。
「モンブラン、指示は任せた」
「はい、レシピはしっかり読みました。これならできます」
仲間に加わった直後のときも、モンブランはニワトリック調理で大活躍してくれた。今回も、料理を得意とする者としてリーダーシップをとってもらう。
俺とシルキィに下された指令は、まず野菜を洗い、皮をむくことだった。
まずは素直に台所で水を出して、ついたままの土を落とそう。
しかし、シルキィは自分の仕事だと言って前に出ると、なぜか短剣を抜き放ち、構えた。
「いくよ、洗浄魔法!」
刃で魔法陣を刻み、時空の裂け目から目の細かい泡を呼び寄せ、高圧で野菜を洗いはじめる。野菜の泥はきれいに洗い流され、中には皮がうまい具合に吹き飛んで、皮むきの手間が省けたものさえある。
ただし、噴出する水流は室内では制御しきれず、すでにキッチンは水浸しで、野菜のうち柔らかなものは原型を止めていないくらい崩壊していた。
「シルキィさん、魔法の出力が強すぎるんじゃ」
「えっ、あっ、う、うん、ちょっとお姉さん失敗しちゃったかなぁなんて……」
苦笑いでごまかすシルキィ。そのあいだに、俺はうまくきれいにならなかったものの皮むきを進め、多少不格好ながらも仕事を終わらせる。
続くのは手頃な大きさに切る工程だ。今度こそ短剣の出番で間違いないと思うが、彼女はまたしても魔法陣で解決しようとし、斬撃を召喚してまな板ごと切り裂いてしまっていた。
「確かに洗って皮剥いて切ったけど、なんか被害が甚大だな」
「ごめんなさい……実はお姉さん、お料理とかしたことなくて……」
「だ、大丈夫ですよ。お姉さんはお姉さんなりのやり方で頑張ったじゃないですか」
吹き飛んだ食材は少しだけだし、工程はちゃんと進んでいる。あとはモンブランが進めてくれるということで、シルキィには少し休んでいてもらおう。
そう思って彼女を座らせたが、その表情は申し訳なさそうで、こっちが罪悪感にかられる。
「お姉さんってば、ほんとになにもできないよね。ごめんね。ひとりで勘違いして、勝手に失敗して……」
「い、いや、慣れてなかったら誰だって失敗するって!」
「でも、お姉さんのせいでキッチンが……」
どうしてもネガティブ思考らしい。
あの短剣の魔法はすごくかっこいいし、実際魔物を相手にして撃破できていたのだから、シルキィがダメダメだなんてことはない。
ちょっと不器用なだけ、なんだろう。
「じゃあさ。お姉さんの得意な魔法、教えてくれないかな。俺ぜんっぜん使えないからさ」
俺はラミカに魔力をもらったはいいが、現状生かし方がわからない。
シルキィを先生に、りんぜがいなくてもある程度戦えるようになれないだろうか。
それに、シルキィも無理をせずに自分の得意なことから始めれば、きっと自信を取り戻してくれる。
「お姉さんなんかでいいの……?」
「もちろん。シルキィお姉さんだから頼んでるんだ」
俺は手を差し伸べて、彼女の返答を待った。彼女は少し自信なさそうに、しかし嬉しそうでもある様子で手をとってくれる。
そうこうしているうちに、モンブランが呼ぶ声がした。ある程度出来上がってきたみたいだ。
戻って味見をしようと、俺は手をつないだままでシルキィを連れていった。
◇
伊勢神りんぜは微睡んで、夢を見ていた。
それは追憶の夢で、かつて彼と過ごした思い出の積み重ねだ。
一緒に登下校のあいだに買い食いをしたこと。落し物を探し回ってくれたこと。近寄ってくる嫌な人から助けてもらったこと。
圭はいつもりんぜに優しくて、圭はいつもりんぜのして欲しいことをしてくれる。
夜の国にて、りんぜは大切な幼馴染みを守るために戦って、目の前の敵をどうにか倒して、自分もまた意識を手放していた。
夜の王との戦いが、怖くて、痛くて、でも大切な人のやりたいことのために全力だったことは覚えている。
これで彼が喜んでくれるなら、りんぜはそれで良かった。
「わお、見上げた自己犠牲だね」
泡のように記憶のかけらたちが浮かぶ中、ふわりと降り立つ女の子には、翼と角が生えている。
異世界へと飛ばされる直前に見た、魔王と名乗る不思議な少女だ。
彼女が力を貸してくれているからこんなことができるのは、感覚でわかる。りんぜは感謝の気持ちを念じてみた。
「いやいやぁ、こっちこそありがとうだよ。彼の存在は、私にとっても重要だからね」
感謝はちゃんと伝わったみたいだ。
それはそれとして、圭が魔王にとっても重要、とはどういうことだろう。
もしかして、もしかすると、魔王も圭を狙っているのではないだろうか。急激に不安になってくる。
「それは無いよ! なに、ぽんこつ女神さまと楽しいゲームをするのに必要なだけさ。彼はこっち側のプレイヤーなんだから」
魔王が何の話をしているのか、りんぜには見当がつかなかったが、彼女が幼馴染みを横取りしようとしていないのはわかる。なら、それでいい。
「うんうん、今は気にしないのが一番だよ! さて、現実で呼ばれてるみたいだから、そろそろ起こしてあげるね」
魔王がぱちんと指を鳴らすと、りんぜは自分がふわりと浮上していくような感覚をおぼえ、視界が夢から現実へと移ってゆく。
そして気がつくと、目の前には大きな食卓が広がっていて、そこにはりんぜの見知った料理が並んでいた。
ビーフシチューに、主食にはバゲットが採用されている。いちごのショートやレアチーズのホールケーキもある。
りんぜは慌てて隣を見た。圭はちゃんと傍らにいる。シルキィも、モンブランもいるし、メイド服姿のエルフも多く待機していて異世界であるのは間違いない。
きっと圭が、りんぜの好きなものを考えて、この異世界でも食べられるように作ってくれたに違いない。やっぱり、圭は優しくて、りんぜの味方なのだ。
「わぁっ、これ、私のために?」
「あぁ。シルキィお姉さんが言い出したのを、モンブランと俺が手伝ったんだ。俺はほとんどなんにもしてないけど」
料理たちが漂わせるいい匂いに、りんぜのお腹が鳴る。あんなに激しく動いたし、身体がエネルギーを欲しているのだ。
手を合わせて、いただきますの挨拶をして、料理に手をつける。現実と変わらないスプーンでシチューをすくい、口の中へと流し込んだ。
──美味しい。りんぜが圭の家に泊まりに行くと、彼の母はご馳走として、きまってビーフシチューを出してくれる。その、どこか安心する味がそこにはあった。
「これ、圭くんが味付けしたでしょ」
「ん、バレたか? 母さんの見様見真似でちょっとな」
おかげで、異世界に放り出された不安が和らいだ気がする。彼がいるからと抑えつけていたけれど、もう違う。
抑えつけたりなんてしなくても、りんぜは彼がいれば十分なのだ。
「りんぜさん。このパンも美味しいですよ。ウィートルから取れた上質な麦が使われてます」
モンブランはそう言って、写真を見せてくれた。自動車くらいの大きさの亀の背中に、麦畑ができている写真だ。
この世界での麦と呼ばれる穀物は、おもにその亀の背中に生えているものらしい。
亀の背中に生えていたものだと考えるとちょっと抵抗はあるが、ひとくち食べてみると、味はパンそのものどころか上品な味がした。
これなら、抵抗を感じているのは無駄だ。りんぜは意を決して、ビーフシチューの具材の出自は聞かないようにしつつ、食事を続けていった。
やがてお皿はからっぽになり、次はデザートだ。
切り分けてもらったいちごショート──なんだかいちごに凶悪な顔がついている気がしなくもない──を、口にした。
なめらかなクリームに、ふかふかのスポンジ。いちごの酸味と甘みも丁度よく、女子高生であるりんぜの心身に染み渡る味だった。
「えっと、そ、それで、どうかな……? お化けいちごの下処理とか、モンブランちゃんの作ったクリーム塗ったりだとか、お姉さんもがんばったんだけど……」
シルキィがひかえめに尋ねてくる。
彼女は圭に近づく悪い女だ。りんぜは敵だと思っている。おまけになんだその胸は。りんぜよりも小柄なくせに、大きすぎる。
でも、確かにこれが美味しいのは、認めざるを得ない。
スイーツが作れる人に悪い人はいないとりんぜの中の女子高生が囁いて、心の中のシルキィ評を見直さなければと感じた。
「りんぜ、美味しいってさ。ほら、ほっぺが笑ってる。作戦大成功だな」
圭の言う通り、りんぜの表情は勝手に緩んでいた。
それは安心できる味と、優しい甘味と、ほんのちょっと芽生えた信頼のせいだった。




