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第21話 エルフお姉さんと黒き血の花嫁装束

 死力を尽くした激突の末に、夜の王は乗っ取っていた少女の身体から追い出され、勝ったりんぜは必殺技の使いすぎで気絶する結果となった。


 そうして、俺の目の前には意識のない女の子がふたり。どちらも介抱しつつ、モンブランとシルキィの待つ場所まで連れていかないと。


 まずはヴァンパイアのほうを、と彼女のことを抱き上げてみる。すると突然うめく声がして、その瞳が開いた。


「……あれ? あたし、なにをしてたのかしら……って、そうよ、これってあたしのカラダであってるわよね!? 入れ替わったりしてないわよね!?」


 彼女は大慌てで自分の体をぺたぺたと触り、服も体型も髪もしっかり自分のものであると確認すると、ほっと安堵の息をついている。

 思っていたよりも、ずっと騒がしい女の子のようだ。


「よかった。まさか身体を乗っ取られるなんて、このラミカ一生の不覚……でも、あなたが取り返してくれたのね。感謝するわ。

 あたしは『黒き血の花嫁装束』こと『ラミカ・トゥラフェノス』よ。あなたは?」


「俺は圭で、こっちの寝てるのがりんぜ。君を助けたのはりんぜなんだ」


「あら、そうなの? まぁ、どっちにしたってあなたたちには感謝しなくちゃいけないわ。ありがとう」


 ラミカの微笑みに頭を軽く下げた。

 実際のところ、試練を乗り越えて夜の王とも戦ったのはりんぜだし、俺自身はなにもしていないのだが、助けた相手がこうして笑いかけてくれるのは嬉しいことだ。


 というか、平然と二つ名を名乗っているわけだが、この世界ではわりと当たり前なのだろうか。恥ずかしくないのだろうか。


 さて、俺たちのやるべきことはまだある。ラミカとシルキィを会わせ、暁へと連れ帰るという大事なお仕事だ。

 彼女にそれを伝えるため、まずシルキィに借り受けた短剣を見せる。


「どうしてそれを、もしかしておねえちゃんになにかしたんじゃないでしょうね」


「シルキィお姉さんが貸してくれたんだ。ラミカを連れ戻すのを頼まれた証だってな」


 シルキィが捜していると伝え、一緒にお姉さんのところへ戻ろうと提案する。

 だがラミカは浮かない顔のままで、やがて口を開いた。


「おねえちゃんに信頼されてる人なら、これ、渡してくれる?」


 彼女が懐から取り出したのは、手紙と髪飾りだ。

 髪飾りには、シルキィの瞳と同じ翠色をした宝石がはめこまれていて、裏側にラミカ自身の名前が彫ってある。


「もうすぐ戦争が始まるかもしれないの。巻き込まれないうちに、おねえちゃんを連れ出してあげて」


「でも、彼女は君と一緒にいたいって」


「それは無理よ。魔王の資格者が国を治めるんだって、創世からの決まりだもの」


 確かに、取り憑いていた思念が身体から離れていっても、彼女の瞳には歪んだ三日月の紋が残っている。つまり、りんぜとの戦いで見せた銀の闇を操る力はラミカ自身の力のようだ。


 魔王覚醒を持つ者としての責務を放り出せば、今度はこの国に住むヴァンパイアたちが最も危険に晒される。

 ラミカはラミカで、再びシルキィと暮らすため、戦争を避けるために最大限の努力をするという。


 これは国同士、種族同士での問題だ。エルフのこともヴァンパイアのこともよく知らない俺たちが口を出せることじゃない。

 今できるのは、ラミカの手紙と髪飾りをシルキィに渡すことくらいだ。


「……わかった。なんというか、頑張れよ」


「言われなくたって頑張ってやるんだから……あ、ちょっと待ちなさい。あなたにもプレゼントをあげるわ」


 りんぜを背負おうとしてラミカに背を向けた瞬間、彼女は俺を呼び止めた。そのまま振り返ると、首元にその手が触れ、やがて首筋に牙が突き立てられる。


「ちょっ……!」


「動いちゃだめ。おとなしくしてなさい?」


 吸血鬼の牙が俺の皮膚を破り、異物感と少々の痛みとともに入り込んできた。続けて少女の柔らかな唇の感触がし、牙が作った傷跡から血液を吸い上げてゆく。

 自分から体液が流れ出し、それが少女の喉を潤し、その腹へと飲み下されているのだ。


 同時に傷口からはなにかが流れ込んでくるような感覚もあり、快楽なのか嫌悪なのかもわからない。

 唯一わかることといえば、その形容し難い時間が永久に続いてしまうように感じられていたことだった。

 なんだか視界がぼんやりとして、俺の首に噛みついているラミカの姿しか見えなくなって、しだいにそれさえも曇ってゆく。


 吸血は視界が霞んでも続いた。

 こくん、と鳴って、俺の血が少女の喉を通り抜けていく。

 背筋が凍る気配とともに、少女から得体の知れない力が俺の体に注がれていく。


「はい、終わりよ。ありがとう、美味しかったわ。よくがんばったわね」


 たった数分だったのだろうが、すでに一日が経ったかのようにも思える。


 そんな長い長い時間を経て、いつの間にかラミカの牙は抜けていた。彼女は口元に少しだけ血をつけながら俺の頭を撫でている。

 さっきまで頭がぼんやりしていたのがやっとなくなり、視界も明瞭になる。あれは貧血の症状というわけではなく、牙に麻酔の効果があったのだろうか。


「あなたにあたしの魔力を分け与えたわ。これで凡人の魔法相手なら簡単に抵抗できるはずよ。

 にしても珍しいわね、まったく魔力のない人なんて。普通、この世界に生まれた人間はみんな、多かれ少なかれ宿してるはずなのに」


 ラミカがプレゼントしてくれたのは魔力だった。異世界生まれなので体の中に魔法の力なんてあるわけなかったのだが、これからは魔法を使えるかもしれない。


 そうなったら、りんぜに任せっきりな自分も変えられるだろうか。


「それじゃ、おねえちゃんのこと、よろしくね」


「……ああ、わかった」


 いつか暁と夜が相容れる世界になったら、シルキィとラミカは二人で笑って過ごせるのだろうか。きっとそうに違いない。

 その時まで、シルキィを任されていよう。


 俺はラミカの想いと、気を失ったままのりんぜを背負って、夜の王の城を後にしたのだった。


 ◇


 エンディネに案内してもらいながら来た道を辿り、先に船で待っていたモンブランとシルキィのところにまで戻ってきた。

 まずりんぜを寝かせて、続けてラミカに託された髪飾りと手紙を渡す。


「……ごめん。約束、守れなかった」


 ラミカを連れ戻してくるなんて言ったくせに、こうして帰ってきてみればほんの少しの彼女の痕跡しか渡せない。

 それ以上の解決ができない自分が情けなく思えてしかたがなかった。


 一方、俺の思索などとは関係なく、シルキィは手紙に目を通していた。その文章を読み上げるかすかな声が聴こえる。


『おねえちゃんへ

 あたしはもう、お家に帰れないかもしれません

 けど安心してください あたしはきっとエルフもヴァンパイアも仲良くできる世界を作ってみせます

 その時は、また一緒に暮らそうね

 ラミカより』


 読み終えた彼女は、髪飾りを強く握りしめ、深呼吸をひとつすると、ラミカの決意に応えるように髪飾りを付けた。


「ねぇ! お願いがあるの。お姉さんのこと、連れて行って」


 自分をパーティメンバーに加えて欲しいと言い出すシルキィ。確かにシルキィの魔法は強力だし、勇者試験に必要な人数にはあと一人足りていない。

 彼女が来てくれるのなら心強いが、本当にそれでいいのだろうか。


「強くならなきゃ。ラミカが戦ってるんだから、お姉さんだって暁に引きこもってなんていられないもん」


 シルキィの目を見て、モンブランと顔を合わせ、互いに頷いた。彼女自身が本気なら、俺たちに拒む気はない。


「これからよろしく、シルキィお姉さん」


 しっかりと握手をして、それを挨拶とすると、俺たちの乗る船は再び暁の国目指して出航することになる。


 夜の国を囲む暗雲立ち込めた海域を抜けて、決意を新たに太陽の下へと、進んでいくのだ。


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