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第2話 ヤンデレ幼馴染み、再び

 俺こと奈浪圭が目を覚ますと、そこは開けた平原であった。


 足元の草は見慣れない形で、ふわふわとした感触をしている。

 そこを歩いている虫らしき小さな生き物も、よく見ると目が五個ついているらしく、生物として違和感がある。

 空には鳥のようなコウモリのような、どっちつかずの生き物が飛び回っており、圭が今までいた世界とは違うらしい。


 それに、服も制服ではなく、中世ヨーロッパの庶民風になっている。カッコよくはないが、ファンタジー世界だからきっと馴染むのだろう。


 なるほど、ここが異世界というわけか。


 こういうののセオリーとして、なにかしらうろつけば、例えば襲われている美少女や巡回中の騎士団かが見つけてくれるものだろう。


 とりあえず、俺はあてもなく歩き始めた。

 たまに思いついたやり方を試して魔法もなにも出ないのにがっかりしつつ、人影を探して回る。

 しかし、見通しはいいのにそういったものはまったくと言っていいほど見当たらない。


 少し歩いて見えてきたものとしては、かなり遠くの石造りの建物くらいだ。

 街が存在しているのは確実ながら、今のところ、あそこを目指すしか選択肢がないらしい。


 たどり着くまで、何事もなければいいのだが。

 戦力のない異世界人は、モンスターなんかに出会したらもう逃走しかない。

 周囲には細心の注意を払い、ゆっくりと踏み出していく。


 すると、前方の草むらから、がさりと音がした。嫌な予感がすると思い、まず逃げる体制を作る。

 鬼が出るか蛇が出るか、それともモンスターか。できることなら、冒険を助けてくれる美少女であってくれないものか。


 しかし、残念ながら、答えはモンスターだった。

 草むらから飛び出してきたのは、先程見かけた目が五つのてんとう虫に似た丸い甲虫で、しかしサイズは比べ物にならない。

 俺の背丈よりも大きいくらいで、驚きで腰を抜かしそうになった。


 虫は飛び出してくるなり、鋭い顎をかちゃかちゃと鳴らして威嚇してくる。

 あんなのに噛まれたら怪我ではすまないだろう。もしかしなくても絶体絶命だ。


 後ずさりから、思い切って振り返り、助けてと大声を出しながら走り出す。

 明らかに街とは逆方向だが、せっかくの異世界ライフがここで終わっては最悪だ。


 虫のモンスターは俺を追いかけて飛び立ち、追いかけてくる。

 進む先に打開策があればいいが、あいにくここはなにもない平原で、そんなものを望めそうにない。

 相手が飛ぶ速さも勿論俺より上だ。


 だが、ここにはより高速で動けるものがいた。


 いままで上空を飛び回っていた、コウモリだかプテラノドンだかよくわからないような生き物が虫をひとくちに食べてしまったのである。

 ほぼ丸呑みだったが、モンスターは平然としていた。あのくらい、よく捕食しているのだろう。


 そんな光景を目の当たりにして、俺は自然界の厳しさを知るとともに、これで一安心かと思った。

 いや、違う。状況はもっと悪かった。


 空を飛ぶモンスターが、今度は俺に目をつけていたのだ。


「クエーッ!」


 しかも、こいつ仲間を呼びやがった。

 空からたくさんの同族が降りてきて、すぐに俺は囲まれてしまう。

 虫のときなんかよりピンチらしいピンチだ。尖ったクチバシからは殺意を感じるし、いきなり積みではないだろうか。


「ううん。圭くんは大丈夫。だって、私が護るんだから」


 この声は、りんぜだろうか。

 まさかこの期に及んで幼馴染のことを思い出すだなんて、ホームシックってやつかもしれない。


 そういって苦笑いをした俺の頬を、誰かが叩く。


「本物だよね……うん、本物の圭くんだ! 待っててね、邪魔者はみんな私がお掃除するから」


 目の前には、たしかにりんぜの姿がある。

 しかも、いつもよりセーラー服の丈が短くて、黒髪は心なしか妖しく紫に光っているような。


「え、本物?」


 彼女は俺の疑問に答えないまま、あたりを取り囲んでいるモンスターたちに向き直る。

 すると黒の長髪が強く紫に輝き、背筋の凍る黒い風が吹き荒れる。


 また、その両眼にはあの魔王の少女と同じ、泡と触手の紋章が浮かび上がる。

 紋章が放つ鮮烈な紅は髪から溢れる輝きとともに彼女を畏怖すべきものとして彩っていた。


 彼女を怒らせてしまったことはあっても今のこれとは訳が違う。

 それはりんぜが纏っているはずの優しげな気配ではなく、深淵よりも向こう側より現れる恐怖の風だ。


「私の圭くんに近寄るな」


 静かに言い放たれた言葉は宣告である。怒りが少女の魔を目覚めさせ、彼女を突き動かす。


 俺がまばたきをした次の瞬間、りんぜはすでに目の前にはいない。

 想像を絶する速度で一体目に飛びかかり、組み付くだけで首をへし折り、引きちぎる。


 絶命は明らかとなった一体目の残骸を蹴って、標的は変わる。

 脚に灼熱の白い炎を纏わせ、二体目と三体目を二連続で蹴りつけるのだ。

 着地するまでには高エネルギーによって二体のモンスターは耐えきれず爆発しており、炎と煙が吹き上がっていた。


 だが敵はまだいるし、彼女もまだ攻撃をやめるつもりはない。

 拳銃の真似をして構えた両手から圧縮された空気の弾が放たれ、何体もの体を貫き、一撃の元に仕留めていく。


 仲間が次々に倒されていくのを見て、はじめに俺を狙った個体が再び鳴き声をあげた。

 よく見ると、奴だけはくちばしに赤いラインが入っている。リーダーの証だろうか。


 号令を受けた部下達は、仲間をやられたこともあり、一斉に襲いかかってくる。その狙いは俺のようで、敵陣に飛び込んでいたりんぜは俺の名前を叫んだ。


「圭くんっ!」


 彼女の瞳の紋章がひときわ強く輝いて、またしても黒い風が吹き荒れる。

 今度は威圧ではなく、攻撃のための風であり、それらは飛びかかってくるモンスターどもを巻き上げて、上空で竜巻の中に閉じ込めてしまう。


「私、言ったよね……圭くんに近寄るなって! 『白痴なる残酷イディオティック・サイクロン』ッ!」


 飛び上がった少女は暴風を集め、暴風たちは彼女に呼応してより小さく圧縮されてゆく。

 まるで刃のごとく鋭く、上空からりんぜが迫る。黒い風で軌道を描きながら、必殺の一撃が叩き込まれる。


 直撃した瞬間に起こるのは、激しい爆発だ。

 俺は思わず伏せて、顔をあげた時にはもうモンスターたちの塊はどこにもなかった。


 残ったのは一匹、リーダー格の個体だけである。無論部下がすべて倒されてしまい、勝てないと踏んで逃げ出すであろう。

 りんぜはそれを逃がすまいと指を鳴らす。


 すると先程の必殺技の規模を小さくしたような竜巻の檻が現れ、広げられた翼を押さえつけ、地面に引きずり落とす。


 こうして逃げることも許されなくなった相手に対し、りんぜは手刀で首をはねて済ませ、ついに群れは全滅する。

 俺を襲ったピンチは、突然現れた幼馴染によって打開されたのだ。


「終わったよ、圭くん。邪魔者はみんなやっつけちゃった」


「お、おう、ありがとう……でも、本当にりんぜなのか?」


 俺の知っているりんぜはあんな魔王じみた攻撃はしないし、ヒーロー番組みたいな必殺技も放たないのだが。

 疑いを含んだ目を向けられて、りんぜはそれならと話し始めた。


「圭くん……朝起きたら、まず右に転がってから起きるよね。それからすぐにスマホを見て、ゲームを起動しながら顔を洗って、朝ごはんを食べるまでに十五分。朝ごはんはだいたいお魚が食べきれなくてちょっと残しちゃうの」


 あ、これは間違いなくりんぜだ。

 彼女はなんで知ってるのかわからない、どころか俺自身でも意識してない情報をやたらとたくさん握っている。


 今回のはやたらと嫌な予感がするが、仮に自室にカメラが仕掛けられていたのだとしても、もうここは異世界だ。カメラも自分の部屋もない。


 とにかく、彼女がりんぜに違いないのはわかった。

 それよりも、さっきのはいったいなんだったのだろう。凄まじく強かった、ような。


「たぶん、私をここに連れてきてくれた魔王さんのおかげだよ。魂を貸してくれるって」


 つまるところ、その魔王と名乗った存在が、りんぜを異世界に転移させるとともに、このチート級のパワーを与えたということか。

 俺はなにも貰ってないぶん、りんぜがとてつもないものを貰っている気がするが、まぁ彼女と一緒にいれば安全ということになるだろう。


 しかし、魔王か。

 あのとき女神様が「魔王を倒せば世界は救われるでしょう」とか言ってた気がするんだが、まさかその魔王と同一人物を指しているんじゃなかろうな。

 もしそうなら、倒すべき敵の力を借りていることになるのだが。


「ねぇ圭くん。これからどうするの?」


「わからないけど……今はあの街を目指そうかな」


 このままだと、食糧も心得も、寝床すらもないのに野宿することになる。

 草むらにはあの虫がまだいるだろうし、正直危険だ。

 人が住んでいる場所なら、宿屋なんかが見つかるだろう。


「……りんぜ、ついてきてくれるか?」


「うん。圭くんが行くなら、どこへだって」


 彼女の笑顔は、知らない世界に投げ出された俺にとってはこの上ないくらいに大切なもので。


 ここから、俺とりんぜの冒険が始まったのだ。

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