第19話 ヤンデレ幼馴染み、夜に立つ
「ねぇ、お姉さん、ひとつだけアイデアがあるよ。ちょっと強引だけど、この影をみんな倒せるの」
シルキィの提案に、俺とモンブランは頷いた。早々に決着をつけられるに越したことはない。
彼女が言うそのアイデアとは、光を放つ魔法陣に回復魔法を接続させることだという。光に浄化の属性を付与することで影への効力を高めるのだ。
シルキィの光魔法は効果があったわけで、それがより高位の魔法になるため、この方法ならば侵食や暗黒を祓うことができるに違いない。
ふたりはすぐに実行へと移る。シルキィの振るう短剣の刃が魔法陣を作り上げ、モンブランがその中心に向かって回復魔法をかけ始める。
魔力の波長として届けられた回復魔法によって魔法陣は軋むが、即席で陣を書き足すことで効果を保つ。
準備ができたら、あとは解き放つだけだ。シルキィに親指を立ててみせてもらい、それを合図にりんぜを呼ぶ。
「りんぜ、離れろ!」
俺の掛け声が届くと同時に、彼女は人影たちとの交戦から一旦退き、俺のところまで戻ってくる。
りんぜを狙っていた人影は追いかけてこようとするが、獲物にたどり着く前にシルキィの魔法が解放されていく。
「お姉さん、ちょっと眩しくしちゃうから」
溢れ出した輝きはシルキィによって集束し、掲げられた短剣の刃がそれを纏うと、切っ先から一条の光線として放たれる。こっちへ向かってくる相手を皆飲み込んで、消し飛ばしていく。
はじめの数秒だけは耐えていた相手も、浄化の魔法が作用したことで、魔力の塊として維持していられなくなり崩壊をはじめていた。
少しでも崩壊の兆しが見えれば、それまで耐えられていたはずの光の魔法はとうに致命的なものとなっており、すぐに人型を保つこともできずに壊れていくのだ。
そのまま何体もの敵が簡単に消えていき、ついには光が飲み込むべき敵の姿はなくなった。
そこで光線は役目を終えて、集束していた残る魔力も霧散し、モンブランはほっと胸を撫で下ろしていた。
今までずっと眺めていたエンディネが拍手をしながら現れ、試練は終わったと告げる。
「おめでとうございます。夜王様のもとへ案内いたしましょう……ですが。
あなたは大丈夫ですか、シルキィお嬢様」
見ると、シルキィは苦しげに顔を歪めつつ、辛うじて立っているという様子だ。すぐに限界を迎え、膝をついてしまう。
いったい何があったのだろう。そう思っていると、エンディネが再び口を開く。
「二種の魔法を無理につなげたのですから、身体には大きな負担がかかる。シルキィお嬢様はあまりお身体の強いお方ではありませんから、なおさらです」
こいつらを一気に倒すために、即ちラミカに会うために、無理をしたということか。
それだけ妹のことを大切にしているんだろうが、それで倒れてしまっては意味が無い。
「だ、大丈夫、だから。お姉さん、頑張るから」
「……いいや、駄目だ。お姉さんはここで待っててくれ。ラミカは俺たちが連れ戻してみせる」
相手は夜の王だ。体力の尽きかけている彼女を連れていけば、狙われ、命が脅かされるかもしれない。
シルキィのことは回復のできるモンブランに任せ、俺たちだけで先へ行った方がいい。
「けど、ラミカは……」
「無理はなさらないでください、死んでしまったら妹さんに会えないままになってしまいます」
モンブランにそこまで言われ、シルキィはやっと考え直してくれたのか、弱々しく頷いた。今は安静にして、妹との再会のあとに備えてもらおう。
「……ま、待って」
じゃあ行ってくる、と告げて再び歩きだそうとして、シルキィは俺のことを呼び止める。彼女は自分のスカートに収納してあった短剣のうち一本を取り出すと、手渡してくれた。
その刀身には『お姉ちゃんへ』というメッセージが刻まれていて、また柄から伸びる鎖の先はペンダントになっていて、一枚の写真が入れてある。
シルキィと並んで桃色の髪の少女が写っていて、どうやら彼女がラミカらしい。
「それがあれば、きっとあの子も私が探してるってわかってくれるはずだから。お願い、してもいい?」
勿論だ。すぐに頷いて、また振り返って歩き出す。
エンディネの後ろについて、りんぜの隣に並び、いざ夜の王のもとへと向かうのだ。
◇
「その剣は、ラミカお嬢様がシルキィお嬢様にプレゼントしたものです」
歩きはじめてしばらくすると、突然エンディネが口を開いた。シルキィが渡してくれたこの短剣は、彼女の宝物なのだという。
引き取られたばかりでお互いにうまく仲良くなれなかった頃、魔法の練習にとラミカから送ったものだ、とエンディネは話す。
「……どうか、ラミカお嬢様をお助け下さい」
その一言には、エンディネの本心が現れていたように思う。夜の王の側に立ちながら、彼女たちの成長を見守ってきた者として、シルキィとラミカの幸せを願っているんだろう。
そのうえ、シルキィは思い出の品を託してくれたのだ、俺たちは信頼されている。気合を入れ直さないと。
「この城が、夜の王様の居城でございます」
エンディネの案内により、ヴァンパイアの街を避けるようにして裏道を進み、遠くから見えていたあの巨大建造物のもとへたどり着いた。
俺の身長よりもはるかに高い門が開かれ、金属がきしむ音をたてながらその全貌が見えていく。
それはいかにもヴァンパイアといった、禍々しい造形と暗い配色の建造物で、血の色をした絨毯が入口から下のように伸びている。
エンディネはそのまま俺たちを連れて、いくつかの階段を上り、ひときわ大きくて重そうな扉まで案内してくれた。
この先に夜の王がいるらしく、案内はここまでのようだ。エンディネは立ち止まり、かわりに俺たちが扉に手をかけると、扉はひとりでに動き出す。
ランプがひとつしかないような薄暗い部屋だが、その奥は広く、王の間らしくさまざまなものがあった。
「よく来たな、歓迎しよう」
蝙蝠に似た生き物が何匹かバサバサと飛び回り、玉座へと向かっていく。そこにはひとりの少女が座っており、来訪者を微笑みで出迎えた。
「我ら高貴なる血でない者がここにいるということは、私の試練に合格したというわけか。ほう、褒めてつかわそう」
彼女は長い八重歯や黒いマントと、吸血鬼らしい姿をしており、同時に桃色のツインテールが可愛らしさを際立たせている。
また、そのプライドの高そうなツリ目には紅の紋章が浮かんでいた。象徴しているのは歪んだ三日月の影で、あれが夜の王における魔王覚醒の証に違いない。
「あの子がここの王様なら、あの子を倒せばいいんでしょ……!」
りんぜが瞳の泡と触手を湧き上がらせ、臨戦態勢となる。だが、まだ戦いを仕掛けるには早い。彼女を制止する。
「待ってくれりんぜ。俺はあいつと話したい」
少女のいる玉座のほうへ、一歩出ていく。彼女の周囲の蝙蝠たちはざわめくが、彼女自身は俺を面白がるように見た。
「ほう。どうした? 試練を合格した褒美に聞いてやる」
「この写真の女の子、君で間違いないか?」
俺はシルキィに貰った短剣と、そこにつけてあるペンダントを取り出した。
そこに写っている少女は、目の前の彼女と比べてみると、瞳に魔王覚醒の紋章こそないものの、桃色の髪といい顔立ちや体形といいそっくりである。
「なるほどな。お前達の目的はこの体というわけか。ならばいいだろう、私に勝ったらラミカを解放してやる。
無論、お前達の敗北は即ち死を意味するがな」
体とか、解放してやるだとか、まるで本人ではないかのような言い方だ。もしかして、体を乗っ取る魔法かなにかが存在するというのか。
だとしたら、相手の口車に乗ってやるほかにないだろう。
「りんぜ、いけるか?」
「もっちろん。圭くんに力が必要なとき、私は戦うんだから」
また幼馴染に頼ることになってしまうが、彼女は頼もしい返事をしながら前に出てくれた。
夜の王とりんぜが向かい合い、睨み合う。あたりに緊張感が漂い、魔王覚醒の証を持つ者同士の戦闘が始まろうとしていた。