第18話 ヤンデレ幼馴染み、夜の影を見る
夜の国がある島へ向けて航行するうちに、天高く太陽が輝いていたはずの空は暗くなっていき、俺たちは名の通り暗雲に包まれた海域へと突入していた。
海の動物と呼ぶには凶悪な器官や巨大な体躯を備えた魔物の姿もちらほらと見えるようになり、襲ってこないかハラハラする。
だが、飛んできてもシルキィとりんぜが迎撃してくれて、船は無事なまま陸地に近づいていくことに成功した。
途中で出てきたヒレのたくさんついたアルパカめいた生き物は顎が鋭利でどうなるかと思ったが、シルキィが凍りつかせ、りんぜが蹴りで破壊するという連携攻撃で撃破していて、俺はほっとした。
りんぜが一方的にシルキィを警戒していた関係だったが、こうして戦闘で息が合うのなら、そこまで心配はいらないのだろう。
船から陸地に下りて、操舵をしてくれたエルフのお兄さんに挨拶をしながら、ついに夜の国へ上陸する。
暗雲に包まれ、明らかに空気の澱んでいる土地であり、生えている植物も禍々しく歪なものばかりだ。
恐ろしい島だが、今は進むしかない。
「向こうに一番大きな建物がありますね……もしかして、あれが夜の王の城でしょうか?」
モンブランが遠くを指した。
言われてみれば、暗雲のせいでよく見えないが、ぼんやりと黒い建造物が立ち並んでいるのが見える。
そのうちのひとつは特に背が高く豪華であり、モンブランの言っているのはあれらしい。
「うん、間違いないよ。お姉さん、覚えてるもん……戦争のとき、あの場所に連れていかれたことがあるから」
シルキィの苦い思い出にあの場所は刻まれていた。彼女にとっては思い出したくもない出来事だろうが、これで確証がとれたわけだ。
フェリアスに見せてもらった手紙が夜の王からの挑発なら、あの場所にラミカがいると考えていい。
目的地が決まり、俺たちは夜の国を歩き出す。
だが、上陸はいつからか気づかれていた。
待っていたかのように人影が現れ、俺たちの行く手に立ち塞がる。
それは耳の尖った暗褐色の肌をした女性で、ヴァンパイアの一族というわけではないらしい。どちらかといえばダークエルフというやつか。
シルキィが彼女を見て、驚きと共に声をあげる。
「エンディネ……? そうだよね、どうしてこんなところに?」
女性はシルキィに向かって頭を下げつつ「はい、エンディネでございます」と呼びかけを肯定した。
シルキィの問いには答えなかったが、彼女は自分に着いてこいと言いたげに背中を見せる。
「知り合いなの?」
「エンディネは私とラミカの乳母で……少し前に突然辞めていっちゃったんだけど、まさか夜の国にいるなんて」
肌の色もあのように暗く染まってはいなかったそうで、ヴァンパイアたちになにかされた、と考えるべきか。
しかし、彼女は城の方へと俺たちを先導しているように見える。
果たして信用していいのだろうか。
「ご安心を。私は来訪者へ試練を与えるだけでございます」
彼女に連れられるままに進んでいくと、先ほどよりも城に近く、開けた場所に出る。
あたりを見回しながら、試練を与えるとはどういうことか考えていると、エンディネは指を鳴らして地面に描かれていた魔法陣を輝かせた。
地面から漏れだした魔力が吹き荒れる中、現れるのは数体の魔物の群れである。
影絵で描かれたように真っ黒な女性や、その一部だけを象ったなにかがうごめき、儀式的な踊りのようにも見えた。
そいつらは俺たちのことを視界にみとめたのか、不気味に流動してにじり寄ってくる。
顔らしきものも見当たらず、無論こちらを見ているのかもわからない。しかし、視線の気配だけはこっちに向けられており、背筋が凍る。
「夜王様はこの試練を潜り抜けた者のみを自らのもとへ通すと仰せです」
こいつらを倒さなければ、ラミカをさらった張本人の所へは行けないというわけだ。
すでにりんぜたちは臨戦態勢に入っており、あたりは戦場の緊張感に包まれる。
先に動き出したのは影のほうだ。人体によく似た奴らが駆け出して、飛びかかって襲ってくる。
迎撃にりんぜが殴りつけると、実体は確かにあるようで、しっかりと吹き飛ばされていった。
「うわぁ、なんかついちゃった……」
人影を殴ったりんぜの拳には、あの真っ黒な体を構成していたであろう液状のなにかが付着している。
黒い風を纏い、ジェットタオルの要領で吹き飛ばして対処していたが、付けられて気持ちのいいものではないのは確かだ。
そこで、攻撃体勢に入っていたモンブランを下げて、シルキィが前に出た。
彼女の魔法は空中に短剣の切っ先で魔法陣を描き、実行するものだ。
かなり複雑な形をしているものだったが、一瞬で書き上げ、魔法が実行される。
「みんな、目を瞑って!」
言われた通りにすると、魔法陣から現れたのは閃光だったようで、目蓋越しでも眩しいほどの光が放たれる。
影には光というわけだ。実際効果はあったみたいで、腕だけなどの小さな影たちは一気に消え失せ、相手の数減らしには成功する。
「よしっ、ちっちゃいのはいなくなったよ。お姉さん、大成功……!」
自分の魔法がうまくいったのが嬉しいのか、素直に喜んでみせるシルキィ。
それはあえて隙を作る作戦や余裕の現れなどではなく、ただ戦闘に慣れていないゆえの反応だった。
よって、背後から近づく残党に気が付かず、咄嗟に俺が庇うことになる。
人影が振り撒く泥らしき暗黒の液体が背中に触れ、その箇所が焼け付くように痛み、思わずうめき声をあげた。
「圭くんッ! この、真っ黒のくせに……『残酷なる──」
「駄目だ、りんぜ……必殺技はとっておいてくれ」
りんぜは感情のままに力を収束させていたが、俺の声で必殺技の使用は思いとどまった。
代わりに風を纏わせたパンチにより、一体の胴体に穴を開け、爆散させて撃破する。
しかし、ばらばらになったところで再び結集し、人型に戻ってしまっていた。
駄目ならもう一度、それでも駄目なら蹴りに変え、纏う風を炎として、しかしうまくいかない。
だが、集まってはりんぜが散らしてくれているおかげで、相手が攻撃に出る暇がなく、こちらは作戦会議ができるのはありがたいことだった。
「っ、だ、大丈夫!? どこが痛いの、って、背中だよね、あ、あ、お姉さん、なにすれば、その、えっと」
「……それより、今のうちに打開策を用意しないと、だよな」
俺に覆いかぶさられながら、大慌てしているシルキィ。実際にダメージを受けた俺よりずっと混乱している様子だ。
だが、彼女が俺のぶんまで慌てているおかげでなんだか冷静になれる気がする。
りんぜが敵を引き付けてくれている間にとモンブランを呼び、回復魔法をかけてもらう。彼女の魔法には鎮痛作用があったおかげで、かなり楽になった。
「これは、ヴァンパイアの魔力の塊みたいです。それもかなり上位の、濃縮されたものですね。痛みは侵食によるダメージです」
我がパーティの異世界知識担当こと、モンブラン曰く。
ヴァンパイアの魔力には周囲の魔力を染め上げる力があり、それが俺の体には痛みとして現れた、ということのようだ。
魔力の塊であれば、先程のシルキィが放った光の魔法でかき消されてしまうものがあるのもうなずけるだろうか。
残りを倒すには、シルキィの使った魔法よりも強いなにかで、ヴァンパイアの魔力そのものを消し飛ばせるなにかを用意しないと。
この直後には、夜の王との戦闘が待っているに違いない。
三度以上りんぜの必殺技が必要になるかもしれないのだから、彼女に頼るのはダメだ。
「ねぇ、お姉さん、ひとつだけアイデアがあるよ。ちょっと強引だけど、この影をみんな倒せるの」
強引だとしても、まずは話を聞かなければ乗るも乗らないも決められない。
俺もモンブランも頷き、シルキィの話を待った。