第17話 エルフお姉さん、再出発
船を襲う巨大カブトムシに、その巨体を前にしてなお立ち向かうシルキィ。
彼女はお姉さんにまかせてと言い、武器である短刀を構えている。
彼女ひとりに戦わせるのは危険だ。
だが、残っているのは攻撃に魔法の使えない俺とモンブラン、物理攻撃が主体のりんぜだ。
仮にりんぜの必殺技が通るとしても、この後にはお姫様奪還作戦が待っている。できることなら温存しておきたい。
ここは彼女に任せ、ひとまず様子を見ているべきだろう。
「わかった、お姉さんに任せる」
俺はシルキィの言葉に頷いて、りんぜとモンブランの手を引き彼女たちを壁に隠す。
そして、魔物とシルキィの戦闘が再び動き出すのを見守っていた。
「……えへへ、お姉さんって呼んでもらっちゃった」
彼女は頬をほころばせながら、突進してくる魔物に対して短刀を振るう。今度は空中に描いた印からいくつもの氷の礫が飛び出していき、魔物を取り囲むとひとつの大きな氷の塊にしてしまう。
氷塊は勢いそのままに彼女へ向かっていくが、すかさず次の魔法陣を描き、激突の衝撃を反射する壁を作ることで突進を退けた。
「今度はこっちから……!」
氷漬けにされてなお暴れようとわずかに動く魔物に向けて、シルキィは二本の短刀でより複雑な形を描いていく。
徐々に空間が断裂し、海風が吸い込まれる暗黒の穴が生まれ、そこから這い出てくるのは溶岩でできた竜だった。
彼女が指示を下し、竜がそれに従い、宙を泳いで氷塊へと向かっていく。
溶岩の竜は氷の塊を飲み込み、真っ黒な塊となって封じ込める。
そして、余ったエネルギーは行き場をなくし、閉じ込められた魔物ごと跡形もなく爆発するのだ。
すさまじい爆炎と轟音が海上に響き、煙があがり、やがて晴れていく。
そこにはすでに巨大カブトムシの姿はなく、破片がいくつか水面を漂うのみだ。魔物は撃破されたのである。
「できた、よ……お姉さんにも、戦えたよ」
どこか軽い足取りで戻ってきたシルキィ。彼女にとってもこの勝利は嬉しいものだったんだろう。
お疲れ様、と声をかけると、頬をほころばせたシルキィの表情が向けられて、なんだか見ているこっちまで嬉しくなってくる。
「圭くん、もうすぐ着いちゃうんだからね」
りんぜの指摘で海のほうに目を向けると、気がつけばすでに、小さくながら暁の国らしき島がぼんやりと見え始めている。
魔物を討伐したところで、安心してはいられない。シルキィの妹を取り戻すため、気を引き締めなければ。
◇
カブトムシの魔物のあとには刺客もなく、安全に暁の国へと到着した。一週間と少しの船旅は無事に終わり、空には天高く日が昇っている。
「お待ちしておりました、冒険者殿」
船着場では、俺たちの船を待っていたらしい一行が出迎えてくれる。
中央に金の長髪で長身でしかも美形の青年がおり、その周囲を武装して騎士然とした出で立ちの人々が取り囲み警護している。
その青年の瞳には赤く紋章が浮かび上がり、彼にもまた魔王覚醒の力があることがわかった。
紋章の形は三本の稲妻。サクラが見せてくれた書物にあった、エルフの王の紋章を描いたスケッチと同じだ。
「巫女姫様の命を受け、我が国の姫を助けるためにおいでくださったこと、誠に嬉しく思います。なにより巫女姫様に我が国のことを想っていただけるとは至上の喜びでございます」
「は、はあ」
「さぞお忙しいでしょうに、私などの手紙を読んでくださったのでしょう。私も彼女も本当に幸せものでございます」
どうやら彼はかなり一方的に話すタイプらしいが、話し終わったのかぴたりと言葉が止む。品定めするように俺たちを見て、それからりんぜの瞳の紋章を見て、彼は驚きを隠せないといった反応をみせる。
「なんと、まさか! 魔王覚醒を持つ冒険者ですか、さすがは巫女姫様です、すばらしい人材をお選びになるわけだ……ん? その紋章、本当に魔王覚醒ですか?」
また弾丸の雨みたいに喋り、また質問でぴたりと止んだ。まるで銃を乱射してはリロードを繰り返しているみたいだ。
りんぜはそんな彼に対して引き気味に頷き、本物であることの証明のために黒い風を巻き起こした。
「なるほど、確かに……いや、翼の王はあの爺さんでしょう。確かに力そのものならば彼に迫るでしょうが、彼が譲り渡すとは思えませんし、かつ冒険者とは……」
「兄さん、りんぜさんが困ってるでしょ」
いまだ話し続けようとする青年の前へ、シルキィが顔を出す。兄さん、と呼ばれて彼は一瞬止まり、あわてて申し訳ないと繕った。
「つい熱くなってしまいました。巫女姫様のお美しさを思うとついこうなってしまうのです」
「兄さんがごめんね……あ、えと、この人は『フェリアス・アールヴ』。暁の国の王様で、私とラミカの義理のお兄ちゃんです」
紹介されたフェリアスはお辞儀をし、俺たちもすぐに頭を下げた。続けてシルキィは俺たちのことを紹介してくれ、お辞儀は何度か繰り返される。
義理の妹がお姫様ということはつまり、義理の兄が王様でもおかしくはない。驚いている暇があるなら、今はラミカについての情報が必要だ。
そう自分に言い聞かせて、互いの名を知るとすぐに本題へ移ろうとした。
「妹さんの居場所はわかっているんですか?」
「ラミカの居場所は、調べがついているどころか向こうから招待状を突きつけられているんです。それがこれです」
フェリアスはおどろおどろしい真っ赤な文字で綴られた手紙を見せてくれた。内容は「ラミカは夜の国で預かっている、助けたければ取り返しに来い」との旨で、受け取った側は挑発と考えているらしい。
しかし、現在両国は停戦状態にある。暁の国を挙げて攻撃すれば、再び戦争に発展してしまうのは間違いない。
そこで人の国から冒険者を呼び寄せ、勇者として送り込むことで、なるべく秘密裏にラミカを奪還しようという話だそうだ。
「君たちの乗ってきた船の操舵士にも伝えてあります。出発ならすぐにでもできるでしょう」
ラミカを助けに行くのだ。相手が待ってくれる保障もない以上、出発は早い方がいいに決まっている。
すぐに頷き、俺たち四人は歩きだそうとする。
しかし、フェリアスは最後尾を歩いていたシルキィのことを呼び止め、声を張り上げた。
「シルキィ、あなたは残りなさい。養子といえどアールヴ家の人間が関われば、なにを言われるか」
「でも、ラミカは私の妹だから。きっと、ラミカも私が行くのを待ってるの」
フェリアスの言うこともわかる。同時に、シルキィがラミカに会いたい気持ちも本物だ。
だが、今はシルキィがずいと相手に顔を近づけて、フェリアスにも食らいついてかかる。
「お願い、兄さん。あの子は私の光だから」
その言葉に、フェリアスは悲しそうな顔をして、それから仕方なさそうにわかったと首を縦に振った。
代わりに自分がシルキィ・アールヴであることを隠すため帽子をかぶるよう指示し、それからあとは俺たちに任せるという。
それは一国のお姫様を預かることを意味する。シルキィは船上でもあの大きな魔物を撃破したのだから、戦力として不安はないが、プレッシャーがまた増えた。
「行きましょう、お姉さん」
モンブランがシルキィの手をとり、ふたりは活力に満ちた視線を交わした。シルキィの家族を取り戻すため、冒険へと歩み出す。
隣にいたりんぜも、モンブランの真似をして俺の手をとり、俺たち四人は再び出発していく。
「ラミカはね。ひとりぼっちだった私の、唯一の話し相手だったの。
私は養子で、ラミカもそう。兄さんが引き取った戦争孤児だったから、お互いに寂しかった」
モンブランに連れられながら、自分の過去を思い返しつつそう話してくれる。
ラミカとはいつも屋敷をほぼ全域使って遊び、戦争のさなかに欠けてしまった心の穴を埋めるかわりとしていたそうだ。
「……もしラミカがいなくなったら……このまま帰ってこなかったら、お姉さんどうしよう、どうすればいいの……?」
自分で呟いたことに、不安がなんだか加速していくシルキィ。なんだかちょっと危うい感じだ。
妹との再会は、姉妹双方にとって大切なことなんだろう。
再び船に乗り込んで、今度は夜の国を目指して出航することになる。
この先に待っている運命が暁の光か夜の闇かは、まだわからない。