第16話 ヤンデレ幼馴染み、エルフと会う
巫女姫サクラからの依頼で、失踪したエルフの姫を助けることになった俺たち一行。
明日の朝になれば王国の側で船を用意してくれるため、一度宿に戻り、透明な魔物との戦いで消耗した体力を取り戻すことにした。
獣の村のときとは違い、暁の国はずっと北に位置してるため、船旅も長くなるとの話があった。それも理由の一つだ。
モンブランが加わったことでダブルベッドの部屋には通されなくなったが、りんぜが泊まる個室に集まり、会議と確認をする。
「モンブラン、暁の国ってどんなところなんだ?」
「はい、行ったことはないんですけど、エルフの人口は少ないので大きな国ではないみたいです。
魔法の研究が盛んで、暁製の魔道具は品質が高いって言われていますね」
モンブランの話はとても助かる。異世界のことをまだ全くと言っていいほど知らない俺たちにとっては、貴重な情報がたくさんだ。
彼女の話は続く。
「それと、隣にある『夜の国』とは敵対してて、はるか昔から睨み合い状態が続います。エルフとヴァンパイアはとっても仲が悪いんです」
最近は落ち着いたそうだが、今まで何度も戦争を繰り返しており、いまだ決着はついていないらしい。
宿敵のような関係性なら、もしかしたら姫をさらったのはヴァンパイアであるかもしれない。
それをきっかけにして、戦争が再開されてしまうかも。
「明日は頑張らないとな、俺たち」
姫様からの依頼というだけでなく、向こうの国に感じても責任重大だ。
俺なんかでいいのかと思ってしまうが、サクラはりんぜの実力を認めている。なら、期待に応えないと。
「そうですね、今日ははやめにお休みしましょうか。英気を養えるようなご飯、作りますね」
「あっ、じゃ、じゃあ、私は圭くんのそばで癒してあげるからね……!」
モンブランの恥ずかしがりで健気な微笑みは見ているとなんだか元気になれるし、焦ったりんぜが対抗してくっついてくるのも俺の鼓動が早くなる原因になる。
落ち着く、とは少し違うかもしれないが、宿でのひとときは安らぎの時間なのだ。
◇
それは翌日の早朝だった。
いつもより早起きして朝の支度を済ませ、出発の準備へと入っていたときである。
その来客は突然訪ねてきた。
彼女は帽子を目深に被り、顔を隠していながらも、背中の空いた衣装にミニスカートで露出の多い格好だ。
そうして見せている脚や背中は綺麗だったが、俺はそれよりも、とても大きく主張する胸のあたりに視線が吸い込まれる。
俺たちを探している様子で、伊勢神りんぜ様いらっしゃいますか、と聞いてまわっていた彼女は、俺にもその質問を投げかけた。
胸に向かいそうな視線を必死に逸らし、逸らした先にある腋や背中のまぶしさにやられつつ、答えようとする。
「あ、いや、その、い、いるんだけど」
「圭くんになにか用ですか?」
いま目の前にはいない、と言おうとして、背後から突然りんぜの声が聞こえてくる。思わず振り返ると、いつの間にか本人が立っており、作り笑いを浮かべていた。
明らかに女性のことを敵視している。たぶん、俺に話しかけていたのが気に食わないのだろう。
「え、えっと、彼女がりんぜです」
とりあえず、帽子の女性には探し人が目の前にいると教えて、話を進めようとする。用件がわかれば、りんぜも落ち着くはずだ。
俺たちは彼女の反応を待ち、彼女も用件を口に出した。
「あの、私、暁の国の案内役で。巫女姫様に言われて、船の準備ができたって言いに来たの」
よかった。これでりんぜの誤解も解けそうだ。
そう思ったが、りんぜは納得しつつも警戒をゆるめる様子はなく、どこかぴりぴりしていた。
「お弁当、よし! 着替え、よし! 圭さん、りんぜさん、荷物の準備できました!」
いつの間にかモンブランが支度を終わらせてくれており、すぐにでも出発は可能になった。
荷物の運搬は俺に任せてもらって、りんぜ、モンブランに案内役の女性を加えて、宿を発つ。
港では小型船が俺たちを待っていた。操舵のお兄さんに挨拶をして、みんなで乗り込み、船室の中で待機していることになった。
すぐにでも出発してくれるとのことで、数分もすると船は動き出す。
俺たちのほうは、二人用の椅子がふたつ向かい合っているところに座り、まずは案内役らしい彼女の話を聞くことにした。
「ええと、その、こ、今回はご指名いただき……? じゃなくて、よろしくお願いします……? 合ってるかな?」
か細い声で手探りな挨拶をしながら、帽子を脱ぐ彼女。
金色の髪に翠色の瞳も印象的だが、なによりもその長い耳が目に入る。彼女はエルフの種族であり、それを隠すために帽子をかぶっていたらしい。
エルフの年齢がどうかわからないが、彼女は見たところ年上だ。しかし、この仕事に慣れているわけではないのか、敬語がたどたどしい。
このまま話を聞く、というのは、とても時間がかかりそうだ。
「苦手なら無理に敬語じゃなくても……」
「いいの? じゃあ、普通に話すね。ごめんね、お姉さん、こういうのってはじめてで」
そう言ってみせる微笑みは優しげでか弱いものだ。案内役とはいうが、本来の彼女は人見知りで、もともとあまり他種族と関わってこなかったのだろう。
俺はそんな彼女のことが気になって、まずは名前と、続いてどうして案内役を引き受けたのかと聞いた。
「私は『シルキィ・アールヴ』っていうの。なんでここにいるかは……妹を助けたいから」
気弱そうな印象から一転、妹を助けたいというシルキィの瞳は本気である。本当に大切な妹さんなのだろう。
いや、待てよ。さらわれたのはお姫様で、そのお姉さんだとしたら、つまり彼女もプリンセスなのではないだろうか。
「妹さんって、さらわれたっていうお姫様ですか?」
「う、うん。私とラミカは、血の繋がった姉妹じゃないけど、大切な家族なの」
妹・ラミカのことが心配で、いてもたってもいられず、しかし暁の国としては表立って動くこともできないので、冒険者に依頼をした。そういうことらしい。
シルキィがラミカのことを話すとき、見せる表情は自然な笑顔や姉である自分が頑張らなければという使命感に満ちたものであった。
「家族想い、なんですね」
家族の記憶がほとんどないというモンブランには、なにか思うところがあったらしい。
俺の隣のりんぜも、横顔で見る限りは先ほどより警戒をゆるめているようで、多少なりともシルキィを受け入れてくれたように思える。
「案内役さん。暁の国まであとどのくらいですか?」
「あっ、そうだよね、えっと、いまはこのあたりだから……あと十日くらい、かな」
りんぜに聞かれて、あわてて地図を出すシルキィ。思っていたより離れている。
それもそうか。いくら魔法で船を動かすといっても、海外まで行くのと同義なのだから、時間がかかるのは仕方がない。シルキィの妹のことは心配だが、到着まで無事であるのを祈るしかない。
◇
そして、そのまま船の中で暮らすこと一週間ほどが経ったときだった。
突如巨大ななにかがぶつかってきたような大きな揺れが襲い、あやうくバランスを崩しかける。
目の前にそのまま倒れこめばシルキィに覆いかぶさってしまっただろうところを、一瞬のうちにりんぜが間に入って受け止めてくれており、シルキィには突っ込まないですんだ。
かわりに、またしてもりんぜの胸の感触が頬に触れる。
あわてて振りほどくには勿体ない気がしたが、操舵室から「大変だ」と俺たちを呼ぶ声がして、りんぜには礼を言って離れてもらう。
「あ、ありがとう、りんぜ。みんな、大丈夫か?」
「はい、私もシルキィさんも大丈夫です。でも、船が魔物に襲われてます!」
どうやら、ただでは暁の国まで行かせてくれないらしい。魔物を撃退しなければ、船ごと海に沈めてくるにちがいない。
四人で一斉に甲板へと急ぎ、水面から何度も飛び上がる大きな影に目を疑った。
相手は飛行する青いカブトムシで、船と同等か、それ以上の体躯を持つ。
「あれはオオウミカブトです! 本来は夜の国周辺にだけ生息していて、硬い外骨格は物理攻撃をほとんど通しません!」
モンブランがモンスター図鑑めいた解説をしてくれて、だったら、とシルキィが前に出て、ミニスカートの内側から短刀を取り出す。
それらは柄に鎖がつけられ、彼女の衣装の腰あたりに繋がっている。
刃にはなにか魔法陣らしい彫刻があるもので、彼女はそのうちの二本を両手に構えた。
巨大カブトムシは俺たちの存在を認識し、その角で船を攻撃していたのをやめ、今度はこっちに向かって突撃してくる。
「え、えいっ、なんとかなって!」
自信なさげではあるが、彼女が短刀を用いて空中に印を描くとそこから電撃を放ち、一時的に魔物の羽を麻痺させることで海へ撃墜した。
が、すぐに腹から水を噴射して再び宙へと浮かび上がる。
「ここはお姉さんにまかせて……くれると、うれしいな」
俺たち三人をかばうように立って、戦闘に集中を始めるシルキィ。
その姿は、今までみたどの彼女よりも凛々しかった。