表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/80

第15話 ヤンデレ幼馴染み、魔王を知る

 サクラが言い出した砦の魔物退治を終えて、俺たちは街に戻ってきた。

 戦闘中に少し擦り傷を負ったところはモンブランが簡単に治してくれ、返り血についてもなんと軍の魔法使いの人が洗濯の魔法をかけてくれた。

 血のしみを抜くのも簡単で、その点でいえば元の世界よりずっと便利だといえる。


 サクラによれば、あの砦はすぐに清掃や装甲の強化を施し、盗賊や透明な魔物でも簡単には入れないようにしていくという。

 せっかく取り戻したのだから、活気が戻ると嬉しいものだ。


 それよりも、俺たちが待っていたのは、サクラの語る魔王覚醒についての話である。

 彼女に黙ってついていくとなんと王の城にまで通されて、プリンセスの自室の奥から一冊の本を取り出してくると、テーブルに置き、広げた。


 本の名前は『魔王と女神』だった。魔王と女神と言われれば、俺が死んでいたときに騒がしくしていた二人組を思い出す。

 その本は神話やそれに関連する魔法の研究書らしく、昔の研究者が王命でまとめたものだという。

 一般の冒険者たちが知らない領域を見せてもらえるとのことで、内心とてもテンションが上がっている。


「こほん。では、話させていただきます。

 まず、りんぜ様。あなたの戦いぶりまでは目にしていませんが、確かにあれは魔王覚醒によって生じる力の流れです。本物と認めざるを得ないでしょう。

 しかしまさか、人の国にまで赴いていただけるとは。竜の民の王よ、人の国の姫として歓迎いたします」


「……えっ?」


 スカートの裾を持ち上げるあいさつをするサクラ。竜の民の王だと勘違いされているのがよくわからず、うろたえる俺たち三人。

 りんぜの魔王覚醒が本物なのは確かだろうが、竜などまったくもって見たことがないし、異世界転生と関係があるとは思えない。

 いったいなんなのかと尋ねると、サクラも首をかしげた。


「覚醒を使った時、白い炎を出したでしょう? あれは竜の魔王である証ですが」


「でも黒い風も出ますよ」


「黒い風……? いえ、そんなはずはないですよ。それじゃハーピーの王になりますよ」


 お互いにわけがわからず、疑問符が頭に浮かぶばかりだった。

 サクラの言っているのはこっちの世界での事実なんだろうが、りんぜがどっちも扱えているのも事実だ。

 話の整理がつかず、当人だけでなく聞いている俺のほうも混乱する。


「あ、あの、巫女姫様。申し訳ありませんが、基礎の部分から解説お願いできませんか……?」


 ここで、モンブランが助け舟を出してくれた。

 根本的な認識が違っていては話が進まないのだから、彼女のお願いはありがたい。まずは魔王覚醒とはなにかをきちんと把握しなければ。


「えぇ、わかりました。

 魔王覚醒は種族に対応した『十殻祖(クリファ・エセル)』の力を体に降ろすものです。

 私なら人王イヴ=サタン様、竜の民ならば竜王アドラメーレ・メグですね」


 サタンだのアドラメレクだの、かつての世界で聞き覚えがある名前が挙げられる。

 聞けば、魔王がこの世界を生み出す際に十の種族を作り、それらの最も初めに生まれた一人がその十殻祖(クリファ・エセル)と呼ばれているらしい。

 先祖である彼らの力を借りることが魔王覚醒で、それを行うことができるしるしが瞳にある紋章のようだ。

 ただ、紋章を手に入れるにはつながりがなければならず、自分と同じ種族の祖である必要がある、とも言っていた。


 そういえば、あの紋章。

 よく見ればりんぜとサクラで形が異なっており、レイジの持っていたものもそうだった。

 それらが違う王の紋章だというのなら、りんぜが何の王に認められたかもわかるのではないだろうか。


 そう提案したところ、サクラは『魔王と女神』をめくり、紋章のスケッチがあるページを開いて示す。

 九つの図形が並び、サクラの林檎やレイジの爪痕と一致するものも中にはある。

 しかしりんぜの持つ泡と触手に似たものはなく、それでは特定ができなかった。


 だが、代わりに俺はあることを思い出す。

 本には獣人やハーピーだけでなく、人魚や吸血鬼の記述も存在するのだが、それらの名を出してこっちの世界へ誘ってきた者に心当たりがあったのだ。


「魔王って、角と羽がついた女の子の姿をしてたりしますか?」


「え、えぇ、そうですが。どうかしましたか?」


 サクラは突然の質問に意図が汲めないようすであるが、その答えは肯定だった。

 すると、りんぜも自分がこっちへ来た時のことを思い出したらしく、合点がいったように手をぽんと打った。


「その人なら見たことある。魂を貸してくれるって言ってた」


 なるほど、だんだん真相が見えてきたぞ。

 俺がこっちの世界へと送られてきた時、遺されたりんぜを見かねた魔王は彼女に接触し、自分の力を貸した。

 それがこの強い力の源であり、りんぜの魔王覚醒の正体というわけだ。


「えっ、ほ、本当ですか? でも、ですよね、お二人のことですし嘘はつかないと思うんですけど、えと、魔王様がなんで……?」


 魔王の話題になったためか、モンブランはうろたえている。

 それもそうだ、確かにこの世界を作った創造神ともいうべき存在が、ただの冒険者のもとに現れたというのだから。

 だが、それらが本当だとしたら、紋章のことも、りんぜの使う力のことも、つじつまがあってくる。


 とはいえ、実は俺たち異世界人なんだなんて言っても信じてはもらえないだろうし、魔王の真意もよくわからない。

 魂を貸してくれている魔王本人に話を聞ければ助かるんだが、連絡手段があるわけはない。

 仮説を立証することもできず、かといってほかにうまい答えが思い浮かぶでもなく、この話はここで打ち止めになりそうだ。


 モンブランの疑問にはわからないと答えるしかなく、それを聞いたサクラは残念そうにため息をつく。


「魔王覚醒についてのお話はできました。しかし、りんぜ様の力の正体までは確定しておりません。私のほうでも、引き続き魔王についての文献を洗いましょう」


 王宮の書架は国内のどの図書館よりも大きく、ほとんどの情報がかき集められているという。頼りにできそうだ。


「えぇ、魔王が動いたとなれば、神話をかじった身として黙ってはいられませんし……あら? ごめんなさいね、少々お待ちください」


 部屋の戸を叩く音がして、サクラが応対をする。そのノックをしたのは慌てた様子の兵士で、なにかの報告があるようだ。


「どうかなされました?」


「こちら、暁の国からの書簡でございます」


 兵士が運んできた手紙を開き、目を通していくサクラ。いったいどんな内容であるのか、ときおりため息や怪訝な表情をみせている。

 やがて最後まで読み終わると、兵士を帰し、また本が置いてあるテーブルに戻ってきた。

 なにかしら問題が舞い込んできたらしいことは表情ですぐにわかるくらい、困った顔だ。


「なにかあったんですか?」


 きょとんとしてりんぜが訊ねると、サクラはしばし考え、見せても良いだろうと判断して書簡の中身を見せてくれた。

 綺麗な文字で手紙の内容が記されており、内容には協力を願いたい旨があるようだ。それも、人探しの。


「暁の国の姫がさらわれた、すぐに探し出して欲しい、って書いてありますね」


「暁の国?」


「エルフの皆さんが住んでいる島国です。人の国とは友好関係にあるんです」


 エルフのお姫様が攫われて、彼女を助けるという依頼を受ける。まるでファンタジーものの主人公たる勇者の定番の目的ではないか。

 いや、この世界はすでにファンタジーだし、さらわれたお姫様の安全が保証されているわけでもない。誰かが助けに行かなければ。


「行こうよ、圭くん。エルフの王様なら、魔王のことについてもっと知ってるかもしれないし」


 確かにそうだ。ほかの魔王覚醒者に会えば、別の情報が手に入るかもしれない。


 何よりエルフの国だということは、生のエルフ耳をこの目に焼きつけることができるということだ。

 獣耳のときもそうだが、画面越しにしか存在しないと思っていたものが存在するこの世界は、俺にもっては興味と嗜好が刺激されるものばかりなのである。


「りんぜ、モンブラン、付き合ってくれるか?」


「うん、もっちろんだよ!」


「はい、私もお姫様が心配です……っ!」


 次の目的地は決まった。

 サクラは明日になればしっかりとした船を用意できるといい、紙を引っ張り出してくると、簡易的ながら魔法陣を刻んで依頼の紙風に仕立てあげ、渡してくれる。


「どうかお願いいたしますね」


 そういう巫女姫様に見送られながら、俺たちは部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ