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第14話 ヤンデレ幼馴染み、我儘を聞く

 俺たちは地下室で見つけたまだ新しい血液を追い、その先にいる者を見つけ出そうと決めた。

 りんぜとふたりっきりで、先に待っているのが人間かどうかもわかっていない中を進んでいく。


 血痕は抵抗しながらも引きずられていったとみられるもので、追っていくのは難しくなかった。

 しかしだんだんとかすれており、この血の主の生存は望めなさそうだ。


「圭くん、あれ」


 りんぜが指したのは、頭部がなにかに覆い隠され、脱力した人間の体である。軽装で、手にはナイフが握られているが、痙攣さえせずに倒れているだけだ。

 血痕はそこで終わっていて、あれが盗賊の死体であることがわかる。


「おい、あれ、死んで……!?」


「待って、大声出しちゃだめ。あそこ、なにかいる」


 込み上げてきた悲鳴を抑え込むと、骨が砕ける音が聞こえてくる。死体の頭を覆い隠すなにかがうごめき、骨ごと食らっている。

 あれが、砦を放棄させるに至らせた魔物なのか。カメレオンの長い舌をタコの足に変え、四肢を強くして人間に体型を近づけたような姿をしている。


 とにかく、あれが目標の敵なら、倒せばお姫様の依頼は終わりだ。

 俺とりんぜが身構えると、魔物は大きな目をぎょろりと俺たちに向けた。

 そして、カメレオンらしく体色が変化し、風景と同化して見えなくなってしまう。


「圭くんッ!」


 背景に同化した相手の攻撃を一般人が察知できるはずもなく、りんぜが咄嗟に飛びつきかばってくれたおかげで無傷で済んだ。

 セーラー服の胸のあたりがちょうど顔の横に来て、平坦ながらもしっかりと柔らかい感触と女子高生の香りが俺を惑わせてくるが、いまはそんな場合じゃない。

 相手は透明で、人を食う。いつ顔面を齧ってくるかもわからないのだ。今すぐに対策を編み出さなければ、あの食われていた盗賊と同じ運命を辿るだけだ。


「圭くん、私から離れないようにして」


 そう言われて、俺は動き出す彼女にしがみついた。りんぜにはあの魔物の攻撃の方向がある程度わかるようで、何度も飛びかかってきているらしいのを巧みにかわしていく。


「見えないうえに速い……このままじゃ、そのうちやられちゃうかも」


 りんぜは回避を繰り返して機会をうかがうばかりで、うまく攻撃に転じられずにいる。

 彼女曰く、あの魔物が飛びかかってくる瞬間には景色が歪むらしいが、避けた直後に見失ってしまうという。


 せめて相手の姿がしっかりと見えれば、速度には追いつけるはずだ。だが相手は景色に同化していて、視認するのは難しい。

 どうにかして、あの擬態を破れないだろうか。


「そうだ、相手が見えないなら見えるようにすればいいんだ」


 俺はりんぜの手を引いて駆け出した。

 もちろん魔物が追ってきて、彼女に抱えられながらも目的地へ到着する。

 それは地下室に降りてきた入口の付近で、まだ血痕は乾いていない。

 今回は、これを使わせてもらおう。


「りんぜ、次にあいつが飛びかかってくる瞬間、あの黒い風でこの血を巻き上げてくれ」


「血を……? 圭くん、汚れちゃうよ?」


「あぁ、そうだな。でも、汚れるのは俺だけじゃない。あいつも同じだ」


 そう話しているうちに、地下室の奥の方で景色が歪んだように見えた。あいつが追いかけてきたのだ。

 りんぜは身構え、その黒髪に紫の光を宿し、敵を待つ。


 そして次の瞬間、作戦が実行された。黒い風が結集して渦となり、血溜まりの血液たちを巻き上げ、それを壁とする。そこへわずかに見える景色の歪みが突っ込んできて、赤の中へ突入していった。


 多少血液は飛び散り、俺にもかかってくるが、結果は大成功だ。魔物は狙い通り返り血を浴びて赤黒くなり、もはや保護色ではない。

 りんぜは回避の直後でも魔物を視認することができ、よって一気に決めに行くことも可能だった。


「よしっ、このままいくよ、『無限なる貪欲インフィニティ・ヒート』!」


 白い炎が集まり、竜の爪となり、渾身のパンチとして魔物に叩き込まれる。絶大な熱量に耐えられず、魔物の体表は焼き焦がされ、赤から黒に炭化していく。

 最後には全身が真っ黒になり、ぼろぼろと崩壊を起こし、すっかり灰になってしまった。


「これで退治完了、かな。あ、勢いで灰にしちゃったけど、いちおう証拠に骨をもらっていかなきゃ」


 今回は依頼の紙がない。そのうえ、りんぜの必殺技で魔物は灰と遺骨しか残っていない。

 よって、確かに討伐したという証にするなら骨を持って帰るしかないと、すすを払いながらその独特の頭骨を拾い上げた。


「モンブランとお姫様のところに戻ろうか」


「うん!」


 こっちの決着はついた。あとははしごを登って戻り、この頭骨をサクラに見せて顛末を説明すればいい。

 俺は魔物の骨を小脇に抱えながら地上の部屋に戻る。


 しかし、そこにモンブランもサクラもおらず、今度はそっちを探し回らなくてはならないらしかった。


「どこ行っちゃったのかな?」


「さぁ……あ、外に出てる」


 砦の建物の外にモンブランの姿を見かけ、駆けて出ていくことにする。あの魔物を倒した証を見せながら、これで巫女姫様の依頼も達成だと言おうとした。


「ごめん、待たせて──」


「っ!? 来ちゃダメですっ!」


 まさにその時、モンブランに先程の魔物と同じ生物が飛びかかろうとしていた。

 触手とその奥にあるクチバシが迫り、彼女も逃れようとするが、獣の足よりあの魔物が速い。そのままの速度でいけば、モンブランは食われていた。

 ただ今回、彼女は一人ではなかったが。


「魔王覚醒者の波動、確かに感じさせていただきました。地下室にもう一匹いたのは計算外でしたが、そうなればこいつに用はありませんね」


 ハイキックで魔物の攻撃をいなし、モンブランを守ってくれたのはサクラだった。彼女は現れた魔物を引き付け、時間を稼いでいたらしい。

 それももう終わりでいいと、サクラがとった行動はモンブランの背中を押してこっちへ避難させることだった。


「隠れていなさい」


 そういって、彼女は深く息を吐き、自らの周囲に虹色のオーロラめいた光を漂わせはじめた。りんぜの風や炎と同じ魔力の奔流らしい。

 瞳の中にある蛇と林檎が赤に輝き、魔王への干渉がはじまることにより大気が震える。


「鏡像の先、邪悪の果てに顕れる十の天球よ。彼の大樹は根より出で、地に枝を広げ、殻を破りて悪徳を綴る」


 サクラの口からは詠唱が紡がれ、虹のオーロラは彼女の身体へと巻き付くように集束してゆく。

 そのきらびやかなドレスはオーロラに包まれるとその姿を変え、長かった袖や裾は短く、背中から脇にかけてが大きく空き、サクラの素肌を露出させた。


「求めるは御言葉、願うは叡智の魔王。尊き魂よ、どうか迷える私に未来を」


 続く詠唱による最後の変化は、衣装とはならず漂っていた力たちが集まり、本の形となったことだ。

 それらのページには常に細かな文字が刻まれては消えていき、叡智の魔王の象徴としてサクラの周囲を旋回している。


 虹色のオーロラによって阻まれていた攻撃が通るようになったとみて、魔物が彼女目掛けて動き出す。

 その瞬間にはわずかな歪みが景色にあらわれるが、次の瞬間には魔物は高速で迫っており、視覚に頼ることはできない。


 だが、サクラはまるですべてが見えているかのように身をかわし、その最後にハイキックを叩き込んだ。

 魔物の鳴き声が聴こえ、何者かが転がるような音がする。ハイキックは魔物に命中し、相手を地面に転がしたのだ。


「貴方の未来、見させていただきましたわ」


 余裕の微笑みを浮かべたサクラ。魔物は逆上して攻撃の手を激しくしたが、そのすべてでサクラを傷つけることは叶わない。

 そのうちサクラのほうが飽きてしまったのか、ため息をつき、侍らせた本たちに指令を下した。


「もうよろしくてよ、『啓示(ザ・フォール)』」


 指を鳴らしたと同時に、彼女の傍らの一冊より一筋の光が放たれる。ビームは寸分の狂いなく魔物の頭部を射抜き、破壊することで絶命させた。

 魔物の体色がもとに戻り、動かなくなる。


「終わりましたわ。それで、地下室はどうでしたか?」


 虹色がほどけていき、サクラの姿はふだんの彼女へ戻っていく。俺は彼女が一撃で魔物を撃破したことに驚きつつも、あの血の量なら盗賊は全滅しているだろうこと、地下にいた個体はりんぜが倒したことを伝えた。


「えぇ、ありがとうございました。それでは予定通り、魔王覚醒についてお話させていただきますね」


 どうやら、腕試しは無事終わったようだ。これで、サクラが知っていることを話してくれる。

 俺はこれで話が一歩進んだことに安堵の息を吐いた。


 街へ戻るために歩き出すと、とたんにどっとやってきた疲労の波に襲われて、続けてため息をつくことになる。

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