第13話 ヤンデレ幼馴染み、巫女姫と会う
俺たちの冒険に新たな仲間が加わってから一夜。
勇者認定試験へ挑むためにはあと一人メンバーが必要で、今日も実績をあげるためクエストに挑もうと考えていた、その日のことであった。
酒場に向かって歩いていると、鎧姿の兵士が俺たちのことを引き止めたのである。
「申し訳ありませんが、お時間をいただけないでしょうか。先日の件で少々お話がありまして」
獣の村の一件で、まだなにか残っていたらしい。わざわざ呼び出してくるくらいだから、重要なやり残しがあったのかもしれない。
なんだか怒られそうな言われ方に内心びくつきながら頷いて、俺たちは先日訪れた王国軍駐屯地へと先導されていった。
駐屯地の警備は、心なしか昨日よりも厳重な気がする。明らかに鎧姿の人数が多いし、魔法使いらしき人たちも目を光らせていた。
彼らに敬礼されたのには会釈で返しながら、導かれるまま奥へ奥へと進んでいく。
居住区らしい部屋を抜け、訓練場入口の前を通り過ぎ、どこまで通されていくのかと思うと、最後には「司令室」と書かれた場所までたどり着いていた。
「どうぞ、お入りください」
この部屋の周囲にも警備兵が常駐していて、物々しい雰囲気が漂っている。
今回されるのは、かなり偉い人からのお話らしい。
呼吸を整え、怒られる心の準備をして、傍らのりんぜとモンブランに目配せして、やっと扉をくぐった。
そこで待っていたのは、偉そうな壮年の男性などではない。女子高生くらいの年齢に見える少女がひとり、窓辺で空を眺めていた。
俺たちが入ってきたことに気がつくと振り返り、微笑みを見せた。
「お待ちしておりました。奈浪圭様、伊勢神りんぜ様、モンブラン様。本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
彼女は片足を引き、ドレスの両側の裾をつまんで、スカートを軽く持ち上げる挨拶をした。映画なんかで貴族の女性がやるあれだ。はじめて生で見た。
彼女の上品な挨拶に対して、りんぜは慣れない様子ながら真似をして、俺も一応お辞儀をした。
モンブランはというと、しきりに頭を下げては戻したり、挙動不審だ。その場の誰よりも慌てた様子である。
いつも大人しい彼女に似合わないその様が不思議で、俺とりんぜは首をかしげる。すると、モンブランは小さな声でその理由を話してくれた。
「あ、あの、この方は国王様の一人娘であり、実質的最高権力者である巫女姫様なんです……ど、どうしてそんなお方が私たちを」
「ご紹介ありがとうございます。はい、私、サクラと申します。巫女姫と呼ばれておりますわ」
ものすごく偉い人、という予想はなにも間違っていなかった。サクラはこの国のほぼトップであるそうで、どうりできらびやかなドレスに上品な挨拶だったわけだ。
彼女は名前の通り桜色の長い髪を持ち、またその瞳にはりんぜやレイジと同じ紋章があった。
蛇が巻きついた林檎のような形をしており、今まで見た二人とは形が異なる。
その瞳を眺めていると、サクラはそのことに気がついて、俺に向かって笑いかけた。
「この紋章が気になりますか? これは魔王覚醒の資格を持つ者である証明。りんぜ様にも刻まれた、最強の証ですわ」
りんぜの強さはすでに何度か目撃しているから、そう言われると納得出来る。
魔王の資格というのも、王になりたいと自称するレイジの存在を思い出す程度だ。
りんぜ自身はよくわからないらしく頭に疑問符を浮かべており、モンブランもこのことは知らないらしい。
彼女の強さの根幹に関わることなら、知っておいたほうがいいだろう。
俺はサクラに訊ねた。
「魔王覚醒って、一体なんなんですか?」
「……あら。紋章を持ちながらご存知でないとは。そうですわね、ならこうしましょう。
北の砦跡には盗賊や強力な魔物が住み着いているとの噂があります。
彼らを見事討伐できたなら、王家に伝わる魔王覚醒についての神話をお教えしますわ。どうでしょう?」
王家に伝わる話ならばかなり貴重な情報だ。それに、巫女姫様に気に入られれば、残り一人の仲間が簡単に見つかる可能性だってある。
だが、どうするかは戦うりんぜが決めるべきだろう。彼女に判断を仰ぐと、少し考えてから頷いた。
「魔王の資格……それがわかったら、圭くんを護るのに役立つかも。うん、私、がんばるよ」
「あ、わ、私も行きます! ケガをしたら任せてくださいっ!」
話は決まった。サクラに向かい二人揃って頷き、一拍遅れてモンブランも頷く。
サクラはそうこなくっちゃ、と言って案内するように歩き出し、兵士たちに自分がいないあいだ街を頼むと言い出した。
「巫女姫様!? また勝手に外出されては困ります!」
「ご安心を。一瞬で終わりますから」
「そういう問題では……あっ、お待ちください! 巫女姫様ぁ!?」
制止を振り切って、サクラはさっさと行ってしまう。俺たちもついていかなければ。
なるべく早く用事を終えて、彼女に戻ってきてもらったほうがいいだろう。
お姫様が気まぐれに出ていったままでは、いろいろとまずいに違いない。
司令室から飛び出して、俺たちも後について急ぐ。サクラに追いつき、そのまま真っ直ぐ街を出て、歩くうちにそう遠くない場所に砦跡地にたどり着いた。
もう使われていないのは、植物に覆われひびが入った外壁を見れば一目瞭然だ。だがいまだに出入りしている者はいるらしく、まだ新しい足跡や放棄されたばかりの荷物が見受けられた。
「ここは他国との戦闘で用いられることもありましたが、こうなった原因は住処を求めた魔物が襲撃してきたからです。
その魔物は強力で、下手に交戦すれば大きな損害は避けられない。だから一時放棄としたのです」
そんな相手をたった三人パーティの冒険者で倒せるとは思えないが、そのうちの一人が魔王の資格を持っているとすれば可能性があるかもしれない。
その可能性を現実とするため、俺たちは砦に踏み込んでいこうとする。
「巫女姫様はどうか外で」
「私も行きますわ、この目で確かめなければ意味がありませんし」
「あ、そ、そうですよね……」
さすがに内部までついてくるとは思ってはいなかったが、サクラはもとよりそのつもりだったようだ。いくつかの足跡を自分たちのもので塗り替えながら、入口の門をくぐる。
幸いなことにいきなりモンスターが現れたりなどはせず、砦の中には静寂が待っていた。
それどころか何者かがいる気配すらなく、堂々と歩いていくことができる。
室内には駐屯地と似たような部屋がいくつかあって、その中にも生活感があるごみ類なんかが残されている。誰かがいたことは間違いなさそうだ。
「盗賊、どこ行っちゃったんだろうね」
ひとまず手分けしてさまざまな部屋を見て回ったが、どこにも盗賊らしき人間の姿は見当たらない。
最後に残ったのは地下倉庫だった。
盗んだ金品なんかはそこに蓄えられているかもしれないし、俺たちの侵入を察知して待ち伏せしている可能性もある。
「準備はいいか?」
「もちろん!」
「は、はい!」
「私はいつでもかまいませんわ」
全員が頷き、一人ずつ地下室へ続く梯子を降りていく。最初に降りたのはりんぜだったが、なにか液体が撒かれていたらしく、滑って転びかけた。
「わわっ、と。危なかったぁ、圭くんも気をつけてね」
りんぜの言う通り、焦らずゆっくりと降りた。照明のものらしいスイッチを押すと、魔法のランプが作動し、地下室が明るく照らし出された。
だが、俺はすぐに照明をつけたことを後悔した。
理由は簡単だ。りんぜが滑った液体の正体が血液であり、地下室のほぼすべてが血で覆われていたからである。
こういう光景には、女の子のほうが強いらしい。俺は危うく吐きそうになったが、りんぜが優しく背中をさすってくれて落ち着いた。彼女はなんともなさそうで、周囲を警戒している。
「このあたりの血だけ、まだ乾いてない。他はほとんど乾いてるのに、ここと……奥に続いてる一筋は新しいみたい」
誰かが今さっき傷つけられていた。その事実に驚きを隠せないが、もしまだ息があれば、急行すれば間に合うかもしれない。
「モンブラン、今度こそ巫女姫様と待っててくれ」
こう事件性が出てきてしまっては、お姫様のわがままも聞いてはいられない。サクラは聞かせる気らしかったが、モンブランが必死に止めたため諦めてくれた。
俺とりんぜはふたりっきりで、最も新しい血溜まりを辿っていく。