第12話 ヤンデレ幼馴染みたち、お料理をする
街の船着き場に到着し、俺たち一行は縛り上げたふたりを連れて船を降りた。船着き場は商人や冒険者たちで賑わっており、さまざまなものが行き来していた。
どうやらこの国は港にほど近いところに城が建っているらしく、城下でもこのあたりが一番栄えているようだ。
その活気の波をかき分けて目指したのは王国軍の駐屯地で、シャフリマとモンブランに先導されつつ、大きな建物へと入った。
それからお尋ね者を突き出し、奥からやって来た軍属の魔法使いらしい男性が犯罪が事実であることをなにかしらの魔法で確認する。
彼はひととおりの確認が終わると、ふたりを縛ったまま連れていったのだった。
今度こそ一件落着だ。このあとは、ニワトリックの依頼の報告と、モンブランの所属変更のために酒場へ向かう必要がある。
よって、シャフリマとはここで別れることになった。
「それじゃ、またどこかで」
「えぇ。いずれもっと魔法を究めたら、あなたにリベンジいたしますわ」
微笑みを見せながらりんぜと握手をし、最後にモンブランへ一瞥すると、彼女は背を向けて去っていく。
それからライバルの姿が見えなくなるまで、俺たちはその場に留まっていたのだった。
◇
「はぁ、やっと終わった!」
宿のベッドに腰掛けて、一息つくりんぜ。酒場への報告と登録変更の手続きが済み、やっと宿に戻ってこれたのだ。
朝から依頼へ出かけていて、その依頼関連でいろいろと手間取っていたから、もうお昼を過ぎてしまっている。
その間はご飯を食べておらず、俺もりんぜもかなりお腹が空いていた。
今から飲食店を探しに行けばあるだろうが、そういえばもらった大量のニワトリック肉が存在している。
これを消化しないと、腐ってしまうのではないだろうか。
そんな思考が外に漏れるように、俺のお腹が鳴った。りんぜがくすりと笑って、かわいいとからかってくる。
が、彼女もまたかわいらしいお腹の音をたて、乙女は赤面した。
その様を見てか、モンブランが控えめに手を挙げて、俺とりんぜの視線を集めた。
「あの、私、多少ですがお料理なら……」
肉はある。台所も、宿のお姉さんに頼めば貸してくれるかもしれない。
相手は異世界の食材だ。現地の人物が調理しなければ、どうなるかわかったものではない。ここはモンブランにやってもらおうではないか。
「じゃあ、頼んでもいいか?」
「はいっ!」
モンブランのいい返事をもらったところで、みんなで連れ立って宿屋のハーピーお姉さんに頼みに行くことにした。
彼女の答えは快い肯定だったが、量の問題もあり、宿にあるほかの食材を使ってもいいかわりにほかの宿泊者や従業員にも出していいなら、と条件が付け加えられた。
モンブランは謙遜していたが、宿屋のお姉さんも手伝ってくれるそうで、みんなで調理に取り掛かる。
もらったニワトリックたちはある程度さばかれていて、胃袋の強靭な種族ならそのまま食べられるくらいしっかり処理がされていたらしい。
今回はそれらをメインに据え、焼いたり、煮込んだり、あるいは入念に焼いたりする。
宿のお姉さんはハーピーだが、翼を持つ者的にこいつらを調理するのに忌避感はないらしい。器用に翼で調理器具を使っていて、むしろ楽しそうだ。
宿屋のお姉さんとモンブランが時おり話し合いながら、てきぱきと工程が進んでいく。
やがて調理が進むとおいしそうな匂いが立ち込めるようになり、ほかの宿泊部屋からも嗅ぎつけた冒険者たちがたくさん現れた。
一気に台所付近が騒がしくなり、昼休みになった直後の購買の雰囲気に似ている。
肉の量は相当あったらしく、宿のお姉さんははじめから全員に振る舞うつもりだったそうだ。俺たちだけじゃあんなの食べきれないし、賑やかなくらいがちょうどいいだろう。
料理が完成していき、テーブルにはたくさん並べられていく。
シンプルに串に刺して焼いたもの、鍋で野菜といっしょにじっくり煮込んだもの、葉で包んで蒸したもの。そのバリエーションは多岐にわたり、同じ肉を相手にしても飽きなさそうだ。
俺たちも席について、この食事会に加わることにする。りんぜと一緒に手を合わせ、いただきますの挨拶をして、それから食器を手に取った。
異世界でもフォークとナイフがセットになっていて、食に関してはそうかけ離れていないらしい。
俺はまず、試しに蒸しニワトリックにナイフを立ててみて、その簡単に切れるのに驚いた。
身がたやすくほぐれるようで、そのまま口の中に運んでも、そのやわらかさを発揮してくれる。
また、身そのものは淡白な風味でありながら、周囲の野菜が自然な甘みでやさしい味わいを演出しており、食べていて心地よかった。
「圭くん、こういうのも好きなんだ……よし、あとで教えてもらわなきゃ」
りんぜは俺の反応を見て、自分も習得しようと考えているようだ。俺はまだなにも言っていなかったが、感想が顔に出ていただろうか。
その隣では、みんなが料理を食べているのを嬉しそうに眺めるモンブランがいた。
自分で作った料理で喜んでもらえているのが嬉しいのか、自分で手をつけることを忘れている。
食べないのか、と尋ねると、本当に忘れていただけらしくあわてて一口目を口に運んでいった。
このひとときは賑やかで、昨日から今日にかけての異世界体験にはなかった雰囲気だ。でも、こうしてほのぼのした時間も、きっと大切なんだろう。
こんなに美味しい料理を作ってくれたモンブランに、俺はありがとうと告げ、りんぜもそれに続く。
彼女は突然のことに目を丸くしながらも、すぐに嬉しそうな微笑みを見せてくれた。
「みなさんが喜んでくれて、本当によかったです。また今度、どうか私のお料理を食べてくださいね」
頷くどころか、こっちからもお願いしたいくらいだった。
◇
さらさらと流れる、薄桃色のロングヘア。高貴なる身分を象徴する華美なドレス。透き通る肌に、空を見つめる赤い紋章の刻まれた瞳。
そんなひとりの少女が窓の外を眺め、なにかに想いを馳せていたときのことである。
人の国の王宮のとある一室であるその部屋には、兵士が飛び込んできた。
彼は懐からなにかを取り出し、少女に向かって差し出した。
「姫様、これをご覧ください」
それは魔法の紙だった。
冒険者たちに依頼を凱旋することを認可されている酒場では、この魔法道具が用いられて利用者が登録されている。
そのうちのふたりぶんの紙が届けられて、少女はひとまずそれに目を通した。
少年『奈浪圭』。一枚目に記されている彼は、さまざまな能力値がいわゆる凡人程度かそれ以下であり、問題はなさそうに思える。
問題は二枚目にある少女『伊勢神りんぜ』だった。
彼女に関するデータが示すその魔力量は異常としか言い様がないほどの膨大な数値となっている。
きっと兵士はこれを見てわざわざ少女に見せなければと考えたのだろう。
ただ、少女だけは異常がそれだけではないことに気がついていた。
りんぜの瞳には、少女自身と同じ紋章がある。
それはただの人間にはないはずのものだ。
この紋章を持つということは『魔王の資格』を持っているということであり、その資格を持った者はいつの世も十人しか存在しないと決まっているのだから。
「この方、魔王の……なるほど。まさかこんなことが起きようとは、驚きですわね」
「巫女姫様、どうなされますか?」
「私が直接確かめましょう。彼女が本物かどうか」
もしりんぜが魔王の資格を本当に持っているのだとしたら、この後に待っているのは波乱の展開に違いない。
仮に彼女が本物で、それを手中に収めることができたならば、他国に対しても有利に動くことができるだろう。
巫女姫と呼ばれた彼女──『サクラ』は、兵士に彼女たちを呼び出すように指示を下すと、自らはその場に残り、受け取った紙を再び眺めた。
サクラの目の紋章は、りんぜのそれを認識したことでかすかに疼く。
「ふふ、面白くなりそうですわ」
兵士の去った部屋で、サクラはくすくすと笑っていた。